第4話 悲しい過去と変わり行く未来を見続ける。
「……どうして、居るの?」
麻薬の幻覚かな?
「なんで居るの?とは失礼な。」
「いや、ここはどこ?」
「ここは、時と魂の部屋、みたいな?」
「いや、わからんて。どういうこと?」
「色々説明するとめんどくさいから省略。」
でも、と冬姉は続ける。
「もう一度、私に会いたかったでしょ?」
その言葉で、今実際に冬姉と会っている事に実感が沸く。
「そん……な、わけ……ない。」
あふれでてきたのは、いろいろな感情。
単純に会いたかった。頑張ったことを褒めてほしかった。話したいことがたくさんあった。大好きだと伝えたかった。
「顔に出てるよ?感情が。」
冬姉はニヤニヤしながら、そんなことを言って俺を抱き寄せた。
「見ないうちに、大きくなってる。高校生だもんね」
「おばあちゃんみたいな事言うなよ。」
「そういえば、昔、よくババアとか言われたっけ。」
「そうだったなあ、俺がBL本とか投げて。」
「あったね。……。」
穏やかな沈黙。気付けば頭を撫でられていた。
「一人でよく頑張ったね。」
気付けば頬を伝って雨が降っている。
一年か二年、それだけの期間を一人で苦しい思いをしながら、生きてきた。
唐突に言われる。
「突然だけど、私は夏君の実の姉なんだよ。」
「知ってる。」
冬姉の俺の頭を撫でる手が突然止まった。
「え?」
いや、急に抱きついてきたり、両親の遺言をわざわざ俺に言ったりと、あんだけ不自然な事しまくっていて、わからないわけがなかろう。
決め手は能力が遺伝するということだ。俺が突然変異したのかな、とも思ったが、そうだとしたら能力に多少の違いはあるはずだからだ。
俺の能力は冬姉のそれと、まるっきり同じ。つまり、遺伝だということ。
俺が冬姉のことを好きすぎて、無理矢理そう関連付けてしまったのではないかと少し、確信しきれてないところもあったが、冬姉が今、その事は真実だと、断定した。
「いつの間に気付いてたの?」
「冬姉が死んじゃった時かな。」
「ほう、我が弟は頭がよろしい。」
「今まで通り『夏君』とでも呼べよ。」
「いやだね、だって今まで本当は、弟扱いしたいのを我慢してたんだもん。」
なにそれ、姉にかわいさを感じてしまっている俺は、間違っているのだろうか。
「まあ、それなら……いいけど……。」
そしてテレる俺。
そして笑顔になる姉。
「実はね、お母さんから、私に実の弟がいるって昔から聞かされてたの。」
お母さん、か。俺の実の母親なんだろう。一目でいいから、会ってみたかったな。
そんな俺の心情を読み取ったのか、冬姉は続ける。
「お母さんはね、言ってたの。夏君だけでも普通の人生を送って、幸せになってほしいって。」
「まあ、そうはならなかったけど」
「……そうだね。」
冬姉は申し訳無さそうな顔をした。自分がこの道に引っ張ってしまったことに、責任を感じているのだろう。
「でも、俺は普通の人生送るより、冬姉に逢えたことの方が幸せだったと思うよ。」
「私も夏君に逢えてよかった。」
冬姉が心底嬉しそうな顔をした。
「でもそうなると、俺の育ての親は何者なの?」
「二人はお父さんの親友だって。」
なるほど。
「で、いきなりだけど、ここどこ?」
「さっき言ったでしょ、精神と時の部屋だって。」
「真面目に。」
「そうだなあ、今言っても混乱するだけだからなあ。でもまあ簡単に言えば、誰かがこの場を用意してくれたってことかな。」
「誰か、とは詳しく。」
「大丈夫、これからお世話になるだろうから。」
「え?どうゆうこと?」
内緒、と冬姉はウィンクをして、俺に言う。
「夏君。これから、どんな苦難があっても、私は君の味方、それを忘れないで。」
ああ、今わかった。俺は同級生や親、先生、警察、その他諸々のために戦った訳ではなく、冬姉に認めてもらいたくて、褒めてほしくて、約束を守りたくて戦ってきたのだ。
正義は、絶対的な正義とは存在しない。
マイケル・サンデルだったか、正義とは、正義という概念からして間違っていると、言っていた。
自分にとっての正義というものを探して行くためのツールが人生というものなんだろう。
「さあ、そろそろこの時間も終わりだね。」
冬姉が寂しそうに、だけど穏やかな表情で言う。
