間話1
間話 カジのいない後処理
子鬼の森の中腹、光を遮るように木が鬱蒼と生い茂る中、木々が開いた場所にエマとギョンゾがいた。
エマは何もない地面を見つめていた。そこは一緒に冒険をしていたカジが影に引きずり込まれた地点であり、彼の痕跡などどこにも残されてはいなかった。
「行かせて良かったのか?あいつを」
全身に傷がついたその体でやっとのように立っているギョンゾはエマに向かって言った。
「ええ。カジがそう言ったんだもん。きっとまた会える……」
エマとカジはまだあまり深く関わってはいない。今回の冒険が初めての同行であったし、それ以前には弓を教え、教えられの関係でしかない。だが、今回の冒険を通して小さくはあるが、絆ともいうべき信頼関係が生まれていた。
「あいつ、カジっていうのか」
ギョンゾはカジの名前を知らなかった。自身を脅迫し、いつの間にやら笛を吹くことになって消えてしまった狐の獣人。彼がどのような人物であるかを全く知らなかった。
だが、彼の行動を見てギョンゾの心は揺らいでいた。謎の男の正義という言葉を妄信的に信じ、異世界人を捕えていた。だが、果たしてこれは本当に正義であったのか?と。カジの行動は仲間を助け、守るという、まさに正義と呼ぶにふさわしい行動なのではないか?と。
2人はその場から動かなかったが、しばらくするとエマがギョンゾの方を振り向いて言った。
「ねぇ、そろそろあなたを私、捕まえないと」
マジックポーチから取り出したのだろうか?いつの間にかエマの手には縄が乗せられていた。
「ああ……」
ギョンゾはその言葉に頷き、抵抗することもなく両手をエマの方へ突き出した。
そして、エマが縄を掛けようと近づいたところで、近くの茂みから2つの黒い影が飛び出してきた。
「親分ぅ!」
「兄貴ぃ、ゲソ!」
それはヒラマサの頭を持つヒラとタコの頭を持つオクであった。エマとカジのアーツによって子鬼の森の奥深くへと飛ばされていたはずの2人がここまで駆けつけていたのだ。
2人はエマとギョンゾの間に割り込むように滑り込み、両手を広げてギョンゾを守るように立っていた。
「兄貴、逃げてゲソ!俺たちじゃもうあの嬢ちゃんは倒せない、ゲソ!」
「そうだぜぇ、おやぶん。それが最善だぁ」
ギョンゾを守る2人の格好は彼並みにひどい。全身が擦り切れており、恐らく全速力で走ってきたためだろうか、脚が震えてうまく力が入っていないようだった。
無傷なエマに対して、立っていることがやっとのような3人では戦うことなどままならず、敗北は必然のように見えた。
「抵抗しないでほしいの……」
縄を持っていたエマだが、二人のその行動を見て悲しい表情を見せた。
「へっ、できないなぁ!嬢ちゃん、わりぃが俺らぁ、恩には報い……!」
ヒラが啖呵を切るように喋っていると、その肩にギョンゾの手が添えられた。驚愕したようにヒラは親分であるギョンゾの顔を見た。
「もういいんだ、ヒラ、オク。俺のわがままに理由もなくついて来てくれただけで俺はもう大満足だ」
シャチ頭の白い模様の近くの小さな目が細まり、笑う。
「で、でも。おれらぁ、路頭に迷った時の恩を返せてねぇよ」
「おいらも兄貴に助けてもらった恩を返せてねぇ、ゲソ……」
「いや、もう十分だ」
ギョンゾが二人の肩に手を回し、そしてそっと引き寄せた。
「ありがとな……」
彼らは魚人の異端として差別されていた時、ギョンゾに助けてもらっていた。その出来事が彼らのとっての恩となり、異世界人を捕えるというギョンゾの行動もどういう目的か知らぬまま手助けしていた。
「おい、嬢ちゃん。俺だけ捕まえてくれないか?こいつらは俺の命令を聞いていただけなんだ」
肩に回した手を外し、彼らから一歩踏み出した地点からエマに向かってギョンゾは言った。
