モモちゃんの恋

れなれな(水木レナ)

おそらくシークレット

 わたしの好きな飯島いいじまキミヒトくんはいじわるだ。

「おしゃべりインコ! こっち見んな!」

 クラスで目があうと、いつもふいっと横をむいてしまうのだ。

 でも……おしゃべりインコってなに? 5年生のとき、みんなで自己紹介したのに、私だけずっとこうなんだよね。

 私、あれからずっとひかえめにしてるのに……

桃石ももいしさん、日直でしょ? 最後までのこるんだよね? じゃあゴミ捨て行ってきて! おねがいね」

 ミチカちゃんが、えっと思うようなことを平気で言ってくる。

 そんなとき、聞こえるような大声でキミヒトくんはやってくるんだ。

「なんだよ! そいつは掃除当番じゃねんだから、自分が行けよ!」

 そんな角が立つようなことを……

「え、なに? 飯島なんでしゃしゃってくんの? ていうか、あたしは桃石さんに言ってんだけど」

 ミチカちゃんが、いいかげんなたいどでそう言うから、ここははっきり言わなくちゃと思ったんだ。

「いい。私、ごみ捨て行ってくる。どうせ放課後は残るから」

「ばか……っ」

「はーい、おねがいねー」


 次の日も、ミチカちゃんがやってくる。

「桃石さん、宿題見せて!」

「桃石さん、わたしもわたしも!」

 ついでにミチカちゃんのお友達の瑠衣るいちゃんまで。

 どうしよ……

「あーあー! インコの宿題、あいつらに見せるためにやってきたんじゃねーのに!」

 キミヒトくんが大声で通りかかるから、ミチカちゃんは舌打ち。

 そのゆがんだ頬を見て、私は思ってしまったんだ。

(そうだよそうだよ、ミチカちゃんはなんでも調子よく人を利用しがちなんだから、ちゃんと自分でやって!)

 瑠衣ちゃんがそんな私の視線をびんかんに読みとったのか、しゃらりと言った。

「桃石さん、宿題見せてくれないんなら、もう仲間にいれてあげないよ? クラスの出しものも、班べつ行動も」

「あっ、それは……」

 ゆらり、私の胸が不安にさざめいた。

「そんなの、いやだよ……」

「じゃあ、宿題ー」

 しかたないのか……私は机の中から宿題を出した。

「あっ、待ってー。やっぱりこうしよっ。桃石さんがやってきた宿題を、あたしがやってきたことにする。で、こっちのプリントととりかえてー?」

 えっ、やっぱりこうなるの?

「ばか、インコ。おまえいじめられてんのわかんねーのか」

 ミチカちゃんの表情が変わった。

「なによ! これは等価交換とうかこうかんなんだからね! 仲間にいれてあげてるんだから、いーじゃんそれくらい!」

「おめえみてえなブス、仲間じゃねえよ! インコはべつにこまらねえから、解放してやれ!」

「……おぼえてろ!」

 キミヒトくんレベルの悪口は、小学6年生ともなれば幼稚ようちなんだけれども、それより私はミチカちゃんがこわい。

 本当に仲間はずれにされちゃったらどうしよう。

「い、いいよ! 宿題、交換しよう……っ」

 ミチカちゃんがそのとき、どんっと私の胸をついて、宿題のプリントを取ってった。

 朝のホームルームの鐘がなる。

「どうしたー……桃石。また宿題忘れたのかー?」

 やさしそうに言う大倉おおくら先生の前で、私は泣きそうになってしまった。

 またって言った。

 先生、私がいつも宿題を忘れる子だと思ってるんだ……。

 結局、白紙のプリントをおしつけられて、私は宿題を提出することができなかった。

「あいつ、なんだって……」

 窓際の一番うしろの席から声がして、がたんと床をこする音が。

 同時に、ミチカちゃんが挙手せずに発言した。

「きのう、飯島キミヒトくんが、日直にゴミ捨て当番をおしつけてましたー。いけないと思いまーす」

「なにぃっ!」

 キミヒトくんは机をたたいてこうぎしようとしたけれど、大倉先生におしとどめられてしまった。

「飯島、日直はおまえの奴隷じゃないぞ」

「俺じゃねえよ! 新井あらいのやつが……」

「いいんだよ、キミヒトくんっ」

 いきなり立ちあがってしまったので、キミヒトくんはびっくりしたみたい。

「日直の仕事はみんなのおてつだいだもん、私、いいのっ」

 ふりかえって言うと、同じ班のミチカちゃんが口元をゆがめて笑っていた。

「いいの……」

 先生はためいき。

「いいかーみんな、今のうちにいっしょうけんめい、係の仕事をするのはなー、将来のためなんだぞー。自分のわりあてられた仕事は他人まかせにしない。たいせつなことだ。おぼえとけー」