「夏君。これから君には予想もしないような苦難の道が待っている。」
周りの風景がいつの間にか、かすれ始めている。
「だけどね、必ず幸せになれる。」
冬姉は最後に言う。
「だから、頑張れ。」
俺も最後だから負けずに言おう。
「冬姉、大好きだよ。」
と。
正直、こんなクサイセリフは、言いたくない。だけど冬姉に逢えるのはこれで最後なのだろうから、心残りはなくしたい。気付けば、涙がまた出ていた。
冬姉は俺をもう一度ギュッと抱き締めて、離した。
最後に見えたのは、冬姉の寂しそうな顔。やっぱり心残りはあるのだろう。
雨は、一度降りだした雨は、一生止まないのだろう。
♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢
目を覚ますと俺は寝かされていた。手足は縛られていない。
薄目を開けて、状況を確認すると、ここは、どうやら麻薬カルテルのアジトの医務室のようだ。そして俺は医務室のベッドの上にいるようだ。
まあ、考えてみれば当然か、俺が気絶をしたという状況で、手当をしなければ、良い待遇の用意や、仲間になってくれという誠意が伝わらない。
薄目で一生懸命周りを見ていると、一人椅子に座っている人が見えた。
さっきいた能力者の二人のうちの一人だった。おそらく寝ている。
となれば、起こす行動はただ一つ。未来を見ることができる能力者と言えども、寝ている間は無防備だ。
ベッドの上を体を滑らせるようにして、足から地面にそっと着地。その勢いで体勢を低く保ちながら最小限の動きで、椅子の上で座って寝ている能力者の背後につき、頭をそっと掴み、おもいっきりひねる。
能力者の身体が一瞬ビクンと跳ね、その後力が抜ける。
俺の今の目的は、とりあえずここから脱出しつつ、できる限り多くの人を始末すること。
今やっていることが正義か悪かなんて、後で考えよう。
医務室には武器となるようなものはなかった。
医務室の扉を開けるタイミングを計る。未来を視ることによって誰にもバレずに開けるタイミングはわかる。
扉を開け、左右を見渡す。窓はない。地下のようだ。たまたま医務室だけないのかと思ったが、アテが外れた。あったら、いつかみたいに窓から飛び降りるのに。
とりあえず左の通路に走り込む。曲がり角でも走り抜ける、能力で進んで問題がないことを確認しつつ走る。
にしても広い。
一つの曲がり角で止まる。二人の男がこちらにやってくる。
二人の男が俺に気付くギリギリのタイミングで俺は二人の男を襲撃する。
猛スピードで走って二人の背後をとり、二人が銃を構えて振り向くところへ目潰し。視界を奪われ、立ち往生する男二人のうち一人の銃を手からもぎ取り、そのまま発砲。
この人たちにも家族は居て、愛する人もいるのだろう。だから、命を奪わない?
だけど、誰だって本当はそうだろう、『そんなこと、知ったことか。』と。
アフリカの子供たちがどんなに飢えて、五秒に一人、死んでいるとしても、可哀想だとは思う。だけど助けはしない。それと同じ。
二人の男は倒れた。
再び走り続ける。
右に、左に、と走っていくうちに階段が見えてきた。直線で百メートルほど、階段の上から人が下りてきた場合確実に見つかってしまうが、その場合は力ずくで排除すればいい。
最小限の足音で、最大限の速度を出す。
階段まで、あと、50メートル。
……俺の先に、人の気配はない。
階段まで、あと、20メートル。
……まだ、気配はない。人に見つからずに逃げだせるかもしれない。
あと、10メートル。
……階段の上から聞こえてくる。足音が、自分の足音が反射したものであると祈る。
あと、5メートル。
……そこで俺は止まる。
「……何故?」
俺の視線の先には、そう言って、悲しそうな顔をしている初老の男がいた。戦闘服は着ていない。俺の予想が正しければ、この男が、本田、だっただろうか日本支部の代表だろう。
俺は答える。
「何が、何故?、なのですか?」
正直言って、この本田という男を倒すことは、容易い。
だが、この男にとっての正義からすれば、俺が、この麻薬カルテルに入らないことは、悪なのだろう。ならば、この男の考える正義を知りたかった。
「君は、なんのために戦うんだい?」
「では、あなたはなんのために麻薬を日本へ流通させているのですか?」
