第3話 正義を疑う。
静岡の任務から三週間経った。
どうにかこうにか高校の退学は回避しつつ、学校ボッチライフを満喫してい……たかった。
なにがあったかといえば、学校をサボりすぎて(もちろん任務があったからだが)、スクールカーストのトップのやつらに目をつけられた。悪い意味で。曰く、
「あの……なんだっけ、縄なんとか夏ってやつ、サボりすぎじゃね?」
「あっそれ、ウチも思った。ウチらが一生懸命、勉強してる時にきっとゲームでもして、遊んでるんだろうなーって思うと、ムカつく。」
「それな、ムカつく。」
まあそういう感じで、同調圧力っていうのかな?周りのスクールカースト中位層にまでそんな空気が広がっていき、とにかく嫌がらせやら、ハブりやら、されている。
絆の弱い集団ほど、なにかを敵にして連帯感を得ようとする、典型的な例だと思う。
本物の繋がりは、一部を除いて、所詮こういった場所では生まれないのだ。
話を変えよう、今は昼休み。リア充共がキャッキャキャッキャする時間帯。
そして昼休みといえばボッチは寝るフリをする時間帯だが、俺の安眠は意外な理由で妨害された。
ふいに校内放送が流れる。
『二年8組の縄倉 夏君。至急、職員室まで来なさい。』
教室中の視線が俺に集まる。クスクス俺を笑う者もいれば、俺が痴漢でもしたのだろう、とデマを言う者までいる。
深々とため息をつきながら、重い腰をあげる。
♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢
職員室に着くと、先生に『面談室』、とやらにつれていかれた。中に入りなさいと言われ、中に入ると、スーツを着た初老の男の人がいた。
誰だこいつ、と思ったがとりあえず挨拶をする。
「こんにちは。縄倉 夏と申します。」
「これはこれは、どうも私は少年課に所属する、鳥飼 正臣と申します。」
あえて警察と言わなかったのは、俺を警戒させないためだろうか。
「まあ、とりあえず座って。ね。」
「はい。」
フカフカの椅子に座る。鳥飼さんとやらも座った。
「あー、先生は少し席を外してもらってもよろしいですかね。」
「あ、はい。わかりました。では、終わりしだい職員室まで、校内電話をお願いします。」
そういって、先生はいそいそと出ていった。
先生が出ていった後、少しの間、沈黙が場を支配する。
沈黙を先に破ったのは俺だった。
「あの、用件はなんでしょうか?」
「……ああ、すまない」
用件はわかっていた。
「君、学校に来ていない時はなにをしているのかね?」
きっと俺の母から相談されたのだろう。そして、説教をくらうのだろうと思う。
いつもなら、なにも面倒なことにならないように穏便に『はい、すみません。』と言って済ますところだが、正直言って精神的にきつい。
少なくとも、多くの人のためになることをして、叱られる。
誰も悪くはない。
事情を知らない警察は悪くない。
事情を言えない俺も悪くない。
ただ、連日の任務からのストレスのせいか、その事が抜け落ちていた。
「なにをしているか、あなたになぜ教えなければいけないのかを、教えていただきたい。」
冷たく言い放つ。
同級生からの嫌がらせ、両親からの説教、先生からの退学の脅し。
「正直言って、知ってどうするんですか?」
ある意味みんなの安全、平和、日常、それを、人を殺すという罪を犯しながらも守って、それで文句を言われる、嫌がらせをされる。
「あなたなんかに、理解できるはずがない。」
守る意味はあるのだろうか。
人を。
言ってから気付く。言いすぎた、と。
「なんだと?!」
とりあえず逃げることにする。今日は夜に任務がある。めんどくさいことになるのは避けたい。
ここは二階。ドア側に警察のおじさん。窓側に俺。ドアに近づき、能力でおじさんの手から逃れることも考えたが、それこそ校内の生徒に見られてめんどくさいことになりかねない。
でもまあ現状、学校から脱出すれば俺の勝ち。とすれば、窓からの逃走が最適解。窓の外は、幸い人目につかない通り。scfで受け身の練習をしていたから、二階から飛び降りても無傷で着地できるはずだ。
頭でそう考えて、実行に移す。
怒りながら何事か言おうとしているおじさんを脇目に立ち上がり、迅速に窓を開ける。窓に足をかけ、そのまま飛び下り、ロールする。その勢いで走りだし、学校脱出成功。
振り返ると、窓から言葉を失って立ち尽くしているおじさんが見えた。
帰路につき、黙々と歩く。
家に着く。専業主婦の母は今、家にいるはずだ。ドアから入ればなにか言われて、めんどくさいことになるのは明白。ならば、今度はさっきと逆の事をすればいい。
すなわち、直に二階へ侵入する。
家の塀をつたって二階の自分の部屋の窓を開け、侵入。そして任務に必要な服に着替え、お金、刀だけ持って今度は二階から飛び下りる。
着地して、今日の任務の場所へ向かう。今日はメキシコのとある麻薬カルテルの日本支部のようなものを襲撃する。能力者は事前の調査により、いないことを確認している。場所は東京都内、それも都心。
近所の私鉄に乗り、二回乗り換え、渋谷に着く。スクランブル交差点に出るも、まだ午後二時。時間として早すぎる。襲撃する時は夜闇に紛れた方がいい。
だから、スタバで時間を潰すことにした。本屋と併設しているため、本も読める。九時になるまで七時間本を読む。
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気付くと九時半だった。外に出ると夜の匂いがした。少し疲れて、頭がボーッとしているが、まあ今日は能力者が相手ではないから、そんなに大した問題じゃない。
渋谷近辺は抜け道や隠れた道が多い。俺はビルとビルの間を縫うようにして繋がっている路地裏を進んで行く。
ふいに襲撃を食らった。狭い路地裏、相手は二人。能力で十秒程前からわかっていたが、避けることが出来なかった。
俺は事前に能力者がいないと調べてあった。しかしそれは、間違っていた。
能力者はいた。しかも二人。一人一人が俺と同じくらいの強さ。
さすが大規模麻薬カルテルだな、と思いながら応戦するもジリ貧。
能力者同士の戦いは将棋と同じだ。自分の見える未来のそのさきを読む。
この状況は、バトロワのゲームで相手に、チーミングされている状況と変わりない。つまりは、勝つことは力量の差が大きくなければ不可能。
でも、逃げることは出来ない。俺以外、こいつらに立ち向かえる人は、日本には例外を除いて、いないから。
逃げることも、勝つことも出来ないなら、結果は敗北と、相場は決まっている。
十秒先を見ていると、もうすでに八秒先で気絶させられていることがわかる。
気絶?殺す、ではなくて?
