間話 自己矛盾

 街をがさつそうに大股で歩くアリクイの獣人がいた。彼の腰には剣を備えられており、その剣に手を掛けて手持無沙汰を嫌うように慌ただしく刀身をわずかだけ出し入れしていた。


 彼の名はサカタ。子鬼の森でナナシを傷つけ、突如現れたカジに敗北したプレイヤーである。彼は死亡間際、カジに絶対に殺すと叫んでおり、そんな憎悪を滾らせているはずの彼であるが、その表情はなぜか暗いものだった。


「くそ、俺は何を」


 そう言いながら彼は焦るように剣を手で弄りながら歩く。

 

 彼は自身の現実での現状がとても憎かった。どれだけ仕事しても見えない昇進、出世街道を気ままに進む同僚、同じ自慢話しかしない上司。努力しているはずの自分には何も起きず、上がらず、生まれない。その虚無のような現在が彼をひどく追い詰めていた。


 そんな彼は現実逃避のようにこのゲームを始めたが、ゲームの中で懸命に生きているNPCを見て、嫉妬してナナシを暴行するという暴挙に出たはずであった。


 だが、彼はその現実の苦しみに加えて、新たな問題を抱えていた。それは、激しい罪悪感である。あれほど、徹底的に痛めつけたはずなのに、負けたカジに向かって啖呵を切っていたはずなのに、その傲慢な感情はなぜか消え失せ、代わりのように激しい罪悪感が彼を包んでいたのである。


 このゲームを止めるという手もあった。だが、現実が嫌で、現実逃避がしたかった彼にとってはこの罪悪感が支配するゲーム内でさえもいまだ逃げ場として機能しており、止めるという選択肢は取ることができなかった。


「くそっ!」


 彼は道の壁を八つ当たりのように強く叩いた。通行人のNPCたちが好奇の目で彼を見ているが、それに構うことなくまた歩きだした。


 この状況は彼にとって辛いものであった。なぜならば、サカタはなぜ自分があんな行為に及んだかが全く分からないからだ。確かにNPCに対する嫉妬というものは大いにあった。だが、果たしてあんな残虐で野蛮な行動を起こしてしまうほどのモノだったのか?という思いが心に残っていた。


 だが、現実としては自分はその行動を行っており、その事実が彼を蝕んでいた。過去の自分と今の自分の心が大きくすれ違っていたのだ。


「ああ、あの小僧だ……!そうだ、あいつに負けたから俺はこんな」


 そのような過去と現在の自己矛盾の状況で、サカタの出した答えというのは責任転嫁であった。カジに味あわされた敗北に全ての責任を押し付け、自分の矛盾した心の安定を図ろうとしたのだ。


「捜さねぇと。そうじゃないと……俺は」


 まるで、カジに会えば自分のなにもかも救わるというありもしない希望に縋るかのように彼の口から声が吐かれる。

 

 彼はカジを捜すために彼は街を周った。


 そんな時、道の曲がり角をサカタが曲がろうとした時だった。突然、腹部に軽い衝撃が走った。


「痛……!」


 そこにいたのは地面に尻餅をついた猫の獣人であるナナシであった。


 サカタは目を見張った。以前と格好が違うが、それは紛れもなく自分が痛めつけたはずの獣人のNPCであることに気付いたからだった。


 ぶつかったナナシもまた、自分がぶつかった相手が以前に自分を痛めつけていた男であることを理解した。理解したとたん、その表情はひどく怯えた表情をし、泣きそうな顔で叫んだ。


「ご、ごめんなさい……!」


 それは奇しくもサカタがナナシを傷つける原因となった状況と鏡合わせかと思われるぐらいに、全く同じであった。


 サカタの手がナナシに伸びる。


「っ」


 それを見てナナシは反射的に目を閉じ、自分にどのような痛みが来るかを暗闇の視界の中で想像してしまう。


「……?」


 だが、痛みは来ることは無かった。その代わりに首元の服を引っ張られて自身の体を起き上がらされ、ナナシはその場から立たされていた。


 ナナシが目を開くと、そこには泣きそうな表情をしたサカタの顔が見えた。


「え」


 その信じられない状況からナナシの喉から戸惑いの声が上がる。


「……っ、あっ、ありが」


 良く分からないまま感謝をナナシが告げようとすると、握っていた首元の服を離してサカタはそそくさとその場を後にした。


 その姿をナナシは見つめる他なかった。


 その場を逃げるように離れたサカタはナナシとの距離を離し、そのまま近くの壁に体を寄りかかっていた。そして、自分の頭を押さえながら天を見上げた。


「……ああ、くそ。何やってんだよ、おれ」


 カジを捜す彼にとってはナナシとの再会は都合の良いものだったはずだろう。あのNPCにやさしいカジならば、まだ助けたNPCと交流があってもおかしくはない。それならば、また痛めつけて彼の居場所を聞くのが手っ取り早い、というのはサカタも気づくところだろう。


 だが、サカタにはその行動はできなかった。逆にナナシの怯える姿を見て、彼の心はより罪悪感に蝕まれてしまった。


 しばらくその格好で黙っていたサカタであったが、また歩を進めていく。


 それは自身の自己矛盾を解消してくれるであろうカジを捜し、殺すために……。

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