第2話 誰も過去を見ることは出来ない。

 過去は思い返すもの。

 未来はこれから見つめていくもの。


 俺。縄倉 夏は、十六年前に東京の病院で生まれた。ちなみに生まれてすぐの写真は失くしたとかでないらしい。


 まあでも途中まではちょっと中二病ぽいけどそれ以外はふつうの子として育っていった。そう、途中までは。


 小学三年生のある日、俺はいつものごとく隣の美人女子大生のお姉さんの家に、


「エターナルサンドクラッシャー!!」

「なにすんのよ?やめなさい!」

「ばばあの好きなBL本だ。知ってるぞ俺。ばばあがいつもBL本を読んでること。ほんとは後でBL本捨てるふりしてよんでるよな?」


 言葉遣いが悪過ぎるのと、痛々しい言動は、子供ゆえのこと。どうかご了承いただきたい。


「な……なんでっ知って……いや、違う!」

「あれ?顔、赤いよ?」


 と言ってBL本を投げ入れ、通報されていた。……まあ通報はされてないんだけど……。


 ちなみにBL本趣味はこのお姉さんにはない(俺調べ)。


 されていたのはおいかけっこ。そのお姉さんは鬼ごっこがあきれるほど強かった。


 ……まるで未来が見えているかのように。まあ小さい頃の俺にとってはかっこうの面白い遊び相手だった。どんなにうまいフェイントをいれても必ず捕まえられてしまう。大抵そうゆう時、お姉さんは余裕の笑みをうかべているものだった。


 けどその日は違った。


 お姉さんの動きをいつも通り予測して逃げようとすると、なぜかはっきりお姉さんの動きが頭の中に描かれた。そして、その動きから避けようとすると……相手が一般人だったらそのまま逃げられたのだと思う。


 しかし、お姉さんの動きの予想は変化した。それと共にお姉さんの表情も変わった。余裕の笑みから、驚きへと。


 まあ、結局捕まえられてしまったのだが。


「夏君、これが年季の差だ。」

「ハバアだってこと認めたの?」

「ち……ちがわい。能力を使ってる年数の事だよ。」

「どうゆうこと?なに?能力って?」

「夏君、あなたにはね、数十秒先の未来を視ることが出来る能力があったの。」

「え……。??????」


 数十秒後。全てを理解した。


「……ッ!!……やったぜ!!……やったぜ!……ッ!!!!」


 当時小三にして中二病真っ盛りだった俺は歓喜した。これでみんなの注目の的。あわよくばモテモテかも?と。期待のあまり奇声をあげていた。


 まあ、現実はそう甘くなかったことを後に知ったのだかね……。


 奇声をあげてると、お姉さんにジト目で頭をはたかれた。……撫でるように優しく。


 抗議しようとお姉さんの方に顔を向けると、お姉さんの目が少し潤んでいた。


「……やっぱり……か。」


 そして、なにを思ったのか優しくギュッと抱き締めてきた。柔らかくていい匂いがした。


 これにばかりはとてつもなく驚いた。この状況は例えるならば、そう、ごんぎつねと兵十が仲良くキスでもしているような状況だからだ。想像するだけで笑えてくる。


「あ、あのぉ……?」


 戸惑っているのと、恥ずかしいので、そんな情けない声しかでない。というか、お姉さんもそう思っていたのかもしれないが、結構恥ずかしい。


 お姉さんはそれでも俺を放さなかった。


 それから数分が経って、そうしてやっと放してくれた。俺のシャツ、お姉さんが顔をうずめていた場所、濡れてたんだけど。


 俺は心配になって言った。


「あの?いい腕の精神科医紹介してあげようか?」


 お姉さんはニコッと笑ったあと、今度は強めにはたいてきた。


 その後お姉さんは俺の家に行き、俺が今日はお姉さんの家でご飯を食べることを俺の母に許可を取りにいった。母は、


「あらあら、いつもうちの子構ってくれてありがとうね。今度はうちに来てね?我が家で御馳走するわ。」


 と、上機嫌で了承したものの、今度は俺がお姉さんにジト目を向ける。なにしてくれてんだ、と。


 お姉さんはBL本を投げ込んだことを俺の母に告げ口されたくなければ黙ってろ的な目で俺を黙らせてきた。あいてのおれに、こうかばつぐんだ!


