第06話 遺跡

 トビは人目を避けるようにして足早に歩いていく。

 切り立った崖に囲まれる形で、土壁でできた家々が建ち並んでいる。荒野の谷間に、小さな村が作られていた。

 オオタカは引っ張られながら辺りを見回していた。トビがチラッと後ろを振り返り、そんなオオタカを見て、口を開く。


「ここはマリハジ村。アタシの故郷よ」

「故郷?」

「アタシが目覚めた場所。……、着いたわよ」


 トビが足を止め、オオタカも立ち止まる。やってきたのは、荒野にできた切れ目の底のような場所だった。周りは切り立った崖に囲まれている。一番奥に、人が通れるほどの入り口がぽっかりと開いていた。先は暗がりが広がっているが、足もとには石の階段が下へと続いていた。


「ここが遺跡よ。実は昨日の夜から、この遺跡の中にカラスが迷い込んでウロウロしているって噂があって、村のみんなが怖がってたのよ。それでアタシが確かめに行ったら、本当にいて……。ま、まぁ、なんとかなったけど。まだいるかもしれないから確かめてほしいのよ」


 トビがそう説明しながら、持ってきたランプに火を点ける。オオタカはなにも言わず、遺跡の入り口を見つめていた。トビがオオタカにランプを押しつけ、背後に回り込み、肩を押す。


「さぁ、行くわよ。足もと気を付けてね」


 そう言って、オオタカを先頭にして遺跡へと入っていった。

 しばらく石の階段を降りていくと、開けた場所に出た。水の滴る音が響く。青く澄んだ水たまりが広がり、頭上には鍾乳石が垂れ下がっていた。


「きれいな場所でしょう? 遺跡の中に鍾乳洞が広がっているの。昔、この土地に初めて来た人たちが洞窟を見つけて、神聖な場所として大切にしてきたって伝えられているわ。この先には祠もあってね、今でもお祭りの神事がおこなわれるのよ」

「敵に見つかる。黙っていろ」

「あっ、はい……」


 オオタカが周囲を見ながら、水たまりの端を歩いていく。トビはその後ろからついていった。またしばらく歩いていくと、石を積み上げて造られた小さな祠に行き着いた。先はなく、行き止まりになっている。


「だれもいないようだ」


 オオタカが振り返り、来た道を見つめながら言った。

 トビがほっと胸を撫で下ろす。


「良かった~。これで、村のみんなも安心してお祭りができるわ」


 そう言うと、トビはオオタカの横を通り過ぎ、祠のそばへ行った。土の壁に手を触れながら、口を開く。


「ここはね、アタシが発掘された場所なの」


 祠の周りにある土の壁には、人為的に掘られた跡が残されている。

 話しながら土壁をそっと撫でるトビの手を、オオタカは黙って見つめた。


「十八年前、村の人が古くなった祠を新しくしようとしていたら、この土の中で埋まっていたアタシを偶然見つけたらしいの。それで発掘されて、再起動されて、アタシは目覚めたの」


 トビが壁から手を離し、オオタカのほうを向いて肩をすくめる。


「最初は、村の守り神だって崇められたりしてたんだけどね。アタシ、そういう性格じゃないから。偶然村に立ち寄ったトレジャーハンターの人に憧れて、今は自由に世界を飛び回ってるの。でも、この村にはアタシの家もあって、よく帰ってくるのよ」


 そう言うと、トビはオオタカからランプを取り上げ、歩き出す。


「さぁ、戻りましょう。村のみんなが心配して待ってるわ」


 行きはオオタカの後ろへ隠れていたが、帰りは先頭に立って意気揚々と進んでいく。

 オオタカはなにも言わずに、トビの後を歩いていった。


「ところであなた、どうして左の翼がないの?」

「目覚めた時からなかった。それ以前の記憶メモリーはない」

「ふーん。じゃあ、天空戦争の時になくしちゃったのかしらね。古代人が空に住んでいた時代に、アタシたち鳥機人は造られて戦争に使われていたって言われているけど、そんな、この遺跡よりももっと大昔の話なんて、アタシも覚えてないわ」


 トビは階段を上りながら、両手を上に向けて肩をすくめてみせる。階段を上りきると、視界に光が差し込んだ。遺跡の前には何人かの村人が集まっていて、出てきたトビに不安げな眼差しを送った。


「みんな、もう安心して! 遺跡の中のカラスは、アタシが全部追い払ったから!」


 トビが自分の胸に手を当てて、村人たちに向かって自信満々に言い放つ。

 オオタカがちらとトビへ視線を送ったが、なにも言わない。


「良かった、これで安心して祭りができる」

「そうと決まれば、急いで準備しないとな」

「おぉっ、さすがトビ様じゃ」

「だから、様付けはやめてよー。トビでいいってば」


 村の人々が安堵した表情を見せる。トビは自分に向かって拝みだした老人に向かって、苦笑いを浮かべながら頬を掻いた。

 それからオオタカのほうへ振り返り、弾む口調で言った。


「実はね、今日はアタシが目覚めた日なの。誕生日ってところかしら。それで毎年、村のみんながお祝いのお祭りを開いてくれるのよ。楽しいお祭りだから、あなたも参加しない?」


 オオタカが眉をひそめる。なにか言おうと口を開く前に、そばにいた村人たちが興味深そうにオオタカのほうへ目を向けた。


「トビ、このひとは? 鳥機人なのか?」

「そうよ。荒野でピンチになっていたところをアタシが助けたの」

「おぉっ、さすがトビ様じゃあ!」

「だから、様付けはやめてってばー!」


 村人にちやほやされて、トビは照れながら頭を掻く。オオタカが半目になって、そんなトビに冷ややかな視線を送っていた。


「トビお姉ちゃーん!」


 その時、村のほうから一人の少女が慌てて走ってきた。村人たちをかき分けて、息を切らせながらトビのもとへ飛びつく。


「リンナ? どうしたの?」


 トビはリンナの肩に手を置いて、首を傾げた。リンナは息を整えるのも忘れて、顔をトビに向けて声を上げた。


「大変なの! 助けて、トビお姉ちゃん!」

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