蠢動 二

「なんだ、その光は。松明でもなく、宙に浮いてるぞ」



 樹大じゅだいの問いに対して、蛇のような鋭く粘質の目の男が答える。



「この小僧が魔導士らしい。この光も魔術とか言うもので出来てるとか」

「魔導士? 本当にいたのか、そんなものが」



 樹大は胡乱うろんげに陸王りくおう雷韋らいを見た。



「まぁいい。魔導士だろうがなんだろうが。それよりどこから湧いてきたんだ、こんな余所者が。外から村に通じる道なんてなかったはずだ」

「それがこいつら、山の反対側から来たらしい」



 蛇の目の男が背後を軽く振り返る。そこは土が剥き出しになり、遠くには倒木が積み重なっていた。男は更に樹大に説明した。精霊のことは理解が及ばなかったのか、そんなものがあるらしいことと、それが狂っていると言うことを。陸王と雷韋が、その気配を頼りに山を登ってきたらしいことまで話した。



「『せいれい』? さっぱり分からんな。だが、こいつらが水神様に危害を加えようとしていることは分かった。山から叩き出せ。この山は神聖な山なんだ。余所者に穢されて堪るか」

「この山はちっとも神聖な山なんかじゃない!」



 雷韋は強く言い切った。そして続ける。



「水の精霊は狂ってる。ここにいても感じるんだ。水場があるだろう? そこに連れてってくれよ。絶対にあんた達に迷惑はかけない。水場を元の綺麗な場所に戻すから!」



 必死に言い募った。


 だが、それは受け入れられるわけがなかった。村の者達はきっと花梨かりんを捜しているのだろう。山が崩れるほどの爆発が起こったのだ。何故突然、山が崩壊するほどの爆発が起こったか、そこに何かあると思うのが普通だろう。同時に、花梨が行方不明なら遺体だけでも捜そうとするのが必定ひつじょうだ。花梨は大切な贄なのだから。生きていようが死んでいようが、腕に痣がある限り、花梨は贄なのだ。死したのちでもその役割が変わることはない。


 ただ、実際には花梨はもう贄ではないが。けれど、そのことを村の者達は知らない。彼らからしてみれば、花梨は行方不明という状態だ。生死に関わりなく。


 泉に行ってみないことにははっきりしたことは言えないが、おそらく泉の水は減っているか涸れているだろう。


 贄を逃がしたばかりに。


 そしてその影響は村に現れる。既に現れているのか、まだなのかは知らないが。



「なぁ、水場まで行かせてくれよ。あんた達の悪いようにはしないからさぁ」

「駄目だ。余所者は出て行け。こっちだってお前らにかまっている余裕はないんだ」



 樹大が雷韋の言葉をあっさりと却下して、



「おい、何人かでこいつらを山から追い出してこい」



 数人の顔を見て顎をしゃくった。


 そうして最初に動いたのは、雷韋の腕を捕らえている蛇目の男だった。



「小僧、来い。一体山のどこから入り込んだのか知らんが、よくもここまで来たもんだ」



 男はぶつぶつ言いながら、雷韋の腕を強く引っ張る。



「痛ぇな、引っ張んな!」

「静かにしろ。このまま大人しく山を下りて貰うだけだ」



 その遣り取りを陸王は無言で見ていた。表情を覗わせぬ顔で。


 だが。


 雷韋の腕が無理に引っ張られて、少年の身体が傾いだ瞬間、陸王は素早く吉宗の柄に手をかけた。気が付いた時には、切っ先は男の喉首にある。



「そのガキを放せ」



 それは静かな脅しの言葉だった。


 これ以上雷韋を連れて行こうとするなら、お前の首が落ちるとでも言いたげな。それなのに、陸王の表情は全く変わっていない。感情が抜け落ちたような表情をしている。


 陸王の早業に、周りに集まっていた男達も皆、愕然となった。


 その様をちらと見回してから陸王は再び言葉を継ぐ。



「俺は人を殺すことをなんとも思っちゃいねぇ。ガキを放さんと、お前の喉首を掻っ捌くぞ。こっちは水場に用があると言ってるんだ。それが吉と出るか凶と出るか、それはそのガキの腕次第だがな」



