第11話 反撃

「なんて、言うわけないでしょう! バカじゃないの!」


 トビはキッと顔を上げて、オジロワシの差し出した手を払いのけた。


「なに!?」


 オジロワシが片眉をピクリと動かし、トビを睨む。

 トビはオオタカを地面に寝かせて立ち上がり、臆することなく叫んだ。


「あんたたちみたいなひどいことをする国の言いなりになんか、アタシは絶対にならない! アタシは自由に生きるって決めたの! 大好きなもののそばにアタシはいて、守りたいって思うもののためにアタシは戦う!」


 オオタカの手がかすかに動いた。

 トビは翼を広げ、地面を蹴って飛び立つ。


「かかってきなさい、オジロワシ!」


 右の前腕にあるビーム砲をオジロワシに向け、トビが毅然きぜんと言い放つ。

 オジロワシが不快そうに舌打ちを零し、両翼の推進器スラスターを吹かせた。


「小娘が、調子に乗りやがって」


 悪態を吐き、空へと飛び立った。

 トビは畑の作物に当たらないよう、オジロワシが自分よりも高い位置に来た瞬間から光弾を発射した。左手を右腕に添えながら、左目を閉じて狙いをすませる。けれどもいくら撃っても、放たれた光弾はオジロワシをかすりさえしない。


「当たれ……当たってーっ!!」


 トビは諦めずに、光弾を撃ちまくる。

 オジロワシは大鎌を肩に担いだまま、退屈そうに欠伸の仕草をする。顔面に飛んできた光弾を、首を曲げて難なくかわした。


「弱ぇ。使えねぇ鉄クズ以下だな」


 言った瞬間、翼を羽ばたかせ、トビに向かって突っ込んできた。放ち続けた光弾は行く手を阻むことすらできず、あっという間にトビの目の前までやってくる。

 ニヤリと嗤う顔に恐怖を覚え、トビは距離を取るために翼を羽ばたかせようとする。けれども翼を動かすより早く、オジロワシが大鎌を振り払った。脇腹に激痛が走る。


「きゃぁっ!?」


 大鎌の柄が直撃し、トビは横に飛ばされた。バランスを崩してそのまま地面に落ちる。


「つ、強い……」


 うつ伏せに倒れ、腕に力を入れて立ち上がろうとする。けれども殴られた脇腹に痛みが走り、体が言うことを聞かない。なんとか半身だけ起こすと、そばにオオタカがいた。


「……オオタカ、聞いてる? さっきあいつが言っていたオーパーツ、それを使えば、あなたは強くなれるのよね?」


 オオタカはなにも言わないが、かすかにまぶたを持ち上げた。

 トビは這うようにしてオオタカに近づき、言葉を続ける。


「きっとアタシじゃあ、あいつに勝てない。でも、あなたならきっと……」


 その時、前方でガシャンッと音を立てて、オジロワシが降り立った。


「小娘と鉄クズが、最期のおしゃべりかぁ?」


 鼻で笑って、口角を吊り上げる。ゆっくりと歩き出し、肩に担いでいた大鎌を持ち上げてトビのほうへ向けた。


「せっかくだ。てめぇにいいもん見せてやるよ?」


 言った瞬間、持っている大鎌が形を変える。直線的な刃の周りに、のこぎりのような鋭い無数の小さな刃が生えた。唸るような低い音を立てながら、並んだ小さな刃が鎌の周りを回り出す。少しでも触れようものなら、すべてを切断するような勢いで。


大鎌切断機サイズチェーンソー


 オジロワシがニタァっと心底楽しげな笑みを浮かべた。


「なによ、あれ……。反則じゃない……」


 トビは声を震わせながら呟く。思わず後退しようとするが、痛みが走って動けない。


「これでてめぇらをバラバラにして、カラスの部品にでもしてやるかぁ」


 オジロワシがトビの目の前までやってきて、立ち止まる。


「いいつらしてるなぁ? まずはてめぇだ」


 唸る大鎌が、振り上げられる。


「死ね」


 トビは地面の土を握りしめた。恐怖と悔しさ、自分の無力さ。すべてを噛み締めながら、目をキュッと閉じた。


 金属の裂かれる音が、闇に響く。


 トビは固く目を閉じながら、間近で聞こえる音に疑問を持った。自分の体に痛みはない。閉じていた目を、恐る恐る開ける。


「……くっ」


 トビは言葉を失った。

 目と鼻の先に、回転する大鎌の刃先が見えた。そして目の前にはオオタカが、トビに顔を向けて立っていた。オオタカの腹部から大鎌の回転刃が突き出ている。


「鉄クズ? まだ立てる力が残ってたのかぁ」


 オオタカの背後で、オジロワシが意外そうに言葉を吐き、口角を吊り上げる。

 大鎌は止まることを知らず、高速で唸る回転刃が徐々に深く、オオタカの腹部に穴を空けていく。


「もうやめてぇっ!」


 トビは叫び、自分の体を無理やり起こしてオオタカを引っ張った。腹部から刃が抜ける。オオタカは糸が切れたようにトビの体に倒れ込み、身を預けた。


「オオタカ! しっかりしてっ! オオタカぁっ!!」


 トビはオオタカを抱き留めて、何度も呼びかけた。背中をさすれば、腹の真ん中に長細く大きな穴が空いている。鎌で切られた跡も、ところどころにある。オオタカはぴくりとも動かない。力を失った体の重みが、トビの腕にずしりと伝わってくる。


「も……し、失……敗……す……れば……」


 その時、トビの耳に、かすかな声が聞こえた。肩の上に顔を乗せているオオタカが、弱々しい声を発する。


「お前……は……、も……う、動……かなく……なる……。それ……でも……」


 オオタカがなんのことを言っているのか、トビには理解できなかった。それでも訊き返す余裕はない。目の前ではオジロワシが、二体まとめて切り裂こうと、唸る大鎌をゆっくり頭上へ振り上げようとしている。


「このままだと、アタシもあなたもあいつに殺される。村のみんなも殺される。だったらアタシは、あなたに賭ける!」


 トビは自分の想いを叫んだ。

 オオタカは一瞬息を引き、口を噤んだ。

 オジロワシが大鎌を大上段に振り上げる。

 トビはすがるようにして、オオタカを強く抱き締めた。


 大鎌の回転刃が二体を切り裂く、その直前。


制限リミット……解放オーバー……!」


 オオタカの確かな声が聞こえたと思った瞬間、まばゆい光が、オオタカの首もとから発せられた。


「これは!?」


 オジロワシは大鎌を引き、目がくらんで後退する。

 光はさらに強くなり、オオタカとトビの体を包み込んでいった。

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