そう考えているうちに俺の首に手刀が振り下ろされ、俺は気絶した。
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「おい、オキロ!」
耳元で怒鳴られた。下手な日本語だ。てか口臭い。
目を開ける。そこにいたのは先ほどの二人。外国人かな。そして、ここは多分地下だろう。手足は縛られ、椅子にくくりつけられている。頭は固定されている。
突然頭を殴られた。クラクラする。
「オマエ、仲間ニナレ。」
瞬時に理解した。麻薬カルテルは、俺を日本での麻薬布教の一番の脅威だと思ったのだろう。能力者のいないところで俺が麻薬倉庫なんかに襲撃したら、相手が千人以下なら俺は余裕でそいつらを壊滅出来ると言いきれる。
それほどまでに脅威なのだ、能力者は。
普通、能力者の傭兵は雇うと、一日で1000万円必要になる。
だから、能力者を対俺用に雇うのではなくて、俺を仲間にしようと画策したのだろう。
そうすれば、俺は、仲間になるか、死ぬか、どちらかの選択を迫られる。
麻薬カルテル側は、能力者を日本でずっと雇っている必要が無くなり、コスパは良いし、これからは俺という存在を仲間として日本ではないところでも使っていける。
まあ俺の答えは決まっている。息を吸い込み、中指を立てる。
「いやだね、バーカ。」
頭を固定されているせいで、殴られる予測はできても避けられない。
思い切り殴られる。頭がジンジンする。
また言われる。
「オマエ、仲間ニナレ。」
さっきと同じ。
「いやだね、バーカ。」
そして殴られる。
さっきまで黙っていたもう一人のやつが、
折り目のついた紙を持ってきた。
「ヨメ。」
見ると、手紙だった。俺宛の。きれいな字。
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縄倉 夏様
この度は、こんな手段をとってしまい、申し訳ございません。
私は麻薬カルテル『セルタス』日本支部代表本田様の代理の者でございます。
本田様がおっしゃるに、縄倉様には厚待遇が待っているとのことです。
曰く、本田様は今の縄倉様の環境をご存知でして、私たちの仲間になれば、あなたを真っ当な待遇で受け入れる用意があるとのことです。
あなたは、現状の待遇に満足していますか?あなたが一生懸命平和を守ったところで、あなたは人から非難されるだけ。
そもそもあなたが正義のためと、平和を守るためにテロリストや暗殺者を殺す事は、日本にとっては正義かもしれません。
ですが、仕方なくテロリストや暗殺者をやってきた人からしたら、あなたは悪です。
人はどんなときでも正義であり、悪でもあるのです。
つまり、あなたは私たちの仲間になったとしても、正義であれるのです。
どちらにしても正義なら、私たちの仲間になり、真っ当な待遇で活躍しませんか?
良い返事をお待ちしています。
セルタス日本支部代表代理
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正直心が揺れた。このままだと拷問が激化して、指でも切られかねない。答えに迷う。
俺が手紙を読み終わった事に気付いたのか、目で答えを促してくる。
迷う。
殴られる。
迷う。
殴られる。
良いのだろうか、もう。我慢しなくても。
殴られる。
良い待遇、か。
殴られる。
こいつらの仲間に、か。
殴られる。
正義ってなんだろう。
殴られる。
なんのために俺は戦ってきたのだろう。
殴られる。
別にみんなのために、とか思ってもいなかったのに。
殴られる。
意識が遠ざかる。視界が黒くなっていく。
♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢
目を覚ませば仰向けになっていた。地面は柔らかい草で、明るい場所。
体を起こし、周りを見渡せば、花畑が広がっている。
そして前には。
「やあ、夏君、久し振り。」
ニッコリと笑みを浮かべたきれいな女の人がいた。
冬姉だった。
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