 わけのわからないことを言った。

 だって、昨日ミチカちゃんと他の子はみんなそうじが終わったらさっさと帰っちゃって、私一人でゴミ捨てに行った。

 なんだか不公平だって思うけれど、先生はそれを見てたはずなんだ。

 ゴミおきばは職員センターの扉のまん前にあるんだから。

 見てたはずのことを見てない先生は、自分の仕事をちゃんとしていたの?

 日直の日誌を持っていった時だって、席にいなかったし、教室へもどるとちゅうで保健室のまえを通ったら、大倉先生の声がした。

 保健室には美人の岸本きしもと先生がいる。

 男の先生はなにかと理由をつけては、保健室に行ってお茶を飲む習慣なんだ。

 おとななんて、あてにならない。


 放課後、昇降口でキミヒトくんにあった。

「おまえ、おまえなあ!」

 なんだかケンカ腰だ。

「朝のあれ、なんだよ! 俺はおまえにゴミ捨てなんて、おしつけてねーだろ!?」

 あ……。

 私は思いいたった。

 どうにかことをおさめるのに必死で、キミヒトくんのことを考えていなかった。

 あのときは、ああ言うのが一番いいって思ってたんだ。

 それに、先生に、私がいじめられてるなんて、知られたくなかった。

「なーんだよなあ! 新井のやつ、ぜってぇひきょうだ! なんとか言えよ。インコ!」

 ぽろっと私は言ってしまった。

「キミヒトくんだって、私のこと、インコってよぶじゃない」

「なぁー? そ、それはっ」

「なんで? なんで私のことだけ、ヘンな名前でよぶの?」

 ぐっとつまって、キミヒトくんは開き直った。

「おまえみたいなやつ、嫌いだっ」

 そう言うと、彼はかけさってしまった。

 ボロボロのシューズで……。


 キミヒトくんちは隣町との境にあるらしいって聞いた。

 学校の帰りは急な坂道をのぼったりおりたりして、家につくんだって。

 私は彼の家を知らなかったから、このままひきはなされちゃうともう謝れないと思って、走ってついていった。

 どうして、謝るのかって……それは、ゴミ当番をおしつけられていたのを、よりにもよって、朝のホームルームでキミヒトくんのせいってことにしちゃったから。

 わざとじゃなかったんだけれど、ミチカちゃんの目がこわくて言い出せなかったんだ。

 ごめんね、キミヒトくんは悪くないのに。

 それどころか、いつも私のために怒ってくれたのに。

 好きだよ。

 好きだから。

 だから、行ってしまわないで!


 ちょうど角を曲がったところで、キミヒトくんは屋根を見上げた。

 ごめんね、私、そんなキミヒトくんが気になって声がかけづらかった。

 角の電柱の陰からそっと見てただけ。

 でも、彼はふっと目をそらすと、うつむいてそこを通り過ぎた。

 何を見てたんだろう?

