第六章
贄の証、発露 一
「今年の贄は
酒場でそう吠えたのは
もう夜も更けて、時刻は
そして、樹大の吠え声に呼応するように多数の声が上がった。
「そうだ。今年は花梨に贄の印が出たんだ。元々、そう言うつもりで生かしてやってたんだ。今更、俺達の娘を贄に出すわけにはいかん! 誰にどれだけ痣が出ようとも」
「だが、花梨は逃げたんだろう? その痕跡があると。一体、誰が」
「誰が逃がしたのかは分からないが、花梨が逃げたから水神様もお怒りになったんだ」
「だからと言って、ほかの娘を贄にするのか?」
「そんなことは馬鹿げてる」
「花梨はまだ見つからないのか!?
そのまま、場は
この日の夕刻、村にいる十歳以上から二十歳以下までの娘全てに贄の痣が現れたのだ。ただでさえ贄の儀式のあと山の崩落があり、花梨の姿がなくなっている状態だったというのに。その為、花梨の捜索を一時中断したくらいだ。
代々の村長がつけている日記には、贄の証が同時に複数人に現れたという記録はない。
これは本当に、村の大事だった。
山の崩壊は贄である花梨が逃げた事による水神の怒りだと思えたし、娘達に現れた贄の証も水神の怒りだと思えた。それしか考え及ばなかったのだ。
実際、半ばそうだ。陸王と雷韋が花梨を助け、花梨を奪い返そうとした水の精霊王と火の壁がぶつかった。そのせいで爆発が起こり、山が崩れたのだ。そして、花梨が解呪された為に、村の娘の誰でもよいと精霊王は皆に痣を
要するに、さっさと贄を寄越せとせっついているのだ。
それがあの嘲りの本当の意味だ。
精霊王は『聴く』力のある雷韋や陸王を嘲ったのではない。それは大きな誤りだ。
誰でもいい、最低でも一人は贄に捧げろと悪意を以て命じたのだ。非常に陰湿な命令だが、狂った精霊の塊としては正しい行動だろう。
だが、村人は今年は花梨を贄にしようと考えていた。その考えは花梨が生まれたときから、姿が見えなくなってからも変わらない。誰だって自分の娘を贄になど出したくはないのだ。
五年後、また誰かの娘が贄に選ばれるというのに。
何故なら、彼らは『
変化があるのは五年に一度。
贄の儀式があるときだけだ。
そのほかは何も変わらない。外部からの接触がないから、変わりようがないのだ。それは完全な思考停止だった。
だが、それを村の者達が知ることはない。気付くこともない。
だから尋常ではない今年の贄の儀式と、それに続く異変に
彼らは全ての元凶を花梨のせいにしていた。どうやって、そしてどこへ逃れたのか分からない花梨が悪いのだと。あの娘がいなくなった途端、悪いことが次々と起こった。
確かに花梨が贄になって水の精霊王に喰らわれていれば、村はこの先五年を平穏に過ごせただろう。しかし、この先も五年ごとに少女達は殺されていくのだ。次の贄は
ただ花梨と違うのは、贄になるだろう少女は本来、村の中でとても大切にされて育つと言うことだ。村の為に生命を落とすのだから、村の恩人になる娘を粗末に扱うことなど出来ない。水神の嫁になるのだと幼い頃から言って聞かせ、何不自由なく育てられる。
その点で言えば、花梨は異例だったのだ。余所者の血を引いていると言うだけでも、村の者からは充分、差別の対象になる。その上、唯一差別から護ってくれるだろう母親も死んだ。
村の者は花梨に情などかけずに、ただもののように扱って、村で生まれたことだけを恩に感じて死ねと差別した。
酷い話だが、閉鎖された村の中では余所者の血というのは忌まわしいものなのだ。
そんな存在が更に都合よく、十七年後に贄に選ばれるかも知れないとなれば、使わない法はないだろう。特に余所者の血が流れているとなれば、花梨も半ば余所者だ。村の一員としては見られない。そんな義理は誰にもないからだ。伯父である樹大もその妻と共に、将来贄になるから仕方なく養育を受け入れたという側面がある。
第一、樹大は花梨の母親の事もよく思っていなかった。
そして、余所者の血が流れているから、花梨は伯父の樹大からも、村全体からも差別を受けた。贄になるほかの少女達とは扱いが違う。
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