 そうしてお姉さんの家にお邪魔した俺は、リビングに座っててと言われて、お姉さんがお茶を用意してくれている間にお姉さんに聞いた。


「ねえ、」

「うん?」

「さっきの『能力』ってなに?」


 本当はなんで抱きついてきたのか不思議で不思議でしょうがなかったが、気まずくなってしまうのだろうから、聞けない。


「説明したでしょ、未来を視る能力だって。」


「ちがうちがう。他にこの能力を持ってる人はいるの?」


「いるわ。500万人に一人、この能力を持つ遺伝子を持つ人。私もその一人。」


「そんなにすごい能力なのになんでお姉さんは有名にならないの?っていうか今までそうゆうのはオカルトだと思ってたんだけど?」


「当たり前のことでしょ。そんなの世間に知れわたってみなさい。まず間違いなく身に危険が迫るわ。それに……。」


 お姉さんは一拍おいて言った。


「私たちは色々事情があるから、能力を持つものとして、戦う義務があるの。」


 凛としたその表情は、今でも鮮明に覚えている。


「なにと?」


「私たちと同じ能力を持ちながら、それを悪用する輩と。」


「なんで?」


「ノブレス・オブリージュ」


 俺はその意味を小三ながら知っていた。……中二っぽかったからというカッコ悪い理由ではあるが。


「……ちからあるものは、ちから無きもののために。」


 そう呟くとお姉さんは嬉しそうに、そう、と言って頭を撫で……ようとして、はたいてきた。なんでだよ。照れ臭いのかな。てか、なんでこんな急に馴れ馴れしいの?まあ昔から仲良く?おいかけっこはしてた仲だけど……。


 俺の微妙な顔を見て、今度はお姉さんが聞いてきた。


「てゆうか、私の名前、夏君覚えてるの?」


「はい、……もちろん知りません。」


「え?知らなかったの?……なんか負けた気分だなあ。覚えてよ?……私の名前は冬。鎌橋 冬。」


 そう言った後、なぜか期待してるかのような顔をして言ってきた。


「覚えた?」

「覚えたよ。何故この一瞬で忘れたと思われるわけ?」

「ほんと?」

「ほんとだよ。」

「じゃあ私の名前、言ってみて。」


 なんか照れ臭い


「雪。」


 はたかれた、結構本気で。いや、冬と言えば雪だろ。山手線ゲームじゃないの?これ。


「すみません冗談です調子に乗りました。……冬です、冬。」


「なにか足りないぞ?」


 冬は俺に今度こそ期待に満ちた目をガンガンむけてきた。


 ……何となくわかった。弟のいない女の子の憧れ、それは……。


「……冬姉ちゃん。」


 はたかれた。まあ、撫でるように優しくだが。……この人、正直になれないのかな?


 でもなんか、『冬姉ちゃん』の呼び方はダサい。『冬姉(ふゆねえ)』、と呼ぼう。


 それから、冬姉にご飯をだしてもらった。冬姉はどうやら自炊してるらしい。まあ手料理だから、当たり前なのかもしれないが、味はまあ美味しい。


 食べている最中、色々と聞いた。冬姉によると、この能力を持つ人は日本に現在20人強、確認されていて、そのほとんどの人が、現在、ある会社が慈善事業の一貫として運営する国防のための特殊能力部隊(fcsという名前らしい)に、所属しているそうだ。もちろん冬姉も入っているらしい。


