言えない恋にしたのはだれ?

ナガレカワ

第1話

「なぁ知ってる?」

「えー?まじで?きもっ笑」


ある朝、学校に行くとみんながざわざわと噂をしている。

いい噂でないことはみんなの顔を見ればわかる。なんだか嘲笑うような、それでいて哀れなものを見るように話す彼らをみて不快な気持ちになる。

なに?なんの噂だろう?

どうせ、誰かが先生に怒られているとか、誰と誰が別れたとかそんなところでしょ。

くだらない。そんな噂、どうでもいいし。くだらない噂に限って早く回る。本当にくだらない。

中学生ってそういうところあるよね。

そう思いながら、クラスに入る。


「おはよう」


友人へ挨拶をする。

僕は噂なんて気にしない。そんな風を装って。

しかし、僕が挨拶をした途端に、クラスメイトが一斉に自分の方を向いた。

え?何?

驚いていると、一斉にみんなが走ってくる。

なになに?もしかして僕に関するものだったりする?

それは嫌なんだけど。怒られるのも嫌だし、変に注目されるのは最悪。目立たぬ静かに生きていきたいんだから。

しかし、クラスメイトから言われた言葉は自分の予想を遥かに裏切るものであった。


「ねぇ、長代ってゲイなの?」


え?何言ってんの?ゲイってあの男の人が好きな男の人のことのやつ?

驚いて声が出ない。

その驚いた様子を見て答えがわかったのか、みんなは、自分の周りからため息をついて離れていった。


「なんだ、しらねぇのかよ」

「おもんな」

「役に立たないなぁ」


何?どういうこと?

頭がうまく働かない。え?なんて言った?

長代がゲイ?どういうこと?え?

驚きと疑問とで頭はパニック状態。

それもそのはず。

だって長代はなんでも言い合える仲の友人。いわゆる親友ってやつだから。


チャイムが鳴り、先生が教室に入ってくると噂をしていた人たちもみんな座り、静かになった。


「えー、今日は…」


先生が何かを話している声が聞こえてくるがそんなことはどうでもよかった。


頭の中はさっきの噂のことでいっぱい。さっきの噂のことしか考えられない。

え?何?どういうこと?

長代は男が好きってこと?


「前後の席だし、よろしくな!」


新しいクラスになって、緊張していた僕に、最初に話してくれたのが長代だった。

長代は有名な人だった。

陸上部で、県大会の記録を何度も塗り替えている実力者。それなのに人に優しく賢く、その上、爽やかでモテる、と噂で聞いていたのだ。

学年で彼のことを知らない人はいないだろう。だから、そんな誰でも知っているような有名人に話しかけられたことに僕は驚いたんだ。

なんでこんな暗い僕に?