「な!?親分!」
ヒラの悲鳴のような叫び声が後に続く。だが、そんなことはお構いなしとばかりにギョンゾは話し続けた。
「頼む。こいつらは良い奴なんだ、この通りだ」
そして、エマに向かって頭を深々と下げた。
「……ごめんなさい。私には見逃すことはできないの。ギルドにとっても、カジとした約束としても」
エマはカジに盗賊団の後始末を頼まれていた。自分にできるのはもうそれぐらいであり、エマにとっては譲れなかった。
それでもなお深々と頭を下げ続けるギョンゾであったが、その頭の上から声が聞こえた。
「ずるいよ兄貴ぃ、ゲソ!」
「そうですぜぇ、俺たちは一緒じゃないですかぁ!」
それはオクとヒラだった。
「おめぇらぁ……」
頭を上げたギョンゾに、オクとヒラは熱い抱擁を交わした。
「そんな水臭いこと、言わないでくだせぇ」
「……っ!すまない……こんな俺でっ!」
その姿を見て感極まったように涙を流すギョンゾにその2人も涙を流す。
「俺たち一緒ゲソ!」
「……ああ」
3人で抱き合っていると、エマが告げた。
「決まったようね」
「ああ」
「……」
観念したように頭を下げながら3人はエマに向かって両手を突き出した。エマはそれを見て少し考えるようなそぶりを見せる。
そして、いきなり大声を出した。
「安心しなさい!」
その声に木々の枝葉が若干揺れた。
「!?」
3人がその叫びに驚いている中、エマは続けた。
「あなたたちは空腹の限界すぎて、人々を襲った。だけど、食べ物だけを盗み、命は取らなかった!そうね」
「……あぁ、まあそうだが。おらぁ……」
若干肯定すると、エマがギョンゾの言葉を被せるように叫ぶ。
「異世界人についてもその変な人に唆されただけ!あなた達の罪は人々に与えた食べ物の損害分だけ!」
「じょ、嬢ちゃん……?」
「だから!私がギルドから情状酌量で!罪を少し軽くなるように言ってあげる!」
言い切るようなその言葉の後にエマは付け加えた。
「だから、安心して」
唖然とする3人にエマは笑顔を見せた。
果たして彼女の言うとおりに罪が軽くなる者なのだろうか?人々がその優れた筋肉から生まれた力によって襲われたのに食べ物を盗んだだけの罪で終わるとは到底考えられなかった。
いまだ動かない3人にエマは告げた。
「さて、じゃあ街に行きましょうか」
ここからの流れは速かった。エマはそれぞれの両手を紐できつく縛り、あっという間に3人が捕縛された。
3人は結局、捕まえられた。この3人の辿る未来というものは果たして辛いものなのかどうかは分からない。
だが、その表情は明るいものだった。何か重荷が取れたような顔をするギョンゾとそれを見て笑うヒラとオクの姿がそこにはあった。
こうして、彼らはエマに縄を引かれ、子鬼の森を進んで行く。その中で、ふと先導するエマが自身のお腹を少し見つめたかと思うと、3人の方へ顔を振り向く。
「そうそう」
「私魚人を見たことあるけど、あなたたちが変だなんて何も思わないわよ」
「ん?そりゃ嬉しいな」
唐突なエマの言葉にギョンゾが反応した。
「ええ。魚人もあなた達も、どっちも美味しそうだから」
エマはそう言いながら3人の頭の方をちらっと見ていた……。その口にはよだれのような細い線が伝っていた。
3人に冷や汗が垂れる。
「私、今お腹がとってもすいているんだけど。……ちょっと齧ってみていいよね!?」
「この女やべぇゲソ!?」
「いいわけねぇだろうがぁ!?」
否定の声はエマには通じなかった。
「お魚!タコ!」
「「「ぎゃああああああああああああ!?」」」
3人がエマに齧られることなく、無事に街まで連行されたかは誰も知らない所だろう。
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