第04話 奇襲

 トビは腰が抜けたように座り込みながら、オジロワシと呼ばれた鳥機人を見ていた。細身だが長身な体格で、手に持つ大鎌は直線的な刃が鋭い輝きを放っている。オジロワシの右頬には、ワシが翼を広げたような模様が描かれていた。


「あの模様って……。まさかアビス帝国の兵士……」


 トビは呟きながら、無意識に体を後退させた。

 オオタカはオジロワシを睨みつけたまま、姿勢を低くして臨戦態勢に入っていた。収めていた指の先にある鉤爪を再び突出させる。


「あ~あぁ、俺様の造ったカラスがこぉんなに壊れて。コレ、造り直すの結構大変なんだからなぁ?」


 オジロワシは翼を羽ばたかせながら、カラスたちのそばへ降り立った。気だるげに言葉を零し、カラスの頭を踏みつけて転がす。

 オオタカは緊張を解くことなく、オジロワシに体を向けている。


「これ以上、壊れたカラスを量産されちゃあ、忙しい俺様の手が回らなくなるわけ。だからさぁ、俺様が直々に来てやったってわけよ」


 カラスの頭を踏んだまま、オジロワシが首を曲げてオオタカを見る。大鎌を持っていない手が、オオタカに向かって伸ばされた。


「なぁ、実験材料? お前はなにも守れなかったんだ。逃げ回るのはもうやめて、戻ってこいよぉ?」

「断る」


 オオタカはオジロワシの誘いを一言で拒絶した。

 オジロワシは動じず、鼻で笑って、伸ばした手をもとに戻す。


「断ってどうする? 自分に関わるヤツらがこうなっていくのを見るのが、実験材料は大好きなのかぁ?」


 言った瞬間、オジロワシは踏んでいたカラスの頭を軽く蹴って宙に浮かせ、それをオオタカに向かって強く蹴り飛ばした。

 オオタカが右の腕を振るい、飛んできた頭をはたき落とす。

 カラスの頭が地面に落ち、トビの足もとに転がった。


「ひょぇえええ~~~!?」


 口の開いている頭に見つめられているようで、トビは思わず悲鳴を上げる。

 オオタカが騒ぐ背後をちらっと見て、自分の羽織っていたマントに手を掛けた。


「早くどこかへ行け」


 トビに言って、マントを脱ぎ捨てる。と同時にオジロワシに向かって駆けだした。

 オオタカの鉤爪が振るわれる直前、オジロワシはカラスの胴体を踏み台にして飛び上がった。


「まぁ、実験材料に拒否権はねぇけどなぁ。俺様がこの場で回収してやる」


 オジロワシが上空を飛び回りながら高笑いをする。

 オオタカが見上げながら、体を屈める。地面に倒れているカラスの腕をつかみ、オジロワシに向かってカラスの体を投げつけた。


「そういうしょぼい攻撃、俺様に当たると思ってるわけぇ!?」


 オジロワシは飛んできたそれを大鎌で叩き切った。胴体を裂かれたカラスが落ちていく。オジロワシは翼をはためかせてさらに高く飛び、大鎌を振り上げた姿勢で急降下してきた。


「……ちっ」


 オオタカが舌打ちを零しながら、迫ってくる攻撃を後ろに跳んで避けた。大鎌が地面に突き刺さる。オジロワシは大鎌を抜くと、再び上空に飛び上がった。


「どうしたぁ? 攻撃してこいよぉ?」


 オジロワシが上空で止まり、クイクイと人差し指を動かす。

 オオタカは動かない。地に足を着けたまま、オジロワシを睨んでいた。


「そっかぁ~、実験材料は片翼だったなぁ? 飛べない惨めな鳥機人だったなぁ? そういう使えないヤツを俺様は有効活用してやってんだ。ありがたく思いなぁ!」


 オジロワシが再び急降下をして、大鎌を振り下ろす。オオタカが横っ飛びで攻撃を避ける。オジロワシは大鎌を地面から抜いて、すぐに上空へと飛び上がっていく。


「あれじゃあ、オオタカの攻撃が当たらない。絶対勝てないじゃない」


 その頃、トビは起き上がっていて、近くの岩陰に身を潜めていた。逃げもせず加勢もせず、岩から顔だけ出して二体の攻防をうかがっていた。


「アビス帝国っていえば、鳥機人が人間を支配するべきだって考えている国よね。カラスを造って、人をさらって奴隷にしたり、鳥機人をさらって兵士にしたりしているって聞いたことがあるわ。そんな連中の目に付けられるなんて、嫌に決まってるじゃない」


 独り言を言いながら、離れたところで戦っている二体から目をそらさない。

 オジロワシが上空から急降下をして大鎌を振り下ろす。オオタカがその攻撃を跳んで避ける。地面に突き刺さった大鎌を抜いて、オジロワシが再び上空へ飛び上がり、また急降下して大鎌を振り下ろす。


「なんか、攻撃がワンパターンね」


 端から見ていたトビがそう呟いた時、オオタカが動いた。

 大鎌が地面に突き刺さった瞬間、攻撃を避けるために後ろへ跳んで着地したオオタカが前へと駆けだした。地面を蹴り、跳躍する。大鎌の峰を踏み台にしてバク宙をするように跳び上がる。オジロワシの頭上を飛び越え、真後ろへ着地。右腕を引き、オジロワシの背中からコアへ向かって鉤爪を突き刺そうとする。オジロワシは地面に刺さった大鎌を抜くのに手間取って、後ろへ振り返っていない。


