第09話 避難
村の家々が並ぶ中心部から外れて、オオタカは作物が植えられた畑までやってきた。作物と作物の間を走りながら、後ろに注意を払っている。
「いつまで逃げているつもりだぁ?」
オジロワシが空中から大鎌を振り上げ、オオタカに向かって振り下ろす。
オオタカは横へ跳び、大鎌を避ける。
振り下ろされた大鎌は作物に突き刺さり、小さな白い花びらが宙に舞った。
「……ちっ」
切られた葉や散った花びらを見て、オオタカが舌打ちを零す。
オジロワシはすぐさま大鎌を引き抜き、再びオオタカめがけて振り下ろす。
オオタカの足は動かない。足もとにある作物を一瞥して、両腕を顔の前で重ね合わせた。
ガキンッ!
金属同士がぶつかり合う音が響く。
オオタカは大鎌を腕で受け止めた。鎌の先が食い込み、表層に亀裂が走る。
「もしかしてぇ、この草を庇ってんのかぁ?」
オジロワシが大鎌を振り下ろしたまま、地面に足をつけて作物を踏んだ。
オオタカが大鎌を受け止めたまま、眉間にしわを寄せて睨む。
口角を上げたオジロワシが、大鎌を引いて、空へ飛び立った。
「いいねぇ? 実験材料が守りたいものは、俺様が全部ぶっ壊してやるよ」
上空を旋回し、急降下して地面に大鎌の先をつけながら低空飛行を始めた。植えられていた作物が次々に切り裂かれていく。
「やめろ!」
オオタカが叫び、駆けだした。オジロワシが高笑いを響かせ、作物を切り裂きながら戻ってくる。オオタカはためらうことなく大鎌に向かい、体で刃を受け止めた。
「ぐっ……」
両手で鎌の峰をつかみ、体全体で刃を抱くような体勢になる。強い衝撃を受けて、刃の当たった右肩部分に亀裂が走った。それでも足を踏ん張り、大鎌の進行を止める。
「あとさぁ、俺様、気が変わったんだよなぁ」
オジロワシは
「俺様がほしいのは、アレなわけよ? だったら実験材料は、ただの
オジロワシが口角を吊り上げながら、空へ飛ばされたオオタカを追う。大鎌の刃先を向け、躊躇なく振り払った。
* * *
「トビお姉ちゃーん! トビお姉ちゃーん!」
目を閉じて体を休めていたトビの耳もとで、自分を呼ぶ声が聞こえた。トビは目を開け、ベッドから半身を起こす。目をこすって、欠伸をするように口を大きく開けた。
「どうしたのよ、リンナ? まだ夜中よ?」
窓の外はまだ日が昇っておらず暗い。ベッドの横にいるリンナに向かって、トビは眠そうな目をしながら言った。
「こんな夜中に起きて外へ出たらダメじゃない? 送っていってあげるから、家に帰りましょう? ……リンナ?」
そこでようやく、トビはリンナの異変に気がついた。肩が小さく震え、喉をひくつかせている。眉が歪み、目尻には玉の涙を浮かび上がらせていた。
「トビお姉ちゃん、どうしようっ。オオタカお兄ちゃんが……、オオタカお兄ちゃんが……っ!」
堪えきれず、リンナの頬に涙が伝う。そのままトビに抱きついて、声を上げて泣きだした。
「どうしたの、リンナ? オオタカなら、隣の部屋で休んでるはずじゃあ……」
トビはリンナの頭を撫でてあやしながら、ベッドから出て隣の部屋を覗いてみた。しかし、そこにはだれもいない。貸した毛布が隅に畳まれているだけだった。
「リンナ、なにがあったの? ゆっくりでいいから、話してみて?」
トビは膝をついてリンナと視線を合わせて訊いた。リンナは声を詰まらせながら、見たことを伝える。話を聞くにつれて、トビの表情が険しくなっていく。
「まさか、オジロワシがこの村に来てるなんて……」
呟いた声は、震えていた。トビはリンナの肩に手を置いて言う。
「今から村のみんなを避難させるわ。リンナも手伝って」
「でも、どこに避難させるの?」
トビは少し考えてから、答えた。
「遺跡よ。あそこは地下だから、なにかあっても大丈夫」
なにかあっても……。自分の言葉に震えながら、トビはリンナを連れて外へ出た。
