蠢動 七
「涸れた理由に心当たりはあるのか?」
「この山の頂上付近には水神様がいらっしゃる。村に水をお与えくださっている」
そこで一旦言葉を切って、男は何事か考え込む風をした。それから震える口を開く。
「村長から聞いたが、あんた達は山を登ってきたんだって? だったら山の一部が崩れたのを見てるんじゃないのか?」
「あぁ、そんな跡があったな」
「あれはきっと水神様の怒りの表れだと思う。あんなことは今までにはなかったことだ」
「何故、水神の怒りを買った」
その言葉に男の肩がぴくりと反応した。
「それは……、分からない。俺達は例年通りに水神様を祀っただけだ。水の恵みをお与えくださいと。供物が悪かったのか分からないが、水神様がお怒りになって山も崩れて、水も涸れた。もう水は湧いてこない。だから俺達は困ってる。今はそれだけだ」
早口にそう言って背後の陸王を見ようとしたが、それを
「違うだろ! 贄が逃げたせいだろう? でも、贄を求める神様なんてこの世に存在しない! もしいるとしたら、それは神の皮を被った化け物だ! あんた達はずっと世界から閉じ籠もって、水を得るのに贄が必要なことが異常なんだって分かってないんだ!」
雷韋は憤りのままに、一気に捲し立てた。それを聞いた男の顔が一瞬で青くなり、次第に赤く染まっていった。
「坊主、どうし……」
全てを吐き出す前に、陸王は男の延髄を吉宗の柄頭で殴って気絶させた。倒れる身体は陸王が抱き留めて、ゆっくりと地面に寝かせる。そうしてから呆れた溜息をついた。
「馬鹿が。あんなことを言ったら、俺達が
「だって! むかついちまったんだもんよぉ。贄を『供物』だなんて! 贄を出すことが全然悪いって思ってないってのが許せなかったんだ。それなのに隠してる」
「隠してるって事ぁ、少なからず罪悪感があるってこった。お前はもっと、その辺を考慮しろ」
「罪悪感?」
雷韋は唇を尖らせて言う。
「罪悪感ってより、単に体面を気にしてたようにしか見えなかったけどな」
そう言う雷韋に、陸王は緩く首を振った。
「よくないことをしているから体面が悪いってこったろう。そいつぁ、罪悪感と通じるんだよ。五年ごとに娘を差し出さなけりゃならん。その娘はもしかしたら隣家の娘になるかも知れん。兄弟の娘になるかも知れんのだ。後味が悪いだろう。例えそれで村の生命を繋げてもな」
「そりゃそうかも知んねぇけど、でも」
不貞腐れたように、雷韋はぶつぶつと呟く。
陸王はそれを無視して、髪を掻き上げながら泉に近づいた。そうして息を一つつくと、吉宗の刃を鞘に戻して
それを見て、雷韋は不思議そうに尋ねた。
「陸王、何すんのさ?」
「水が涸れたと言っていたからな。辺りがどうなっているのか確認だ」
「泉の中に水はあるぞ」
「湧き出していたところを探すんだ」
そう返して、陸王は記憶と照らし合わせていた。山中の泉とこの泉が同じ形で存在しているなら、もしかしたら同じ場所から水が湧き出ていたかも知れないからだ。山中の泉は岩壁から水が流れ出していたのを見ている。ここも同じなら、岩壁だ。
陸王は光の球を岩壁へと向けて放った。
ふわふわと淡く岩壁を照らしていた光が、妙なものを映し出した。
それは抉れたような跡だった。しかも内側から岩を削ったように、しかし痕跡は滑らかな跡になっている。光の玉がそれの前を素通りしようとしたので、陸王は抉れた部分に光の玉を戻した。薄ぼんやりとした灯りに照らされながらも、そこにはしっかりとした穴が開いているのが確認出来た。
ここから水が湧き出していたのだろう。水の摩擦によって穴は滑らかな切り口をしているし、穴の下の岩壁も表面が滑らかに削れている。
長い年月の間に水が岩壁を抉ったのだ。
そしてその穴から、今は一滴も水が流れていないことも確認した。それでも、泉にはまだ水が充分に溜まっている。
だが、この水は汚染されていると雷韋は言った。それを思い出して、存在しない方がいいものだろうと思う。
ほかにも何か変わったことはないかと、陸王は光の玉で照らしながら泉の周辺を巡ってみた。
と、泉を形作っている岩の列に、一段低いところがあるのを見つけた。更にその先は水が通っていた形跡がある。泉から溢れ出した水が一段低くなっているところから流れ出していたのだろう。地面が水の勢いに抉れて、今は水は流れていないが、小川の跡のように見えた。
雷韋も陸王のしていることを眺めていたから、その小川らしき跡にも気付いた。
「泉から溢れた水が小川を作ってたんだな。どこまで続いてるのか知んねぇけど、村には届いてたんだよな?」
「あぁ。この跡を見る限りじゃ間違いねぇ」
「小川の水、人とか動物とかが飲んでたのかな?」
雷韋が些か不安そうに言うと、陸王は小さく鼻を鳴らした。
「んな事ぁ知るか。小川の水をどうしようと、どのみち村の連中はこの泉の水を口にしてるんだ。小川の水も泉の水も、今更関係ねぇ」
「そう、だよな。うん。精霊王を散らせば、問題は解決するんだよな。また水が湧き出てくる。今度は綺麗な水が」
雷韋は自分でそう言って、うんうんと何度も頷いた。そうして意気込んだ風に大きく息を吐き出すと、陸王に目を向ける。
「陸王、行こうぜ。精霊王を散らしにさ」
「そうだな」
雷韋に言葉を返した陸王だったが、どこか思案する風があった。それに気付いて雷韋が問うてくる。
「陸王、どうしたんだ? なんか問題でもあるか? 精霊王を散らすときにちょっと力は借りるけど……」
「いや、それはいい。ただ気になることがあってな」
「気になるって、何が?」
雷韋の言葉に、陸王は真正面から少年を見据えた。
「花梨は既に贄じゃなくなっている。呪いは完全に消えたわけじゃないが、贄じゃなくなった。その時、精霊王はどうするかと思ってな」
雷韋がはっとしたように目を見開く。
「もしかして、まさか新しい贄を要求する?」
「はっきりとしたことは言えんが、その可能性がないわけじゃねぇ。だから
言って、陸王は意識を失っている男に目を遣った。それを聞いて、雷韋が「あ」と声を零す。
それでも陸王は雷韋を咎める様子も見せずに言った。
「まぁ、鎌をかけてみたところで言うかどうかは分からなかったがな」
そこで嘆息をついて、雷韋に目を移す。
「雷韋、転移の門を開け」
「よし!」
雷韋は心なしか胸を張る。
それを見て、陸王は仄かな光を発する光の球を消した。
辺りには月明かりしかなくなる。山中の泉にも月明かりが差しているだろう。もし泉周辺に人がいるとしても、これで転移の門を開いても明るさでばれることはなくなったと言うわけだ。
それを確認して、雷韋は宙に上から下までを手で掻くような仕草をした。
途端、空間に縦に一筋の切れ目が出来る。それは見ている間に口を左右に開いて、あの場所に繋がった。
あの場所。
雷韋がセレーヌの洞窟から飛び出して辿り着いた、あの山が崩落していた場所だ。
雷韋はそっと門から首だけを出して、辺りを窺った。人の気配はない。松明の明かりすら見えなかった。
それを確認して、陸王を見遣る。
「大丈夫。誰もいないぜ」
それを聞いて陸王は無言で頷き、そのまま門を潜っていった。そのあとに雷韋も続く。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます