第05話 休息

「ここまで来れば、オジロワシも追ってこないでしょう」


 土壁でできた簡素な部屋の中。一体の鳥機人がうんと腕を伸ばして背伸びをした。壁にかけられた鏡の前に立ち、自分の姿を見つめる。


「もう、埃だらけになったじゃない。着替えよーっと」


 鏡に映された体から、身につけている物が徐々に取り払われていく。露わになる褐色を帯びた表層。豊かな胸がヘソ出しタンクトップに、小さなお尻がショートパンツに隠される。最後に癖のある茶色い長髪が後頭部の上でひとつに結ばれて、映された顔が笑みを浮かべてウインクをする。


「よしっ、完ぺき!」


 着替えを済ませたトビは鏡の前から離れ、足もとに脱ぎ捨てた服を手に取る。すると、服の中からなにかがカランッと土を固めた床に落ちた。


「あっ、これ、さっき拾った物」


 トビは床に落ちた物を拾い上げる。黒い紐の両端にひとつずつ紫色の玉が結ばれている。トビは窓に向かって玉のひとつをかざし、日の光に透かして見た。


「お宝かなと思って拾ってみたけど、なにかしら?」


 紫色の玉が日の光に照らされて淡く光る。ただのガラス玉ではないようだ。玉の表面には模様が彫られている。


「これは……、どこかの国の紋章かしら?」


 小さな玉の表面に描かれているのは、水滴と水紋が広がる水たまり、その周りを若々しい草花が囲う模様だった。どこかの職人が掘ったのか、精巧な一品に思わず息が漏れる。


「きれい。この模様、どこかで見たことあるような……」


 あごに人差し指を添えて呟くも、思いだせない。トビは玉が結ばれた紐をショートパンツのポケットにしまった。それから部屋の反対側へ行き、垂れ下がった布を持ち上げ、隣の部屋に入る。


「こっちは、まだ起きないみたいね」


 隅に置かれたベッドの上には、一体の鳥機人が横たわっていた。


「まぁ、あれだけの攻撃を受けたもの。回復までは時間がかかるわよね」


 トビはそばに行って両膝をつき、目を閉じているオオタカを覗き込んだ。

 服は破れていて、ところどころ体に傷もあるが、幸い大きな損傷はないようだ。首の上に視線を向けると、ほっそりとした輪郭の顔に、長い睫毛と高い鼻が目に入った。前髪は白く、青灰色の長い後ろ髪が、ほどけてシーツの上に広がっている。

 思わず見入ってしまったトビは、ふいっとそっぽを向いた。


「ま、まぁ、目を閉じていれば、美形に見えなくもないわね」


 独りごちながら、意味もなく自分の髪をいじる。顔は横に曲げたまま、目だけをオオタカに向けた。試しに人差し指で腕を突いてみるが、ぴくりとも動かない。


「ほ、本当に寝てるだけでしょうね!? コア、ちゃんと光ってる!?」


 急に心配になってきたトビは、オオタカの着ている服の襟をめくり、首もとにあるコアを確認してみた。丸く小さなコアからは正常な青い光が放たれている。トビはそれを見てほっとするはずが、別の物に目が行き、固まっていた。


「なに、これ……?」


 クリスタルのような透明な物質が、オオタカのコアを取り囲むようにU字の形をして埋め込まれている。透明な物質はオオタカの体にまるで強引にめり込ませたように装着されており、表層にはひびができていた。コアとの距離も、指の幅ほどしかない。


「こんなものをコアの近くに付けるなんて……。もしコアが壊れたら、死んじゃうじゃない……」


 トビはおもむろに手を伸ばし、透明な物質にそっと触れた。すると突然、透明だった物質が赤く光り出した。


「対象確認。登録完了」


 無機質な声がすぐそばで聞こえた。と同時に、物質に触っていたトビの手首が、伸びてきた手につかまれる。


「触るな」


 トビが肩を跳ね上げて視線を移す。そこには、切れ長の目を開けてトビを見るオオタカの顔があった。


「ひゃあっ!?」


 トビは思わず声をあげた。オオタカに腕を振り払われ、後方に身を引いて尻もちをつく。オオタカはそんなトビを気にもとめず、半身を起こして辺りを見回した。


「い、いきなり起きないでよ!? びっくりしたじゃない! ていうか、その、あなたに埋め込まれてる透明なものってなに!? さっき光ったんだけど大丈夫!? 登録完了って言ってたけどなに登録しちゃったの!?」


 トビはさきほど起きた出来事の意味がわからず、オオタカの首もとを指差して質問を浴びせた。


「お前には関係ない」

「なによその言い方ーっ!」


 オオタカはトビの顔を見ずに一言。わめくトビを放置して立ち上がる。後ろを振り返り、背中に広がる自分の髪を見たかと思うと、手を後ろへ持っていってなにかを探すように髪を触る。

 それからなにを思ったか、布のかかった部屋の出入り口へと歩き出した。


「ちょっと、どこ行くのよ!?」

「オジロワシと戦っていた場所へ戻る」

「なんで戻るのよ!? まだあいつ、いるかもしれないでしょ!?」

「お前には関係ない」

「そればっかりじゃない!?」


 トビは苛立ちを覚えながら立ち上がり、オオタカを引き止めようと駆け寄った。オオタカはトビの言葉を無視して部屋の仕切りをくぐり、家の出口へと歩いていく。


「だから待ちなさいって言ってるでしょ!」


 オオタカが木の扉の取っ手をつかもうと手を伸ばす。トビはその手をつかんで引き寄せた。お互いが不満げに睨み合う。

 その時、目の前の扉が、勢いよく開かれた。

 

「トビお姉ちゃん!」


 部屋の中に入ってきたのは、小さな人間の女の子だった。扉を開けた勢いのまま、手近にいた人物に飛びつく。少女が顔を上げると、そこには無表情で彼女を見るオオタカがいた。少女の顔に困惑が浮かぶ。


「リンナ。アタシはこっちよ。そっちは……、まぁ気にしないで」


 オオタカの横からトビが顔を出し、笑顔で手を振る。リンナと呼ばれた少女は途端にほっと表情を緩め、オオタカから離れてトビへ抱きついた。トビはそんなリンナの頭をやさしく撫でる。


「どうしたの、リンナ? そんなに慌てて」

「あのね、あのね。遺跡がどうなったかって、大人のみんなが騒いでるよ」

「あっ……」


 トビがなにかを思い出したように声を出し、固まった。


「トビお姉ちゃん、遺跡見てくるって入ってから、カラスに追われて出てきたって、見てた人が言ってたよ。でもそれからなんにも言わないから、みんな心配してたよ。お祭りの準備も早くしないといけないのにって、みんな困ってたよ」


 リンナが顔を上げながら言う。

 トビは目を泳がせながら、話を聞いていた。そしてリンナの肩をやんわりと押して離し、自分の胸に手を当てる。


「ちょっ、ちょっといろいろあってね。でもアタシに任せなさい! 大人たちには、心配しないでって言っといてちょうだいね」


 そう言って、ウインクをしてみせる。その顔はぎこちなく笑っていた。

 そうしてリンナを見送った後、トビはそばで突っ立っていたオオタカの手をつかむ。


「行くわよ」

「どこへだ」

「遺跡よ。ちょっとお願いしたいことがあるの」

ことわ

「いいから来るっ!」


 トビはオオタカを無理やり引っ張り、家の外へと出て行った。

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