贄の証、発露 六

 光蘚ひかりごけの仄明かりを無視するように、松明の明かりが幾箇所で動いている。


 その中の一つの塊から、声が上がった。



「一体、どこまで続いてるんだ?」



 四人組の中の一人で、二十代前半の青年が松明の明かりを前方に翳して様子を窺っている。



「行けども行けども、闇ばかりだな」



 彼の隣を歩いている若者も溜息交じりに言う。


 彼らは岩壁に沿って歩いていたが、一向に終わりが見えないことに少々苛立っていた。ほかの場所でも光が蠢いていたが、光がぽつぽつと見える程度で松明を持っている人の姿までは見えない。


 皆、この洞窟を探るのに、あちこちに散らばっているのだ。


          **********


 洞窟の中に散らばっている明かりを、陸王りくおう雷韋らいは結界の出入り口から続く水晶の通路から眺めていた。



「あっちこっちに人がいるな。どうする、陸王」

「あっちこっちと言っても、四つしか明かりは見えんだろう」



 光蘚の光を集めたように反射して、水晶が照らしている雷韋を見下ろして陸王は言う。その陸王の姿も、光蘚の光に淡く照らされていた。



「四つって……充分、あっちこっちだよ」



 反論する雷韋の言葉を無視して、



「やはりまだ、セレーヌ達は見つかっていないようだな」



 真剣な声音で呟くように言う。


 その声に促されたように、雷韋も改めて散らばっている明かりに目を遣った。雷韋の目には、松明を持った者達の姿が見えていた。姿形がはっきり見えているわけではないが、松明の明かりに照らされた者達の人数くらいは分かる。



「えっと……、四、二、三、四で全部で十三人か」

「それだけか?」



 雷韋の言葉の意を汲んだ陸王が問うと、雷韋は頷いて返してきた。



「ほんとにそんだけだ」



 そこで陸王は僅かに考え込んでから言った。



「連中はだだっ広いこの結界内で、松明の明かりに目が慣れてる。闇の中を行けば、見つからんだろう」

「セレーヌと姉ちゃんを捜しに行くのか?」

「おそらく、セレーヌは自分が生まれたって言うあの洞窟にいるはずだ。その場所をまだ村の連中は探し当てていない。松明の明かりは見当違いの方向に散らばってるからな」

「広すぎてまだ調べ切れてないんだな。でも俺はあの場所を覚えてる。俺が先行するから、陸王はついてきてくれ」

「分かった」



 それを合図にしたように、雷韋はおもむろに駆け出した。しかしそれは全速力ではない。なるべく音が立たないよう、小走りだ。闇の中に姿を見つけられずとも、音を立てれば察知されてしまう。納屋でもそうだったように、雷韋の足音は全くしなかった。むしろ、後ろからついてきている陸王の方がよほど音を立てている。



「陸王、足音うるせぇ」



 ほんの小声で叫んだ。



「生憎と、俺は盗賊組織ギルドで技を習っちゃねぇからな」



 陸王も雷韋に聞こえる程度の小声で返した。



「も~。兎に角、しっ」



 雷韋はそう言うと、そのまま闇の中を進んでいった。村人達が集まっている場所よりもなるべく離れた場所を選んで駆け抜ける。そうしていつか、泉まで来ていた。


 セレーヌが吉宗を取り出したあの水場だ。岩壁の光蘚の仄明かりを水晶が反射して、水面が輝いているように見える。


 ここまで来れば、あと少し。雷韋は更に速度を上げて駆けた。


 が、道は途中で途切れていた。


 その部分だけ、急に岩が道を遮っている。崩れたようにも見えなくはなかった。ここにだけ光蘚が生えてないからだ。



「え? なんで?」

「どうなってやがる、こいつぁ」



 陸王も雷韋もこの闇の中で、狐につままれたように驚いていた。


 雷韋は岩壁を隙なくぺたぺたと触って、その存在が幻覚ではないことを確認している。それは陸王も見ていて分かったのだろう。雷韋に問うてくる。



「本物か?」

「うん。セレーヌが崩したのかも知んないな」

「そうか。なら、そこの水に手を入れてみろ」

「え? なんで?」

「あいつは水の精霊だろうが。水そのものとも繋がってるはずだ。特にこの空間ではな」

「そっか!」



 思わぬところを突かれて、雷韋は思わず大声を出したことに気付き、慌てて自分の口を両手で塞いだ。陸王も様子を窺うように、松明の明かりが近づいてこないか見ている。


 ここは天井が崩れて以前より狭くなっていた。目の前も道が塞がれている。陸王などは途中から屈まなければ歩けないほどだ。ある意味、穴蔵と言ってもよかった。ここでの騒ぎが広場の方にいる村人達に聞こえたかどうか少しの間、二人とも黙って経過を見ていたが、どうやら松明の動きに不審なものはなかった。



「騒ぎは聞こえんな」



 広場の方を向いている陸王に、雷韋はしゅんとした声で謝った。



「ごめん。いきなり大声出しちゃって」

「気付かれなかったんだから、んなこたぁどうでもいい。それよりも、セレーヌと連絡を取ってみろ」



 言われて雷韋は、道を少しだけ戻っていくと、静かに水の中に手を入れた。ひやりと冷たく、ふわりと暖かかった。精霊との付き合いは長いが、こんな奇妙な感覚は初めてだった。思わず眉根を寄せたが、今は兎にも角にもセレーヌだ。水に浸している手に意識を集め、胸の内でセレーヌの名を念じる。


 セレーヌ、セレーヌ、と何度か呼びかけると、感情の波が直接胸の中に入ってきた。その感情は安堵だった。雷韋がセレーヌを捜していると言うことで、セレーヌは安堵を感じたのだろう。雷韋がいると言うことは、陸王も共にいると言うことだ。


 二人がこの結界内に戻ってきたことを知って、セレーヌは喜んでいる。安堵している。


 それは当然かも知れなかった。何しろここは、セレーヌと精霊達だけの住処だったのだ。なのに、そこに突如として人間達がわらわらと入ってきた。セレーヌはさぞかし驚いただろう。また、セレーヌから話を聞かされて、花梨かりんも驚き恐れたはずだ。安堵の底に、微かに不安も流れている。


 それでも、安堵の感情の方が遙かに大きいが。

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