 私は、彼が見ていた小さな一軒家の前で立ち止まった。

 周りの住宅に比べてちょっと古めの平屋建てで、表札には難波なんばって書いてあった。

 道路がわに、大きな出窓と庭がある。

 白いカーテンがひらひらっと窓枠を飾っていて、とてもロマンチックだ。

 芝生の庭にはお客さんようかな? 白い丸テーブルと、椅子があった。

 でも、なんだろう。

 あれ。

 窓辺に置いてある大きな鳥かごが妙にしんと静まりかえっていた。


 ゴミ捨てのあれは、ミチカちゃんにおしつけられたんだって、ちゃんと大倉先生に言おう。

 そしてキミヒトくんへの誤解をといてもらって、そうしたら、彼にも謝ろう。

 そう思って次の日の朝、職員センターの扉をたたいた。

 先生はむずかしい顔をして、面談に応じてくれた。

「いやー、新井のことはな、先生も聞こうと思っていたんだ。だって、昨日のプリントがな、桃石の字なんだものなあ。ひょっとしていじめかも……とは、思ってた」

 なあんだ! 先生はやっぱり先生だった。

 ちゃんと見ていてくれたんだ。

「それに一年の時、桃石は保健室の常連さんだったろう。頭が痛いって、泣いてこられて岸本先生も心配しててな。いや、頭痛で泣くかなって話なんだがな。ちがってたらすまん」

 あのころは、クラスで対立してた子たちにまきこまれて、「どっちにつくの?」なんて言われてなやんでた。

 でもそれを保健室の岸本先生が知ってるはずはない。

 それに、キミヒトくんにインコってよばれるようになった、きっかけになったできごとでもあったんだ。


 保健室でとなりだった窓際のベッドに、キミヒトくんはいた。

 なやんでることを言ったわけじゃないのに、彼はなにかを察してくれたのか、やさしくしてくれて。

 そして、私の前髪をすっとすくって言った。

「すっげー」

 って。

「おまえ、白髪があるぞ。若白髪だ!」

 ショックで涙がこぼれた。

 白髪だなんて、おばあさんみたい。

「泣くなよ。若白髪って天才のしるしなんだ。将来おおがねもちになれんだぜ」

 見かえしたその表情は真剣そのものだった。

「ああ、俺も早く白髪、はえねえかな」

 自分の前髪をつんつんひっぱって言ったので思わず私は笑ってしまった。

 ああ、この子、いい子だって思って。

 でも、クラスに帰ってその話をしたら、ろうかでまちぶせされて彼に「おしゃべりインコ」って言われたんだった……


 くらい思い出を思いかえしていると、大倉先生が心配そうに言った。

「いじめに関しては深刻に考えている。先生方と連携していろいろ対策をねっているから、知っていることがあったら教えてくれ」

 その言葉をきいて、私は本当に安心した。

 大倉先生のクラスは大丈夫だね。

 クラスにもどってしばらくして、だれもいなかった教室のすみっこでぽつんと席に座っていたら……

 突然、まえの方の引き戸があいた。

 入ってきたのはキミヒトくんだった。

「うわぁぁっ! 俺がいちばんのりだと思ってたのに! びっくりしたぁ!」

 なんか、ひっくり返りそうになりながら席につこうとするから、聞いてみた。

「なんで、教室のまえから入ってくるの?」

「おまえに関係あるかよ」

 ないけど。

 気になるんだもん。

「だって、キミヒトくんの座席って……」

 一番、うしろなんだもの。

「だまれ!」

 相変わらずの大声に、びっくりしてると、顔をまっかにさせて彼はランドセルを机にたたきつけた。

「へんなの」

 あんまりへんすぎて、謝る機会を失ってしまったじゃない。


 で、放課後。

 キミヒトくんはやっぱりあの家のまえで――大きな出窓の古い家――立ち止まるんだよね。

 ようし、何を見ているのだか、確かめてやる!

 車の陰に隠れて、壁伝いにそっと近づくと、その家の中から窓辺に人影がさすのがわかった。

 キミヒトくんも当然それに気がついて声を張った。

「ばあさん! モモ! モモはっ!?」

 モモ?

 すうっと窓がひらいて、髪をきれいにカラーリングした婦人が顔を出した。

「黙れ! こおの、悪ガキ! うちのモモは繊細なんだから、うるさい声をあげるんじゃないよっ」

 そういう婦人の声も、なんて言い方をしたらいいかな。

 大きな、しゃがれ声で。

 年輪を刻んだ細い手で、何かを窓際に置いた。

「こないだ、モモ、いなかったじゃん。どこ行ってたの?」

 すごい! あれだけどなられても、ちっともへこたれない。

 キミヒトくんは強いなあ。

「うるさいね! 隣町の息子夫婦のとこへ出かけてたんだよ。モモはかまってやらないと、すぐすねるから、つれていったんだ」

「へえー。そっち、行っていい?」

 と、庭のほうをさしている。

 ずうずうしい。

「ちょっとだけだよ」

 案外、やさしいな、おばあさん。

「お茶菓子があった。もっておいき」

 ええっ、私もほしい!