はっきり言って長代と僕ではカーストが違いすぎる。見た目でもわかるぐらいにね。

しかし、長代はそんな僕との格差なんて気にすることなく、毎日話しかけてくれた。


「今日、天気いいな」「数学の宿題やった?」

ってね。


初めは、こんなリア充みたいなやつに話しかけられても困る、どうせ面白がってるだけだろって思ってた。

でも、あいつは毎日こんな僕に話しかけてくれるし、悪気があるようには見えなかった。それどころか、僕のひどい態度に臆することなく、明るい笑顔で僕に話しかけてくれた。

話すネタがなくなっても、天気の話からどんどん話を広げて、ふふっ思い出すだけで笑える。

天気の話なんて普通あまりしない。お見合いじゃないんだから。

僕はそんなあいつに、どんどん気をゆるすようになっていった。

当然、仲良くなればあいつの欠点も見えてくる。優しすぎて、断れないとか、意外と頑固なところがる、とかね。

でも、そんなところもひっくるめていいやつだなって言えるぐらい、あいつとは仲良くなった。

放課後一緒にテスト勉強をしたり、休日に買い物に行ったり…。

だから、当然恋バナだってしたことがあった。普通に好きなタイプの女の子とか、こういう子いたらいいのにな、なんて妄想したり。普通に恋バナに参加してたけどな。

でも確かに、あいつはよく告白されるのに一度もOKしたことはなかった。それは、ゲイだったからなのか?え?いや…あぁ、もうわからない。僕は頭を抱えてしまった。


僕がそんなふうにぐるぐると考えている間に、噂は類を見ないスピードでクラス、学年へと広がっていった。

みんな珍しいものには目がない。

自分とは違うもの、簡単に言うと話の種になるような面白く、そして貶めるものには目がない。


廊下に出ると、長代の話ばかりが耳に入ってくる。


「ねぇ、知ってる?A組の子、同性の子に告白されてたんだって。やばくない?」


「なぁ、聞いたか?A組の長代ってやつゲイらしいぞ。きもくね?」


僕は気分が悪くなってくる。なんなんだ、この状況は。

みんな昨日までは、長代のことを

「かっこいいよね」「あいつすげぇ」

って言っていたのに、今日みんなから出る言葉は長代を貶める言葉ばかり。

噂だけが回って、長代のことを気持ち悪い、変なやつって。

なんでそうなるんだ。あいつはなにも気持ち悪くなんてない。あいつはなにも悪くないのに。

でも、一番嫌なのは親友が嫌な噂の的になっているのに、なにも言えない僕自身。

どうして、僕はなにも言えないのか、なぜ彼を庇うことができないんだろうか。


長代は学校にこなかった。


聞こえてくる噂を組み合わせると、ここまで噂が広まった原因がわかってきた。

長代は同性の人に告白したのを目撃され、逃げたようだ。その目撃した人が誰かに言い、それがまた誰かへ、、と噂になっていったようだ。


きっと、今日長代は学校に来ないだろう。

そりゃそうだ。噂になることはほぼ確定しているし、それに耐えられるほどあいつは強くない。

あいつはもう学校に来ないのか?

そして、本当にあいつはゲイなのか?


ゲイって言われて最初に思いつくのは、テレビのいわゆるオネエ、と言われる人たち。

男の人なのに女の人みたいな話し方をして、ちょっとなよなよした感じの。

でも長代はそんな感じじゃない。陸上部で男らしくて、いつも豪快な感じで。

元気だけど優しいやつで、こんな僕にも優しくて。

長代とゲイなんてどう考えたって結びつかない。

そんなわけない、長代がそんなわけ。


僕はなんとか長代と連絡を取ろうとした。あいつがどんな思いで今いるのか、今自分にできることはないのか、そんな思いがぐるぐるしている。

しかし、どうメッセージを送っていいのか分からない。

なんて言ったらいいのか、こんなこと今までにないから全くわからない。

メッセージを送ろうと思って打っては消し、打っては消しを繰り返していた。

なぜ打てないんだろうか。僕はなんでこんなにも臆病なんだろうか。


最初は、え?もしかして僕のことも好きだったのかな、とか集団宿泊で一緒の風呂だったな、っと考えていた。

しかし考えていくと、そんなことはどうでも良くなってきた。

はっきり言って、長代が同性愛者だろうが、異性愛者だろうがそんなことは別にどうでもいい。

誰が誰を好きとか、僕はあまり気にする方じゃないし、僕自身、初恋もまだの人。はっきり言ってどうでもいい。

長代はこんな僕にだって優しいやつだし、あいつが誰を好きだろうが、なんだろうがどうだっていいんだ。


そう、そうなんだよ。だから、なんで僕はこんなにもやもやしているのかわからない。

心にずしっとあるものの正体、なんかこう心が重いような、理由のわからないモヤのようなもの。

その正体がわからない。


「えー、彼氏できてたの?知らなかったんだけどー。教えてよ」


あ、わかった。

僕は耳に挟んだ彼女たちの声でやっと自分のもやもやした気持ちの正体がわかった。

なぜ自分には言ってくれなかったのか、という感情だ。

自分は、親友だと思ってたのになぜ言ってくれなかったのか。

こんな噂になって知るなんて、僕はそんなに信頼されていなかったのか。

なぜ自分には秘密にしていたのか。

自分達は親友ではなかったのか?

そんな思いが頭を巡って離れない。


僕はなんとなくもやもやしたまま放課後を迎えた。

その日のホームルーム。

さっさと帰りたい。もう頭はぐちゃぐちゃ。

いつもと同じようにすぐに終わるかと思いきや、担任の先生がいきなりこんなことを言った。


「今日は、先生から宿題を出します。“LGBT”この言葉の意味を調べてきなさい。そして、今日の自分たちの行動を振り返ってきなさい」


え?なにそれ。

みんなざわざわしている。

担任の白崎先生は優しく、怒らない先生で有名だった。いわゆる、舐められてる先生ってやつ。宿題もあまり出さないし、授業中寝てたって怒らない。

だから、ホームルームで宿題を出すなんてあり得ないことだったし、ましてや、静かに怒っているような表情をしている先生に僕はすこし驚いた。

なぜ怒っているのか、そして“LGBT”って何?

