第07話 子猫
リンナの後をついて、トビとオオタカがやってきたのは村の中心にある大樹だった。太く大きな木の周りに、人だかりができている。村人たちが心配げな表情をして頭上を見ていた。
「あれ! あそこにネコちゃんがいるの!」
リンナが指差す先には、木の枝に乗る一匹の白い子猫がいた。大人でも届かない高い枝の先にいて、しきりに鳴いている。乗っている枝は細く、今にも折れてしまいそうだ。
「あのネコちゃん、降りられなくなっちゃったみたいなの。お願い、トビお姉ちゃん。あの子を助けてあげて!」
リンナがトビの腕を引っ張りながらお願いする。トビはリンナの頭を優しく撫でながら、自分の胸に手を当てた。
「任せなさい! アタシが飛んでいって、すぐに助けてあげるから、……?」
その時、トビの横をサッとだれかが通り過ぎて行った。
人々をかき分けて、大樹の枝に手をかけたのはオオタカだった。手足を使い、枝から枝へ移りながら木を登っていく。下で人々が不安げに見上げる中、オオタカは子猫が乗る枝の付け根まで来た。上にある枝を左手でつかみながら、ゆっくりと足を進め、子猫がいる枝の先端へ近づく。
「来い」
右手を子猫に向かって伸ばす。子猫は怯えたような声を上げて、動こうとしない。それでもオオタカはそれ以上近づきも遠ざかりもせず、手を伸ばし続けた。
しばらくして、子猫は鳴くのをやめた。オオタカの伸ばした手に向かって、ゆっくりと枝の上を歩いていく。前足の先がオオタカの手に触れ、下で見ていた人々がほっと息を吐いた。
その瞬間。
バキィッ!
オオタカと子猫の乗っていた枝が、付け根から折れた。村人から悲鳴が上がる。
オオタカは子猫を引き寄せて、右翼の
下で見ていた村人たちが、慌ててその場を離れる。丸く開けた地面の真ん中に、子猫を抱えたオオタカが着地した。
「……、怪我はない」
オオタカはつかんでいた子猫を確認して地面に降ろし、立ち上がった。
子猫が「ミィー」と鳴いて、オオタカの足にすり寄る。周囲で見ていた村人たちが、一斉にオオタカの周りに集まった。
「鳥機人のお姉ちゃん、すごーい!」
「お姉ちゃんじゃないよ、お兄ちゃんだよ! ネコを助けてくれてありがとう、鳥機人のお兄ちゃん!」
「違うよ、お姉ちゃんだよ! カッコよかったよ、鳥機人のお姉ちゃん!」
子どもたちがオオタカを取り囲んで嬉しそうにはしゃぎだす。その周りで大人たちが労いの言葉をかける。オオタカは特になにも言わないが、声をかけてきた人々へ視線を送っていた。
「トビお姉ちゃん、あの鳥機人さん、すごかったね! お姉ちゃん? お兄ちゃん? どっちなんだろう?」
リンナが興奮したように飛び跳ねながらトビの腕を引っ張り、はたと動きを止めて首を傾げる。
一部始終を見ていたトビは腕を組みながら歩き出した。オオタカのそばへ行き、唇を尖らせて不満げな声を出す。
「あなた、無愛想なわりに優しいのね」
オオタカがトビを一瞥して、取り囲む子どもたちや足にすり寄る子猫を見ながら口を開いた。
「シズクに教えられたからな。困っている人がいたら助けろと」
「シズク?」
オオタカの口から出てきた名前に、トビは首を傾げた。その時、パズルのピースがはまったように、トビは「あっ」と声を出して手を叩いた。
それから辺りを見て、オオタカに近づいて腕をつかむ。
「来て。話があるの」
村人たちには一言言って、トビはオオタカを引っ張りながら歩き出した。取り残された人々がぽかんとその後ろ姿を見つめる。寂しそうに鳴く子猫をリンナが抱き上げて、首を傾げた。
「トビお姉ちゃん、真剣な顔してどうしたんだろう?」
トビはオオタカを引っ張りながら、遺跡とは反対側にある村の外れまでやってきた。谷間に広い畑が広がっており、作物が植えられている。緑色の葉が茂り、小さな白い花が一面に咲いていた。
トビは畑の端まで行って歩を止め、振り返った。
「ここまで来れば、だれにも話を聞かれないでしょう」
オオタカも立ち止まり、足もとに植えられている作物に視線を落とした。
「それはガイモっていう作物よ。荒れ地でもよく育つの。アタシが世界中を旅している時に見つけて、この村に持ってきたのよ」
オオタカがトビへと視線を向ける。トビはしゃがみ込み、ガイモの葉を触りながら話を続けた。
「この村はね、アタシが目覚めるまではとても貧しかったの。痩せた土地で、作物もほとんど育たなくてね。食べる物もお金もなくて、子どもを売る家まであったのよ」
作物に向けられた視線はどこか遠くを見つめているようで、寂しげに瞳は細められている。
「でも、アタシがトレジャーハンターを始めて、集めたお宝で作物を買ったり、畑を耕す道具を買ったりして、みんなに配ったの。世界中を旅して、作物の育て方を教えてもらって、それを伝えたりもしたわ。それで少しずつ、村が豊かになっていったのよ」
トビは立ち上がり、額に手をかざして、広い畑を眺めた。
「このガイモ畑も、ようやくここまで大きくできたの。これだけあれば、村のみんなが食べ物に困るってことはもうないわ」
そう言って、明るい笑みを浮かべる。それからはっとなにかに気づいて、黙って話を聞いていたオオタカに向かって指をさした。
「って、今はそんな話よりも、あなたの話をしたいのよ」
トビは指差していた手をショートパンツのポケットに入れた。その中に入っている紫色の玉がついた紐を取り出す。
「思い出したの。この玉に刻まれているのは、ドロップ王国の紋章。あの国の王女の名前はシズク姫」
トビの取り出した紐を見て、オオタカが目をすがめる。
トビはそんな視線に構うことなく、言葉を続けた。
「あなた、ドロップ王国のお抱え鳥機人だったのね。あの、一夜にしてアビス帝国に滅ぼされたっていう……」
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