第02話 初見
「いやぁぁぁああああああああーーーーっ!!」
荒野の空に甲高い叫び声が響いた。
一体の鳥機人が、地面スレスレを低空飛行で飛んでいく。涙は出ないが涙目になりながら振り返ると、巻き上がる土埃の後ろから五体の黒い集団が追いかけてくるのが見えた。
「もうっ、こんなにカラスがいるなんて聞いてないわよ! アタシはちょっと遺跡を覗いただけなのに、なんで追いかけてくんのよーっ!」
黒い集団は、無人格自動型鳥機人――通称、カラスと呼ばれていた。
逃げる鳥機人が前に向き直り、空に向かってもう一度声をあげる。癖のある茶色い長髪が後頭部でひとつに結ばれており、パタパタと不規則に揺れている。背にある茶色の両翼に埋め込まれた
「鳥機人ヲ確認。捕獲ノタメ、現在追跡中。繰リ返ス。捕獲ノタメ、現在追跡中」
「まさか仲間呼んでる!? マジで最悪なんですけどーっ!」
聞こえてきた無機質な声に、鳥機人は悲鳴をあげた。もう一度後ろを振り返り、追ってくるカラスたちを確認してから、くるりと体を反転させる。
「こうなったら……、当たれぇっ!」
右手と肘の間に装着されたビーム砲から光弾が発射される。
光弾はサッとかわされ、カラスたちは何事もなかったかのように追い駆け続ける。
「攻撃ヲ確認。コレヨリ、強制捕獲ニ移行スル」
「へっ!?」
カラスたちの頭部にある大きなくちばしが開いた。あらわになった砲門にエネルギーが収束していく。次の瞬間、光弾の雨あられが、鳥機人めがけて降り注いだ。
「いやぁあああああーーーーっ!! なんでこうなるのーっ!?」
鳥機人は再び前に向き直り、ジグザクに飛びながらなんとか攻撃をかわす。それでもカラスたちの砲火は止むことがなく、その距離はどんどんと縮まっていく。
「だ、だれか……、だれか、助けてぇぇぇええええええーーーーっ!!」
藁にもすがる思いで空に向かって叫んだ。
すると突然、カラスたちの攻撃がやんだ。
「応援要請ヲ受信。タダチニソチラヘ向カウ。繰リ返ス。タダチニソチラヘ向カウ」
急に静かになった荒野で、無機質な声が呟かれた。鳥機人が振り返って確認すると、カラスたちは動きを止めていた。右へと向きを変え、直進を始める。
「……あら?」
取り残された鳥機人は首を傾げた。
「なにかしら、あれ……?」
鳥機人は翼を羽ばたかせて地面を蹴った。荒野に横たわる大岩に隠れながら、徐々に距離を縮めていく。近づくにつれて、動く点がはっきりと見えてくる。
「もしかして、あれ、全部カラス!?」
岩に身を隠して顔だけ出しながら、鳥機人は前方の光景をうかがった。
二十五体のカラスが、上空と地上からなにかをドーム状に取り囲んでいた。どの機体もくちばしを開けて、光弾を連射している。土埃が舞う中、カラスたちの中心でなにかが動き回っている。
「女の子……? いや。鳥機人……!?」
地面を蹴って光弾をかいくぐっているのは、背から鋼鉄の翼を生やした鳥機人だった。長い髪を襟足で結んでおり、動くたびにそれが左右になびく。背から生えた翼は、左翼が付け根から失われており、右の翼しかない。
「片翼の鳥機人だわ……」
片翼の鳥機人は光弾をかわしながら、一体のカラスのもとへと距離を詰める。右手が躊躇なく、カラスの首もとを突き刺した。背中まで貫通した手をすぐさま引き、倒れ込むカラスの首をつかむ。盾代わりにして飛んでくる光弾をしのぎ、腕を大きく後ろへ引いて動かなくなったカラスを放り投げた。空中にいた別のカラスが、飛んできたそれに当たり、地上へ落ちる。片翼の鳥機人は、落下したカラスのもとへ光弾をかわしながら駆けつけ、起き上がる前に首もとのコアを足の踵で踏み抜いた。
「強い……。でも、えぐい戦い方してるわね……」
片翼の鳥機人の足もとには、カラスがすでに十体ほど横たわっていた。
片翼の鳥機人は次の相手に狙いを定め、再び光弾をかわしながら駆けだした。流れるような動きで攻撃をかわしつつ、カラスを仕留めていく。けれども時折、カラスの放った光弾が体をかすめる。着ている服は破れ、体には焦げた跡や傷がところどころにできていた。
「危ないっ!」
片翼の鳥機人が、また一体のカラスの首もとを突き刺した時だった。その背後に別のカラスが忍び寄ってきて、くちばしを大きく開ける。片翼の鳥機人は空中にいるカラスたちに目を向けていて、後ろの存在に気がついていない。
岩陰から様子を見ていた鳥機人が、思わず声を上げ、右腕を伸ばした。前腕から発射された光弾が、カラスの頭に当たる。衝撃でカラスは横に傾き、黒いくちばしから放たれた光弾は、片翼の鳥機人の頬をかすめた。
「アタシの弾、当たった……!?」
岩の影にいる鳥機人が、独りごちる。
一方、片翼の鳥機人は、すぐさま背後にいるカラスへ向かって喉笛を掻き切るように右手を振るった。指の先から突き出た鉤爪が、カラスの首もとにあるコアを破壊する。倒れるカラスに目もくれず、片翼の鳥機人は駆け出し、残るカラスを一体ずつ的確に倒していく。
「応援要請ヲ送信。P-7地区ニテ、
ものの五分ほどで、すべてのカラスが地面に伏した。
赤い目を点滅させながら呟くカラスのもとへ片翼の鳥機人が近づき、足の踵で首もとを踏み抜く。コアが完全に破壊されたカラスは光を失い、鉄の塊と化した。
「すごい……。あの数のカラスを、一体で片付けちゃった」
岩陰からずっと見ていた鳥機人が感嘆の声をあげる。
カラスの残がいが足もとに広がる真ん中で、片翼の鳥機人は息をゆっくりと吐くようにして肩を下げた。だしぬけに首を捻り、岩のほうへと目を向ける。
「ぎくぅっ!?」
二体の鳥機人の目が、かち合った。
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