「いけるっ!」


 トビが両手を握って叫んだ。

 オオタカの鉤爪がオジロワシの背を貫く直前、オジロワシの口角が上がる。その瞬間、突き刺すはずだった体は姿を消し、オオタカは虚空に腕を伸ばしただけだった。


「なに? なにが起きたの?」


 トビは状況に付いていけず、キョロキョロと辺りを見回す。

 オオタカの前には、大鎌が地面に突き刺さった状態で残されていた。顔を上へ向ける。オジロワシがまるで雷のような速さで空中を飛び回ったかと思えば、オオタカめがけて、さきほどとは比べものにならない速さで急降下してくる。


「つかまえたぁ~」


 オオタカが避ける暇もなく、伸びてきた片腕に首をつかまれる。オジロワシは推進器スラスターを吹かしながら地面に足をつけず、空いている手で大鎌を引き抜いた。

 オオタカは苦しげに顔をしかめ、首をつかんでいるオジロワシの手を離そうと両手の爪を立てた。オジロワシは動じず、さらに首を強く握りしめ、引き寄せる。


「飛べないってのは不便だなぁ? 攻撃も回避もできねぇのかぁ?」


 苦しむオオタカの顔を見ながら、オジロワシは口角を吊り上げる。足掻く姿を楽しむように見つめながら、思いついたように話し出した。


「せっかくだ。俺様が空へ飛ばしてやるよ?」


 言うや否や、首をつかんでいる手を強引に引き、空へ向かって振り上げた。オオタカが宙へと投げ飛ばされる。オジロワシは推進器スラスターの出力を上げ、オオタカを追うように飛んでいく。


「もっと高く飛べよ!」


 大鎌を足の横に構え、振り上げる。オオタカは右翼を羽ばたかせて体勢を立て直そうとするが、横腹に鎌の柄が直撃し、さらに上空へと弾き飛ばされた。


「もっと高く! もっと高く! もっと高く!」


 オジロワシは追撃の手を止めない。飛ばされたオオタカを追いかけ、再び大鎌の柄で体を殴る。さらに上空へ飛ばされたオオタカをさらに追いかけ、攻撃する。その繰り返しが、何度か続いた。


「どうだぁ? 良い眺めだろう?」


 遠くの景色が見渡せる高さになって、オジロワシは手を止めた。大鎌を肩に担ぎ、反対の手は腰に当てて、眼下に広がる荒野を眺める。その横を、頭から地面に向かって、重力のままオオタカが落ちていく。

 土埃が、荒野に舞った。


「くっ……」


 オオタカがうつ伏せに倒れ、顔をしかめながら肘を曲げて起き上がろうとする。しかし、上空から降りてきたオジロワシが、オオタカの背を片足で踏みつけた。


「なんだ、もう落ちたのか? 実験材料は、地面と仲良くしていたいんだなぁ?」


 片足でオオタカの背中を踏みにじりながら、オジロワシは高笑いを響かせた。


「……なによ、あれ。完全に舐められてるじゃない」


 岩陰に潜んでいるトビが、これ以上見ていられないように首を引っ込めて、胸に手を当てた。


「どうするの、アタシ……? このまま逃げる? それとも……」


 自分自身に問いかけ、そわそわと辺りを見回す。そばにあった石に、オオタカの羽織っていたマントが引っかかっているのが見えた。


「さてと、回収して戻るとするか」


 オジロワシは手を伸ばし、オオタカの髪をつかんで持ち上げる。襟足で結んでいた髪留めが解け、地面に落ちた。オオタカの手はだらんと腰の横に垂れ、抵抗する力を失っていた。

 その時、オオタカをつかんでいるオジロワシの手に、光弾が直撃した。


「っ!?」


 威力は弱く、手には傷ひとつ付けられていないが、オジロワシは思わず手を離した。


「でりゃぁぁぁあああああっ!」


 その一瞬の隙を突いて、トビが低空飛行でオジロワシのもとへ突っ込む。地面に落ちかけたオオタカを抱き上げ、持っていた物を投げつける。


「これでもくらいなさい!」


 それはオオタカの着ていたマントだった。オジロワシの視界が塞がれる。トビはオオタカを抱えたまま一度地面に足をつけ、推進器スラスターにエネルギーを込める。全速力でこの場から逃げようとした時、足もとに光る物が落ちているのが目に入った。

 トビは手を伸ばしてそれをかっさらう。直後、両翼の推進器スラスターが全力噴射され、トビたちは荒野の果てに飛んでいった。


「あ~あぁ、逃がしたか」


 フード付きマントを大鎌で切り裂き、視界が開けたオジロワシの目の前にはすでになにもいなかった。オジロワシは顔を上げ、遠くを眺めて口角を上げる。


「まぁいい。すぐに見つけてやる」


 呟くと同時に、推進器スラスターからエネルギーが放出される。空高くに飛び立ったオジロワシの姿は、雲に隠れ、見えなくなった。

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