 カッコいいなと思ったが、少し不思議に思ったから、聞いてみた。


「冬姉の両親は何をしてる人なの?……ていうか、冬姉のこと心配してないの?」


 だって、親は娘の将来とか、職業とか、なんやかんや口を出してくるものだから、国防とか、戦わないといけないような職業に親が理解を持ってくれるのか?、ということだ。


 冬姉の表情が明らかに変わった。


「私の父と母は、どっちもfcsに所属していてね、母なんかは隊長だったし、父は最高未来視記録の持ち主だった。」

「『だった』?」

「三年前に大規模な戦闘で両方とも亡くなっちゃってね。」


 会話の内容に反して、冬姉は悲しんでいるようには見えない。どちらかと言えば、誇らしげに見える。


「二人の遺言は、『もう一度だけ、会いたかったな……。』……だってさ。」

「なんで俺に言うん?」

「何となく?」


 何となく、かよ。



 小三というのは食べたら寝るという習慣があるもので、その後は冬姉と頭の悪い会話をしていたら、いつのまにか眠っていて、朝起きたら自分の部屋のベッドの上だった。


 冬姉は俺に、眠ってしまう前に約束させた。


 曰く、能力のことを、能力を持っている

人以外とはしゃべらないこと。3日後までに、fcsに入るか決めておくこと。




 俺の答えは決まっていた。




 3日後、いつもの流れ(BL本)で冬姉に捕まった俺は冬姉に言った。


「俺はやるよ。」


と。



 俺は何も知らないのだし、このまま、悪意ある、能力を持つ人による被害を、見て見ぬふりは、できた。


 ただ、死の間際に『俺の人生に、悔いはない。』と言って死ぬことの出来る人生にしようと、中二病の影響でそう思っていた。


 だから、人生に妥協はしない。


 かっこよく言ってるが、つまりまとめれば、fcsへの参加動機……中二病、ということだ。……堂々と言ったけど、なんか恥ずかしい。



 冬姉は言った。


「後悔をしてもやめはしない?どんなに辛くても、苦しくても?」

「愚問だね、冬姉。」


 ドヤ顔で、かっこつけて言ってみた。


「ノブレス・オブリージュ。」


 冬姉は満面の笑みを浮かべて、


「そう言うと思った。」


と。返す。


 その後、俺は冬姉にfcsの本部とやらに週末に連れていかれるようになった。


 そこでは色々な人に会った。


 能力を使いながら将棋をしている人。デイトレードをしている人。……ちなみにアホみたいに儲かっていた。……未来見えるしな。


 初めてfcsに行った時は結構緊張した。ただ、冬姉が先に俺のことを紹介していたようで、すんなりと受け入れられた。


 人関係のアレコレが終わって次は武器とやらを渡された。赤い刀と黒い刀。赤い刀は手に持つと、体内電流をほどよく操作して、あり得ない速度で動くことが出来るらしい。黒い刀は、斬撃を設置するという、どっかのラノベでみたものそのものを再現しているらしい。


 で、なぜ能力を持っているから、この武器を渡されたかというと、もともとこの二つはアメリカ軍が開発して、ボツになったものらしい。


 どういうことかというと、赤い刀は速すぎて、未来がある程度見えないと、自分の位置とか動きがわからないから、どっかにすごい速さでぶつかって怪我するだけらしい。黒い刀は斬撃を設置した本人が斬撃を喰らう可能性があるし、しかも敵が斬撃を設置した場所に警戒して、斬撃を設置した場所に来ないため、未来がある程度見えないと全く使えないらしい。


 何それ。舐めてんのか?おう?


 まあ、話しによれば、うまく使いこなせば最強になれると聞いて、すぐに言うことに従った。


 ちなみに、どちらか選べと言われたから、赤い刀、正式名称『血染』とやらを貰った。


 そしてそこからは、努力の日々だった。


 血染を使いこなすためには、足さばきと、正確無比な動きが必須らしい。


 一ヶ月、二ヶ月、三ヶ月……毎週末、fcsに練習に来ているのに、全然うまくならない。


 六ヶ月ほど経ったある日。


 俺が血染の練習をして、休んでいる最中、冬姉が声をかけてきた。


「夏君はどうして、そこまで一生懸命に剣を振るの?」


 ……俺自身も疑問に思っていたことだった。


 fcsへの参加動機……中二病、の俺だからこんなにやる気をもってやる必要はないのだろう。だけど、なんとなく、なのかはわからないがなぜか、毎週ここに来ている。


 俺はその時は答えはわからなかった。


 そしてそれから冬姉は、同じ質問を毎週俺に聞いてくるようになった。


 毎週末fcsに来ては剣を振り、うまくいかず休憩している俺に、これもまた毎週のように冬姉は俺に同じ質問をしてくる。……これは俺の日常になった。


 そして、その日常の中で冬姉は俺を色々なところへと、連れていってくれた。


 バレンタインの時は、冬姉にニヤニヤされながらアソパソマソチョコを渡された。……その時は、俺は無言で受け取った。ホワイトデーの時に、わざわざ冬姉の大学のキャンパスで、大勢の目がある前で、チ口ルチョコを一個渡す、という逆襲で恥をかかせてあげた。


 それから、冬姉が病気になったときは俺が看病して、その時は確か、


『ありがとうね、やっぱり家族がいるっていうのは、いいことだなあ。』


 とか言って、天国の家族に会いに逝ってんじゃねぇよ、ってことで水をぶっかけたら冬姉の容態が悪化してしまった。


 そうして、いろんなことがあった。


 大半は冬姉が俺をおちょくるか、俺が仕返しをする。みたいな感じだったけど。




 それから、三年が経ち、色々経験した俺は少し冬姉の質問に対する答えがわかってきた。


 俺は自分で言うが、冬姉に懐いていたのだ。弟のように。


 だから、毎週冬姉に会う口実を作るためにここ(fcs)に来て、剣の練習をしていたのだ。


 まあ、思春期に差し掛かっての事なので、素直に言えるわけはなく、また同じように質問をしてくる冬姉に、わからない、と言い続けていたわけだが。


 その頃からだろうか、血染が少しずつ上達していった。



 そして中二の時。


「おー!知らないうちに上達しているじゃないか。」


 俺が血染で、障害物の多い屋内を飛び回っている時に、声をかけられた。


 その瞬間、頭から壁に激突。いてえ。


「……ップ……ククク。」

「なぜに笑う。冬姉。」


 俺が睨んでいると、冬姉は笑いながら言った。


「いや、……ップ……だって、上達したと思ったら……ククク、頭から激突って、……ットンチじゃないんだから。」



 冬姉とは、この五年間で、すごく仲良くなっていた。どれくらいかと言われると、姉弟に間違えられるくらい。だから、もう、冬姉が今みたいに煽ってきたり、からかってきたりしても、大半には慣れていた。


 だけど次の一言には言葉につまった。


 冬姉は急に真顔になって言った。


「やっぱり夏君が居て、よかったよ。産まれてきてくれて、ありがとう。」


 慈愛というか、俺の全てを肯定しているというか、そういうものがたくさん、短い言葉には詰まっていた。


 俺と冬姉の間には、家族愛のようなものが芽生えていたのかもしれない。あるいは、最初から……。


「俺も……。」


 と言いかけてやめた。素直になれなかったからだ。


 そして、それが今の俺の最大の後悔だ。



 冬姉は、そんな様子の俺を見て、俺に近づいてきて、頭を今度こそは優しく撫でた。


「もし、の話だけど。世界の誰もが夏君を理解しなくて、夏君を否定したとしてもね、そういうときは、私だけは肯定してるってことを、覚えておいてね?約束だよ。」


 そういって、無理やり指切りげんまんをさせられた。


 ……いや、無理やりかよ。


 まあでも、その、遠い未来を見ているかのような目は、今でも鮮明に覚えている。










 その日以来、俺は冬姉に会っていない。



 結論を言おう。


 冬姉は死んでしまった。



 あの日の3日後、見習い隊員の俺を除いて行っていた大規模テロを防ぐための抗争が起き、5000人の特殊な訓練を積んだ武人に対し、fsc総勢23人(俺を除く)。


 5000人は壊滅。fscと相討ち。


 海外の能力を持つ人の、大半がこの5000人の中に入っていたらしい。


 計画では、渋谷のスクランブルで、5000人が一般人を鏖殺をするつもりだったらしい。


 後に捕まった事件の首謀者曰く、犯行動機は『暇だったから』だそうだ。


 そんなことのために、冬姉は死んだ。一個人が『暇だったから』。そのせいで死んだ。はっきり言って、やろうとしていたテロよりも、間接的と言えども冬姉を殺した事実に対して、俺は激怒していた。


 これは、後にたまたま知ったことだが、首謀者は、裁判にかけられる前に不審死したらしい。……そう。たまたま。





 話は変わるが、fcsなしで、日本の、能力者に対する国防は大丈夫か、と当初は思われたらしいが、海外のほとんどの能力者も、大規模テロを防ぐための抗争でfcsに倒されて、いなくなっていたらしい。


 俺が高校生になってから海外の能力者達は勢いを少しぶり返したものの、それは俺一人で対処できる程度でしかなかった。


 そして、いま、俺は死に場所を探し求めている。


 少し、真実に気づき始めたからだ。


 確信には至ってはいない。




 ただ、俺が確信していることは、俺が冬姉のことを大好きだったということだ。



♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢



 ふと、目を覚ます。周りを見れば、空いている電車内。夕日に照らされる海が窓からは見えている。


 静岡での任務の帰りだったということを思い出す。


 知らないうちに、涙が流れていたようだ。


 昔の事を夢で見ていたからだろうか。


 冬姉はかつて言った。


『後悔をしてもやめはしない?どんなに辛くても、苦しくても?』


と。


 後悔はしている。辛いし苦しい。


 はっきり言って、俺を非難する人が多すぎる。


 両親から始まり、学校の先生、祖父母、警察、近所の人、同級生。


 俺がしていることも知らないで……。


 とも思う。


 本当にこの人達のために俺が辛い思いを一人でしなきゃいけないのか?


 とも思う。


 だけど冬姉と、やめない、と約束した。


 だから、逃げはしない。

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