何その宿題。


僕は今までにない疲労感で家へとたどり着いた。精神的疲労というか、なんというか。

何をする気にもならず、僕はベッドに寝転んでいた。

ふと、先生の話を思い出した。そういえば、“LGBT”?について調べろって言ってたっけ。なんなんだろう、それは。そして、先生はなぜ急にそんな宿題を出したんだろうか。


調べてみると、先生がなぜこの宿題を出したのか、すぐにわかった。

あ、今日の長代の噂を先生も聞いたんだ。だから、この宿題を出したんだ、って。

LGBTというのは、レズ、ゲイ、バイセクシャル、トランスジェンダーなど性的少数者の人たちをまとめた言葉らしい。

へぇ、そういう言葉があったんだ。全く知らなかった。

読み進めていくと、そのページには、LGBTの人たちが今までどんな嫌なことがあったかが載っていた。

バレていじめられた、勝手にバラされた、友達がいなくなった、彼女いる?と言われるとしんどい…と、さまざまな“嫌なこと”が載っていた。

僕はそれを読み進めていくにつれて、自分の今日の行動がどれほど愚かであったかを知ったのだ。


あいつがなんで言ってくれなかったのか、僕は信用されていなかったのか、そんなことばっかり僕は考えていた。

しかし、あいつはたくさん考えて、僕に言わない選択をしていたのかもしれない。

少数派の自分の気持ちを知られたらいじめられるかもしれない、僕が離れていくかもしれない…。

きっと沢山の悩みや不安があって、でもいえない日々を過ごしていたのかもしれないと僕は気がついた。


きっと、長代は誰にも打ち明けることができなかったに違いない。

誰にも言えず、ただ自分の中で溜め込み、そして燃えるような恋心を胸にしまい必死に耐えていたのだ。

その思いがふと出てしまった、それを誰かに見られてしまっただけでここまでの騒ぎとなってしまっている。

そんなの、言えるわけないんだ。


僕は、自分のことしか考えていなかった自分に気づき、情けなくなった。

なんて言ってくれないんだろうか、そんなことを思っていてはいけないんだ。

むしろ、なぜ言えないのか、そのことに目を向けなければならなかったんだ。

言えるわけない。だって、一人に知られただけでもこんなに噂になって、来れる状態じゃなくなってしまうんだから。

ごめん、ごめんね長代。

僕は君のことを何もわかっていなかったんだ。


僕はメッセージを送る決心がついた。別になんてことのないものだけど。

ただ、僕が送りたくてしょうがなかった。


次の日、学校へと行くと、少なくとも僕のクラスでは長代の噂をしている人はいなかった。

みんながみんな、少しばつの悪い顔をしながら、そしてどこか大人びたそんな表情をしている。


先生が教室に入ってくる。

そして言った。


「おはよう。君たちの顔を見れば、君たちが昨日なにを学び、なにを考えたのかはわかる。だから、わざわざ私からは言わない。

そういった、知らないことを蔑むのではなく学び、人に配慮できる人たちになって行ってほしいと先生は思っている」


そういうと、先生はいつものようにホームルームを始めた。

その日の教室は、昨日の噂が無かったのかのように、静かでどこか気まずさを持った空気をまとっていた。


人の噂は七十五日とはよく言ったもので、1週間も経つと、みんな長代の噂をすることは無くなった。

まるでそんな噂は無かったかのようにみんなは振る舞っている。もうあんな出来事など無かったかのように、平穏に戻っていた。


しかし、あれから長代は一切学校に来ていない。


長代のいない日々が普通になっていき、いや、いないことがより平穏を生み出しているのかもしれない。

先生たちは長代が学校に来れるように働きかけているようだが、どうなっているのかはわからない。

あれから、僕が送ったメッセージには既読すらつかない。もしかしたら、長代はもう学校には来ないつもりかもしれないし、それはわからない。

でも、今日も僕はメッセージを送り続ける。


「おはよう、今日もいい天気だな」

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