贄の証、発露 七
『
ふと感情の奥底から声が聞こえてきた。腕の神経を揺らすように、その言葉は雷韋の頭の中で声に変わる。
セレーヌの声だ。
雷韋は
「続けろ」
そう促した。
雷韋はそれに対してもう一度頷いて、顔を再び水面へと向けた。
『今、そっちはどうなってる?
『一緒です。人間達は……、里の者達はどうしていますか?』
『村の連中は洞窟の中を色々見て回ってるみたいだ。でも、まだ天井が崩れてるこの場所にまで来てない。来るのは時間の問題だとは思うけどな』
流れてくる感情の中で、不安が僅かに大きくなった。それを元気づけるように雷韋は言葉を送る。
『大丈夫だ。ここにいる限りはきっと見つからない。天井が崩れたって事も分かんないかも知んねぇから。花梨姉ちゃんのこと、頼んでもいいよな? 俺達これから精霊王を散らしてくるから』
『はい。お気を付けて』
腕を伝って、セレーヌの気がぴんと張ったのが分かった。
雷韋はそれを緩ませぬように声をかけた。
『でさ、聞きたいことがある』
雷韋の言葉に、セレーヌが困惑したのが分かった。突然何を言うのだろうと思ったのかも知れない。話の流れから、それはしようのないことだが。
『セレーヌ、村の泉が涸れた。水の溜まってるところはあるけど、湧き出してない。ここからでも何か分かるか?』
セレーヌはすぐにそれには答えなかった。気を張り巡らしている気配が水の中から伝わってくる。水を、水脈か何かを探っているのだろう。それは感情ではなく、感覚で感じられるのだ。セレーヌが入り口が崩れた先の岩窟で、意識を集中しているのが分かる。それが伝わってくるのだ。
暫く
そしてふと、セレーヌの張り詰めていた気が更に張り詰めた。
『セレーヌ?』
雷韋は急かすように胸の内で言葉を放った。
『確かに泉に水は湧いていません。里でも同じ事になっていますね。ですがそれより、精霊王の力が散っています』
『散ってるって、どういうことだ?』
『よく分かりませんが、精霊王が暴走を始めているようです。贄がいなくなったせいでしょうか。とても苛立っているのを感じます。とは言え、本体は泉にいます。そこから里にまで、力が散らばっているのです。里で何か起こったのでしょうか』
それが頭に響いた瞬間、雷韋は陸王に目を向けた。
「陸王」
言う顔が真っ青だった。
「何かあったのか?」
「村で何か起こったかも知れない。もしかしたら、あんたの言っていたとおりに……」
「なんだ」
陸王は雷韋の脇にしゃがみ込み、少年の細い肩を掴んだ。
雷韋の瞳は不安げに揺れていたが、声音はしっかりしていた。
「新しい贄が、現れたかも。それも一度に沢山。でも本体は山の泉にいるって」
その言葉に陸王は眉根を寄せる。そして、悪い考えというものはよく当たるものだと思った。そう思いはするものの、何故かそれは、雷韋が言っていた予感とは違う気がした。理由は何もない。ただ漠然とそう思うだけだ。
「雷韋、贄が複数現れたかも知れんってのはどうしてだ」
「精霊王の力が村の方に散ってるって」
陸王はそれだけで理解した。今、何が起こっているのかを。間違いなく、雷韋の言うとおりなのだろう。精霊王の力は村の者達全員の身体に及んでいる。
呪いと言う形で。
花梨が贄でなくなったのなら、呪いがかかっている村の者達に贄の証として発現してもおかしくはない。そして発現しているのは、村の娘達に対してだ。どのくらいの年齢から贄の証が現れているのかは分からない。それでも、かなりの数に上るだろう。
精霊王も贄を逃してしまって焦っているのか? そう思う。それでも確かなことは、誰でもいいから寄越せと言うことだろう。
そして、合点がいったことがある。山狩りをしていたといえど、こんな見つけにくい場所まで村の連中が入ってきたことだ。
村で複数人に贄の痣が出た。だが、その娘達は一人も水神にくれてやりたくはないと考えるのが普通だ。何せ、花梨という立派な贄がいたのだから。
ほかの娘達を贄に差し出すより、生まれた当初から贄として育てられてきた花梨を捜し出して供えるのが村人達が考え得る最善手だろう。だからこんな怪しげな場所にまで入ってきたのだろうから。
ただただ、花梨を捜し出す為に。
彼らはそれしか考えていない。
何があっても、今年の贄は花梨だけなのだ。
「雷韋、花梨に贄の痣が出ているって事はないか?」
雷韋は、はっとした。花梨もまた、呪われたままなのだ。解呪したにも関わらず、完全に呪いを解くことが出来なかった。再び現れていてもおかしくはない。
雷韋は早速、胸の内でセレーヌの名を呼んだ。
すると、見透かしたように返答が返ってきた。雷韋の耳目を通して、セレーヌはこちらの様子を窺っていたようだ。そんなことが出来たのは、雷韋が水の中に手を入れているせいだろう。
『花梨に贄の痣は現れていません。解呪されて、呪いがとても薄くなったからでしょう』
『そっか。それならよかった』
嘆息と共に言葉を返して、陸王には大丈夫だという意味を込めて頷いてみせた。
それを見て、陸王も小さく頷きを返す。
「ほかになんか聞きたいことあるか?」
「本体が確かに泉にいるってんなら、そろそろ行くぞ。娘達に痣が出てるなら、村の連中もこのまま黙っちゃいまい。こんなところにまで入り込んでくるくらいだしな」
「うん。じゃ、姉ちゃんはセレーヌに任せて、行こっか。ここならきっと見つからないから」
その言葉に応えたのはセレーヌだった。
『お二人とも、お気を付けて。彼女のことはわたくしにお任せください』
『ん。行ってくるな』
雷韋はセレーヌにそれだけ言って、立ち上がった。陸王も天井の低さに屈んで通路の入り口まで向かった。
洞窟の中には、まだぽつぽつと明かりが散っている。まだ誰もここにまで到達していない。暗いから気づきもしないのだろう。
彼女らが無事であることを祈りつつ、陸王と雷韋は再び
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