 その言葉が終わると同時に、雷韋は刀の切っ先を向けられて動けなくなった男の手から腕をもぎ取った。そして陸王のもとへとさっと駆け寄る。


 陸王は駆け寄ってきた雷韋を確認して、男に向けていた切っ先を今度は真逆の方向へ差し向けた。


 それは丁度、樹大達がやってきた方向へだ。


 いきなり刀の切っ先を向けられた樹大達は、驚いて後退あとじさる。


 それを見て、



「いいか。俺達がこれからやることに口出しも手出しもさせん。お前らは黙ってここにいろ」



 言うが早いか、陸王は真っ直ぐに切っ先を向けた方向へと歩き出した。


 雷韋は陸王の腕を掴んで、水場の気配を読みながら道案内をする。


 二人はそのまま男達の輪から抜け出て、歩いて行った。


 けれど、樹大を始めとする男達も黙って見送るわけではなかった。距離を置いてついてきたのだ。流石に誰も二人に声をかけることはしなかったが、それでも黙認するわけにはいかなかったのだろう。


 雷韋に案内されるまま歩いていた陸王だったが、時折ちらと背後に目を向けた。男達は距離を開けているものの、陸王と雷韋を見る目つきは、一挙手一投足を注意深く観察するものだった。


 もし彼らが何らかの得物を持っていたとしたら、どこから襲いかかってきてもおかしくない目付きをしている。


 陸王はそれを見て、歯噛みする思いだろうと内心で嘲っていた。


 それから崖を右に見て進んでいくと、松明の明かりが一カ所に集まっているのが見えてきた。



「陸王、あれって村の人達だよな?」



 雷韋が遠目の松明の明かりを指さして言う。



「また一騒動起こさにゃならんのか。お前に付き合った俺は馬鹿だな、完全に」



 実に面倒臭げな声が吐き出された。



「あんたが馬鹿だろうが阿呆だろうが、俺に付き合ってくれるって決めたんだろ? だったらそれでいいじゃん。俺はどうしても水の精霊王を散らしたいんだから。あんな奴がいるから、村の人達は呪われちまうんだ」

「さっきの連中からも呪いを感じたか」



 陸王は平坦な声音で尋ねる。

 雷韋はそれに対して力強く頷いて、陸王を見上げた。



「俺の腕を掴んでた人も随分と穢れてた。呪われてるんだ、誰も彼も」

「そんなもん、放っておきゃいいものを」

「そうしたら、花梨姉ちゃんだってこの山から出られない。姉ちゃんは村から離れたがってる。放っておいたら駄目なんだ。村の人だって、やっぱり俺は助けたい。セレーヌにもこの山を返したいんだ。一つ片付けるだけで大勢が助かる。だから見捨てられない」

「お前は馬鹿の極みだな。得することは何もねぇだろうに」

「損得じゃない。俺は、俺に出来ることならなんだってしたい。俺が頑張ることで誰かが助かるなら、俺はどんなことでもやりたいと思う」



 真摯な眼差しが陸王を捉え、呆れた眼差しが雷韋に向けられる。



「なぁ、陸王」



 強請ねだるような声音に、陸王は渋面じゅうめんを作った。



「ったく、仕方ねぇな」



 不本意が溢れかえった声音で陸王は返すが、雷韋はその言葉に喜色満面になる。



「やった。あんがとな」

「だが、村人を説得するのはお前だからな。泉で事が起こったら、おそらく精霊王が出てくるだろう。俺はその時にお前を援護する。ほかは知らん」

「それで充分だよ。どうにかして精霊王を散らして、これ以上村の人達を穢すのを食い止める」

「そうかよ」



 どうでもいい風に言った時、陸王の目は前方に五人の人影を確認することが出来た。彼らはこちらを見ているようだが、どうやら泉の前にいるようで、その辺りは深く地面が抉られたようになっているのも見えた。けれど抉られた地面の中には、まるで川の中州のように無事な地面が長々と尾を引いている。その後ろからは、もう大きく崩れているが。


 陸王はそれを見止めて、おそらく爆心地はそこだろうと踏んだ。陸王達三人は火の精霊に守られたと聞いた。それに陸王自身も火の壁を見たのだ。それを目にした直後、五体がばらばらになるような衝撃を受けた。


 泉の前、その中州。そこが火の精霊に守られた場所だと確信した。


 と、その時、後ろからついてきていた男達が急に駆け足になり、ばたばたと足音を立てた。


 反射的に陸王は振り返り、抜き身のままだった刀を構えたが、男達は陸王と雷韋のことなどどうでもいいとばかりに二人の横を擦り抜けていく。そうして彼らは泉の前に集まった。

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