贄の証、発露 二
母親が村を捨てたと言うことがとても大きい。
本来なら、村という共同体は一つでなければならない。閉鎖された場所であればあるほど、仲間意識が強く、連帯感も強くなる。それなのに花梨の母親は村を捨てて、村の者達を裏切ったのだ。
村の秩序を崩した張本人だった。
しかし、それは村に対がいなかったからだ。花梨の母親は対を捜しに出て行ったのだ。決して裏切ったわけではない。好きで村を出たのではなく、どうしようもなかったから村を出たのだ。対がいなければ静かに狂って、死ぬだけだから。
生きる為には村を出る以外に方法はなかった。そして、もしかしたら花梨の父親は、母が捜し求めた対だったのかも知れない。
外の世界で何があったのか、それは花梨の母親が死んだ今となっては誰にも分からない。そのことに言及しても一切答えなかったと言うこともある。村を出て何があったのか、どうして村へ再び戻ってきたのか。相手が対であったなら、村に戻ってくる必要はなかったはずだ。何かがあったのは確かだが、それを隠したまま死んだのだ。その事も村の者達の神経を逆撫でた要因だった。
都合よく裏切り、都合が悪くなって帰ってきたのだろうと見られた。
だから花梨は殊更、目の敵のように扱われたのだ。
樹大が昨夜言っていた「親の因果が子に報う」と言う言葉はそれを指す。
余所者。
裏切り者。
そんな者の娘は、水神の贄になってもまだ償いきれない親の罪を背負っているのだと。生まれてきたのならば、せめて村を救う為に生きていけばよいと皆考えた。樹大など、その筆頭だろう。
一体、誰が勝手なのだろうか。
花梨にとってみれば、理不尽もいいところだ。偶然、雷韋が助けようとしなかったら、彼女は今頃死んでいた。なんの
それこそ身勝手な村人のせいで。
花梨が村を憎むのは当然のことだった。そして、こんな村の近くにいたくないと思うのも当然だ。離れることこそが花梨の幸せに繋がる。
けれども花梨が理不尽にあったのは、この村に『贄』の制度があったせいでもあった。贄さえ必要なくなれば、誰もが自由になれる。花梨も贄として見られなかった。もっとましな生があったはずなのだ。
雷韋の考えていることはそれだ。精霊王さえ散らしてしまえば、セレーヌが水の精霊を統率できる。結果、水は清浄に戻り、時間をかけてでも水の精霊が持つ浄化の力が村人を癒やし、呪を解くだろう。
しかし、村人は誰もそんなことは考えない。水神が贄を求める代わりに、村に水を供給するその事が正しいのだと信じ切っている。
だから今も花梨を捜し回っているのだ。
花梨こそが贄にふさわしい娘と疑わずに。しかも悪いことに、花梨が生きていようが死んでいようが、泉の石柱に縛り付ければ水神が受け取ってくれると思い込んでいる。
まだ花梨が解呪されていることを知らないのだから、そう考えてもおかしくはないが。
兎に角、村人は必死だった。娘達の腕に痣が現れてしまった今、どうしていいか分からない。
第一、年の頃が違う。
その年、十七になる娘が贄として水の精霊王に選ばれるのだ。彌汰の娘は五年後には贄になる年齢だが、今はまだ十二だ。ほかの娘と同じように贄の証が現れたが、まだ五年早い。
花梨を差し出した樹大の娘二人にも痣が現れたが、彼女らは十五と十九だった。それ以前に、花梨がいるのだから樹大は当然娘を贄にすることを拒否した。ほかの者達も考えは一緒だった。
「村長、俺も山狩りに行ってきますよ」
樹大は村長に告げた。
それに合わせるように、近くにいた男も一度頷いて続ける。
「俺も行く。今年はどの家からもほかに贄は出さん。花梨と決まってるんだ。水神様が選んだのも花梨だ。それが
男がそう言った途端、ほかの男達からも声が上がった。
「俺も行くぞ。まだ若衆も捜し切れていないだろうしな」
「どうやって逃げ出したかは分からんが、もしかしたら山崩れに巻き込まれてるかも知れん。あの辺りは危険だって事で、まだ存分に捜し回ってないだろ」
「あぁ、若衆だけじゃ手が回らんかもな。俺も行くよ」
次々賛同の声が上がって、
「ならば皆に頼むとしようか。ご苦労だとは思うが、頼む」
村長が頷いてみせた。
それを受けて誰かが言った。
「山は酷い荒れようだ。木も多く倒れてる。邪魔なものを排除できるように、もっと鉈や手斧が必要だろう。地面も状態が悪いから、熊手や
「だったら一度家に戻って、広場に集合って事でどうだ?」
樹大が言うと、皆は頷いた。そして、樹大は皆を見回す。一人一人と視線を合わせて、意思疎通をしているのだ。
皆も視線を合わせて頷いて返してくる。
それで全ては決定した。
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