家々を周り、寝ている人を起こして遺跡に避難するよう伝える。村人たちは困惑していたが、トビの真剣な表情に押されながら、遺跡へと向かった。
そして、村人全員が遺跡の地下に集まった。
「トビ、いったいなにが起きるっていうんだ? 地震か、火事か、竜巻か?」
村人の一人が、トビに訊く。村人たちが混乱しないよう、オジロワシが来たことは黙っていた。トビが答えあぐねていると、リンナがそばへ寄ってきて腕を引っ張る。
「トビお姉ちゃん、オオタカお兄ちゃん大丈夫かな?」
まだ目には涙を浮かべていて、か細い声でトビに言う。足もとには子猫も付いてきていて、心細そうに「ミィー」と鳴いた。
「そういえば、あのオオタカっていう鳥機人、見てないな?」
「もしかして、まだ村にいるんじゃないのかい?」
「確か、トビの家に泊まってたんじゃないのか?」
村人たちもオオタカがいないことに気付き、辺りを見回してからトビに視線を送った。みんな不安げな顔をしている。
トビは努めて明るく笑顔を作り、自分の胸に手を強く当てた。
「みんな、心配しないで! オオタカはアタシが探しに行く。みんなはしばらくの間、外へ出ないでここでじっとしていて!」
村人たちは静かになり、互いに顔を見合わせた。
「トビ様のお言葉じゃあ。なにかお考えがあるのだろう」
村の老人が呟いた。村人たちはトビの言葉を信じて、表情を緩め、頷いた。
リンナは目に浮かんだ涙を拭って、胸の前で両手を握り、顔を上げる。
「トビお姉ちゃん、帰ってきてね。オオタカお兄ちゃんといっしょに、絶対に帰ってきてね」
「もちろんよ。リンナもここでおとなしくしているのよ」
トビはリンナの頭を撫でて、大きく頷いた。それから振り返り、遺跡の階段を駆け上がって外へ出る。
外はまだ暗く、辺りはしんとしていた。
「リンナの話では、オオタカとオジロワシは畑のほうへ行ったって言っていたけど」
トビは両翼を広げて、
「なに、これ……」
地面に足を着け、しゃがみ込む。植えられていた作物の茎が折れ、葉が切られ、花が散っている。ところどころで、踏み荒らされ、切り裂かれた跡があった。無残な姿にされた作物に触れながら、トビは歯を噛み締めた。
「……こんなことされたら、実が収穫できないじゃない」
その時、畑の中で、だれかの高笑いが響いた。
トビが目を向けると、大鎌を持って立つ一体の鳥機人が遠くに見えた。
「オジロワシっ!」
トビは切り裂かれた葉を握りしめ、立ち上がった。月光に照らされた畑の真ん中で、オジロワシは肩に大鎌を担ぎ、トビに背を向けながら立っている。オオタカは、いない。いや、オジロワシが片足を軽く上げて、なにかを踏んでいる。足もとで仰向けに倒れているのは、片翼の鳥機人。
「オオタカ!?」
オオタカが地に倒れ、腹部をオジロワシに踏まれていた。片手を伸ばし、オジロワシの足をつかんで離そうとするが、オジロワシは動じない。つかまれた腕を振りほどき、何度も何度も、オオタカを踏みつけ、踏みにじる。
「弱ぇ! 弱ぇ弱ぇ弱ぇ弱ぇ弱ぇ弱ぇ弱ぇ!!」
トビは震える体を堪えて飛び立った。オオタカを助けるために、一直線に飛んでいく。
オジロワシが腹に足を起きながら、覗き込むようにオオタカを見た。
「実験材料でも玩具でもなくて、もはや鉄クズだな。ソレさえ回収できれば、鉄クズにもう用はねぇんだよ」
オジロワシがあざ笑う。鎌を持っていないほうの手が、ゆっくりと上げられる。指先から突き出た鉤爪がオオタカに狙いを定め、勢いをつけて振り下ろされる。
「ダメっ!?」
トビが甲高い声を上げた。手を伸ばすが、その距離はまだ届かない。
首もとにオジロワシの鉤爪が突き刺さり、オオタカの悲鳴が闇に響いた。
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