太極と大局 四
「そっか。
考え込むように視線を俯けて、
「今回のこと、物凄く後悔してる。でもさ、こうも思った。やって後悔した。でも、やらなかったらもっと後悔したような気がするって。だったら精霊使いとしては、滞ってる流れを元に戻したって考えるべきだってさ。だから昼間言ったことも、欺瞞じゃ全然ないよ」
「だったらそれでいいじゃねぇか。言っただろう。お前が本気でそう思ってるなら、それでいいと」
「うん」
「なら、それでいい。もう考えるな」
「でも、苦いよな。……そう判断した心が、苦いよ。姉ちゃんだけでも助けたかったのにな。でも、それも出来なかった。なのに俺、それでもよかったんじゃないかって思い始めてる。その事が凄く苦しいのに」
言う雷韋の頭に、陸王は手を乗せた。そしてそのまま、ぽんぽんと撫で叩く。
「お前は強ぇえな」
言われた雷韋は、陸王の方を見た。
「強くなんかない。だから色々考えちゃって、でも、やっぱり精霊使いとしては正しい判断をしたんだって考えがどこかにある」
「『精霊使いとして正しいと判断出来た』。それがお前の出したかった答えなんじゃないのか?」
「え?」
ぽかんとする。
「俺なら何も考えずに蹴っていたところだ。だが、お前は答えを導き出せた。一人で客観的に自分を見られたんだ。なら、充分強い。自信を持ってもいい」
雷韋は陸王の言葉に、ぱちぱちと瞬きをした。何を言われているか分からないという顔で。
「あんた、何言ってんだよ?」
雷韋は怪訝な顔で言った。
「思ったことを言ったまでだ」
「俺はちっとも強くなんかないよ。だからこうやってぐずぐずしてんだ」
「それでも、決着はついただろうが」
「そうだけどさ。でも、この後味の悪いのは結構引き摺ると思う」
「『結構』引き摺るって事は、いずれは昇華しちまうって事だろうが」
陸王は炎から雷韋へ顔を向けた。にやりと笑った唇の端に苦みが滲んでいたが、雷韋はそれに気付かず、頭に手を乗せられたまま起き上がる。その拍子に、頭に乗っていた手が離れた。
「あんたは無視して、問題をなかったことにすんだろ!? そっちの方が俺みたいにぐずぐずしてるよか、いっそさっぱりしてるよ。だって、『ない』んだからさ!」
「それがいいことか悪いことか、俺は知らんぞ」
陸王の笑みが、はっきりとした苦笑いに変わる。
「いいや、絶対いいって!」
雷韋は勢い込んで言ったが、陸王の苦笑いはその
「なんで、そんな顔すんだ?」
「ん? まぁ、思い出してた。卑怯で卑劣で女々しい奴のことを」
それを聞いて、雷韋はぎょっとした顔になる。
「なんだよ、それ!」
「いるんだ、そう言う奴が。お前とは正反対のような奴がな」
「それって、日ノ本にいた頃の知り合いかなんかか?」
雷韋は恐る恐る、眉をひそめて問うてみた。
それに対して陸王は静かに頷いてみせる。
「対が可愛そうになるくらい、最低な奴だ」
「対がいたのか?」
「あぁ、見つけちまったんだよ。……全く、最悪だ」
最後の言葉は吐き捨てるようだった。
けれど雷韋は気を取り直したように言う。
「でも、きっと大丈夫だよ。その人」
「なんだってそう思う」
「対がなんとかしてくれるよ、きっと。対って、お互いに足りないところがあるんだ。その人の対が足りないところや劣ってるところを補ってくれる。対って、そういうもんだって言うじゃんか」
そこでまた、裏も表もない子供の笑顔を見せる。
その笑顔を見ると、なんとなく陸王の中から毒気が抜けていくようだった。
「そうだな。少しはましになればいいが」
そう言ってから、今度は雷韋のふわふわな前髪をくしゃくしゃに掻き回した。
「ちょ! やめろよ!」
陸王は雷韋の反応に小さく笑い声を立てた。
「少しは元気が出たか?」
「元気って……! そ、だな。……少しは元気が出たみたいだ。昼間はほんと、最悪な気分だったけど。今はそれよか少しはましみたいだ」
急に真剣な顔になる。そうして考え込んだ。
「どうした。急に」
雷韋の反応に、陸王はそう声をかける。
「うん。ちょっとだけ考えた。やっぱ、陸王がいてくれたからかなって」
「俺がなんだ」
「なんて言えばいいのか、対がいるって事はこういうことなのかなって思った。気分が最低まで落ちてたのに、今は、少し楽になってるから」
「悪いが、俺は何もしてねぇぞ」
陸王にはぱっと思いつくような心当たりはなかったから、何を言い出すのかという顔をしている。
そんな顔を見て、雷韋は真剣な顔と声音で言うのだ。
「あんた、言ってくれたじゃん。俺が答えを欲しがってるんじゃないかって。その答えが『精霊使いとして正しいことをした』んだって事、教えてくれたじゃん。そんなの、一人じゃ思いつかなかった」
それを聞いて、陸王はふと小さく笑った。
「そうか」
「うん」
「なら、もう寝ちまえ。もう、いい時間になってると思うぞ。それに、疲れてもいるだろう。明日もこのまま雨が降り続けているかもしれんが、多少無理をしてでも人のいる場所に辿り着かなきゃならんからな」
「うん。いつまでもこんなところにいられないもんな。それに俺もいい加減、まともな飯が食いたいよ」
雷韋は苦笑じみてそう言葉にした。
「お前の原動力はそいつかよ」
気の抜けた声が陸王から出た。
「飯は大事だろ?」
雷韋は少しムキになって言う。
「大事っちゃ大事だがな。お前が言うと気が抜ける」
「ふんだ。もう寝る!」
雷韋は乱暴に言い放って、緩んだ
陸王はそれを横目に、焚火に二、三本の木片を放り込んだ。炎が一瞬巻き上がるが、すぐに落ち着きを取り戻す。それから炎が新たに投入された木片に燃え移って、時折、弾ける音を立てた。
静かになった空間に、爆ぜる音と雨音が重なって、やけに辺りがしんとしていることを感じさせる。だが、さもあらん。ここは廃村なのだから。しかも村の中心から離れた教会の中。人がいた頃でさえ、こんな夜はしんとしていたに違いない。
陸王が炎を眺めてそんなことを考えていると、雷韋が瞬間、びくっとして顔を上げた。寝ているとばかり思っていたから、陸王は少々驚いた。
「まだ寝てなかったのか」
「いや……、うとうとしてたけど、急に思い出したことがあって。分かんないとすっきりしないと思うから」
雷韋の言葉に、陸王は眉根を寄せた。
「なんのことだ」
「うん、陸王が連れて行かれた精霊王の世界のこと」
陸王は急に
「思い出させるな。気分が悪くなる」
「水袋の話じゃないよ。森の方」
「そいつも思い出すと気分が悪くなりそうだ。実際、調子を崩したんだからな」
陸王の言に、雷韋は小さく頷いた。
「なんで具合悪くなったか分かるか? あと森の木と影のこととかも、なんであんなんだったのか」
「あそこでのことはさっぱり分からんよ」
吐き捨てるように陸王は言い遣る。
それに対しても雷韋は頷いてみせた。
「あの森がおかしかったのも、陸王が気分悪くなったのも、両方とも混沌の影響があったからなんだ」
「どういうことだ」
問われて、雷韋は頭を下ろした。そして焚火の炎を真っ直ぐに見つめる。
「世界は
精霊王が混沌に影響されて創った世界だかんな、と雷韋は言う。
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