どんな人間も、矛盾を抱えている。
麻薬は、俺が考え付く限り、限りなく、悪であって、正義とは、考えられない。
この男は、矛盾を抱えているのだと、俺は思っていた。
男は、苦痛に耐えるような顔をして、言った。
「君は、知っているかね。……麻薬に手を出す人たちが、どんな思いを抱えているのかを。」
「……だから、絶望に瀕した人々の気を落ち紛らわせるためならば、麻薬は正義足り得る、ということですか?」
「そうだ。……自殺に比べれば、生きているだけ……生きていてくれるだけ、正義だとは、思わないか?」
男は、言葉には出来ないような、ただ、悲しく、哀しく、ピースの欠けたパズルのような、表情を浮かべていた。
「私の……娘は……そうしていれば……少なくとも……生きていてくれた。」
絞り出すような声。
きっと、失ったのだろう。俺にとっては冬姉のような人を。
「……でも、あなたの麻薬という手段は、ただ逃げていることに変わりはない。」
この男の考えは、癌になって、頭痛がひどくなったら、頭痛薬を飲んで、抗がん剤治療をしないことと一緒。
ただ、現実から目を背けているだけ。
失ったら、なにももとには戻らない。
あるいは、なにかを失うことが前提となっているのが人生なんだろう
だから、娘という大事なパズルのピースを失ったこの人には届かないかもしれない。
だけど、言おう。
「あなたは、間違ってない。」
男は、否定されると思っていたのだろう。
否定してほしかったのだろう。
「だから、俺が変えます。この世界を。裏から、暗躍して。」
そして、銃を構える。男の眉間に照準を合わせる。
相手を殺すことは、相手の生き方を、これまでの人生を否定することと同じ。
……でも。
「安心して下さい。」
悲しみは、連鎖する。
それを俺が食い止めるという誓いを、暗に秘めた言葉。
「最後にいいかね。」
男は聞いてくる。視線で答えると、こう言ってきた。
「君は、どこを視ているんだい?」
それなら簡単だ。
「強いていうならば、未来、ですかね。」
そういうと、男は少し微笑んで言った。
「……頼んだよ。」
銃のトリガーをひく。
最後は微笑み返そう。
この、悲しみから救われなかった尊敬すべき父に……。
銃声。少しして漂う、硝煙の匂いと煙。
それを掻き切るようにして、俺は階段を登る。
今度は、大通りへと出るまで、誰にも見つからなかった。
渋谷駅の壁に寄りかかりながら、ポケットからスマホを出し、電話をかける。2コールピッタリで、電子音の応答がある。
「はい、要件は、なんで、しょう?」
「現在位置は、渋谷駅A-08出口付近。死体の片付けを頼みます。なお、敵傭兵10人程が未処理、そのうち1名は能力持ちです。」
「了解、しました。特殊作戦群の、手配を、いたします。」
そうして電話は切れた。
顔を上げれば、ネオンライトが眩しい。
スクランブル交差点には、呆れ返るほど人はいるのに、誰も、俺に労う言葉をかける人はいない。
もしかしたら、あの男は、俺がこういったストレスにさらされているこの状況を、娘の過去と重ねていたのではないか、とも思う。
……誰もが許しあい、誰もが笑い合う世界。
そんなものは、無理だと誰でも知っている。
わかっている。
それでも、俺がそんな世界を目指すことは、悪ではないだろう。
♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢
学校からの帰り、道を歩いていると、電話が鳴る。ピッタリ2コールで出ると、電子音が応答する。
「二日後に、大統領選挙が、レーニンを参考にする、あなたが、お墓に、お墓、参り、する。」
なるほど、とある独裁者の暗殺任務らしい。
「了解しました。依頼人の情報を。」
「西。推定、救済、人数、二百万、以上。」
「了解しました。従事します。」
電話がプツリと切れる。
空を仰ぐ。
今日も晴れ渡っていて太陽は眩しい。そのせいで、後ろに輝く星々は見えない。
ただ、その星の存在を知っている人々が必ずこの世界のどこかに今も居て、その存在を必要としている人が……。
……今もいる。
暗躍するモノ @kerutonohoshiyomi
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