 思わず出ていったら、キミヒトくんとおばあさんが顔を見合わせた。

 やっちゃった……かな。

 少しはずかしい。

「こ、こんにちは!」

 でも、まずは挨拶。

「こんにちはぁ」

 にこにこしておばあさんが、お茶菓子をくれる。

「おまえなあ……」

「なに?」

「ついてきたのかよ」

 げほげほ。

「謝りにきたのかよ?」

 そっ……

「そうです……」

「やっぱなあ、昨日はなんか変な感じがしたし、ストーカーか変質者かと思ったけど、心当たりはひとつだけあったしな」

「それって……」

「おまえだよ、桃石むつみ」

 きらっとあでやかな光をまといつつ、彼は言った。

 私の名前……

「ていうか、なんでインコってよばないの?」

「げほげほっ」

 お茶菓子がのどにつまったらしい。

 おばあさんがすぐにお茶を出してくれる。

 窓の下の白い丸テーブルに置かれた、なんていうのかな、緑茶の入ったティーカップをはさんで、私たちは楽しい会話を続けた。

「ふうん、おばあさ……芳江よしえさんは、いつ頃から鳥を飼ってたんですか?」

「それがさ!」

 彼女は、10年前に息子さんが飼っていたインコを――モモイロインコっていうオウムなんだけど――結婚するからといって「おしつけられた」らしい。

「面倒だけはわたしに任せるんだから、困りものだよ」

 そう言って、うれしそうに――なぜだか、私、わかっちゃう。モモイロインコがどれだけ長生きするかは知らないけれど、息子さんはきっと、自分が結婚して芳江さんが一人きりになるのをさけたかったんだ――モモを見上げた。

 そうして、キミヒトくんを見ると、

「また、触っていくかい?」

 とたずね、キミヒトくんは首をふった。

「ああ、うん。今日はいいや」

「おや、そう」

 意外そうに彼を見て、芳江さんは席を外した。

 難波家のリビングにあたる大きな出窓でモモイロインコのモモは日光浴をしている。

「そういえば、桃石。おまえ先生に言ってくれたんだな」

「え、と……?」

「謝られたぜ。先生に。びっくりした」

「う、うん。そうなんだ。フーン……で、なんでインコってよばないの? 私のこと」

「……好きだから?」

 へぇっ!?

「インコが? 芳江さんのまえで、私のことをインコってよべないほど、あのオウムを意識しちゃってるわけ?」

 キミヒトくんは、くちびるをぐっとかんで、うつむいていた。

 かと思うと、テーブルに置かれたお茶菓子の包装をバリバリとむきまくって、ガツガツ口に入れた。

「ああっ、そうだよ! オレはインコが……モモが好きなんだよ! だから、ここではおまえは格下なんだ! 断じてインコとはよばない! わかったか!」

 へぇー。

 よく、わからないけど……顔が熱くなっちゃった。

 ドキドキする! なぜだか!

「光栄のいったりきたりですねっ」

 ブイサインを決めてやったら、キミヒトくんはぼんっと赤面してうしろへ倒れた。

 庭が芝生でよかったね。

「ちがう―……ちがうぅー、俺はモモが、インコが……」

 なんか言ってるけど。

「ちがわないでしょ。キミヒトくんは好きなんでしょ」

 芳江さんとおんなじだ。

 類ともだ。

「なんっ……だとぉ!?」

「インコ、がね!」

 きゅう、とおしだまって彼は涙目。

 あんまりうらめしそうに見るので、私はおかしくなっちゃって。

 当分、この恋を公にはすまい、と心に思った。

「おまえなんか、嫌いだ! きらいっ」

 じゃあ、なんで私のことをインコなんてよぶの? インコが好きなくせに。

 飯島キミヒトくんは、今日もぜっこうちょうにいじわるだ。

 だから私も、胸のドキドキに知らんぷりをした。


 -おわり-

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モモちゃんの恋 れなれな(水木レナ) @rena-rena

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