第五章

蠢動 一

 松明を持っているのは、六人の男達だった。顔形は凡庸だが、昨日ちらっと確認したように、一風変わった衣服を身につけている。やはり見たことのない独特な織物だ。そのせいか間近で相対すると、纏う雰囲気も独特だった。そんな彼らが、やけに殺気立った目をして陸王りくおう雷韋らいを遠巻きに囲む。


 それに負けず劣らず陸王は男達に軽く目を馳せて、その黒い瞳に胡乱うろんな色を乗せた。



「どうにも穏やかじゃねぇな」



 そう言ったのは陸王だった。雷韋は真剣な瞳で周りを見ている。



「あんたら、こんなところで何をしているんだ」



 言ったのは陸王と雷韋の正面にいる、がっしりした身体の男だった。目つきは鋭く、どこか蛇を思わせる粘質を感じさせる。そして、その声音は酷く高圧的だ。



「一体どこから来た」

「向こうだ」



 言って陸王は、今では森でなくなった森の方へと顎をしゃくる。

 男は陸王の示した方へと視線を向けてから問うてきた。



「どうして山の中に」

「ずっと向こうの山の麓にな、廃村があった。そこまで来たはいいが、このガキが山の様子がおかしいと言い出してな。それでここまでやってきた」

「山の様子がおかしい? どういう意味だ」



 男が言うのを聞いて、陸王は辺り一帯を眺め回した。



「実際おかしいだろう。木々は薙ぎ倒されてるわ、山は崩れてるわ。それともこの状態がここじゃ普通なのか?」



 そう言ってから陸王は雷韋に目配せをする。それに対して雷韋は小さく頷くと、男に向かって言った。



「それだけじゃない。精霊の気配がおかしいんだ」

「せいれい? なんだ、それは」



 男がわけが分からぬという顔をしているのと同時に、陸王と雷韋を囲む男達がひそひそと声を交わし始めた。皆一様に、わけが分からぬという顔つきだった。


 それでも雷韋はかまわずに続ける。



「精霊は精霊だ。この世の形なき元素。そして意思を持って世界をめぐってる存在だ」

「はぁ? 何を言ってるんだ、小僧」



 今の説明だけでは確かに分かるものも分からないだろう。そこで雷韋は、足下に落ちている小石を拾って男に放った。


 男も反射的にそれを受け取る。



「それは石だろ?」

「あ、あぁ。どこから見ても、ただの石ころだ。これがどうかしたのか」



 胡散臭げに男の蛇のような目がすがめられた。



「その石を石たるべくしてるのは、根源マナという形ある元素と精霊エレメントという形なき元素が融合してるからだ。その石から地の精霊を抜くと、ぐにゃぐにゃになって崩れる。やってみようか?」



 雷韋が言うと、男達は皆一様にぽかんとした顔をする。理解が追いつかないどころか、言葉の意味すら頭に入らなかったのだろう。


 雷韋はそれにもかまわず、上向きに手を翳して、指先で何かを手招くようにした。


 途端、男の手の中にあった石がぐにゃりと形を変えて、もろもろと崩れ去った。


 男はそれに驚いて短い叫び声を上げたと同時に、掌から石の残骸を払い落とした。周りからもどよめきが上がる。



「分かったかよ。精霊がいない状態の根源なんて、脆いもんさ。この世の全ては根源と精霊で出来上がってる。俺はその精霊の声を聞く精霊使いエレメンタラーだ。もっと大雑把に言えば、魔導士さ」

「魔導士?」



 男達がその言葉にはっとした顔になる。



「魔導士ってのはあれだな? 魔術とか言う不思議な力を使うとかなんとか。古い昔話で聞いたことがある」

「昔話ぃ?」



 雷韋が眉根を寄せて、頓狂な声を上げた。


 男はそれにかまわず、雷韋の足の先から頭のてっぺんまでを蛇のような粘質な眼差しで眺めながら返す。



「昔話というか、言い伝えのようなものだな。外から来た奴がそんなのがいると言っていたらしい。だが今は外から来る奴もいないし、俺達も外には出ない。だから魔導士ってのが本当に実在するものなのかどうか、確かめる術もなかった。でも坊主は魔導士なんだな?」

「そうだって言ったじゃん。魔導士ってよか、精霊使いってのが正しいけど。でもまぁ、根源魔法マナティア召喚魔法サモンが使えないわけじゃないから、やっぱ分かり易く言えば魔導士なのかもな。それにほら、そこに光の球が浮いてるだろう? これも魔術であらわした明かりだ」



 雷韋は陸王の脇で漂っている光の玉を指さした。

 男達もそれを見て、納得したように数度頷く。



「おい」



 そう口を開いたのは陸王だった。



「お前らは村の外に出ないのか? それに外から来る連中もいないのか? 例えば行商人や旅芸人なんかだ」



 陸王の言葉を聞いて、男は皮肉げに笑った。



「もう何百年も外との行き来はない。俺達の村は山の中腹にある。古い昔には行き来はあったのかも知れんが、今はない。だから山を下りる道もなくなってる」



 そこまで言って、男は顎を一撫でして陸王から視線を外した。



「いや、昔一人だけ外に出て、そのあと帰ってきた女がいたな」



 そう言って考え込むような様子を見せたが、隣に立っていた男に肘でつつかれて我に返る。



「あぁ、そんな女がいたってだけだ。外のことも自分に何があったのかもまともに喋らないで、帰ってきてから間もなくして死んだ。外で何があったやらだ」



 長嘆息をして口を閉ざしたのを見て、陸王が再び声をかける。



「病気か何かか」

「病気ってわけじゃない。戻ってきた時にはもう衰弱しきっていたからな。身体が持たなかったんだろう。無理に外になんか出るからだ」



 それを聞いて、雷韋は陸王に無言で顔を向けた。おそらく陸王が聞きたがっているのは花梨かりんの母親のことだろうと気付いたからだ。何が目的なのか、それは雷韋には分からなかったが。


 いや、もしかしたら陸王は贄のことを確かめようとしているのかも知れない。けれど、当然村の者達は贄のことを喋るわけがないと思った。今、花梨の母親らしき女のことを話しはしたが、花梨を産んで死んだとは言わなかったのだから。



「なら、俺達は久方ぶりに村に邪魔する客になるわけか」



 突然の言葉に、男も周りを囲んでいる者達も口をあんぐりと開けた。



「な、何を言っている!?」



 男はいち早く呆気にとられた状態から立ち直り、言った。



「部外者を村の中に入れることは出来ない。それに、今は重要事件で村も浮き足立ってる。この山を見ろ」



 言って、崩れ落ちている山の斜面を指さした。



「村にも損害が出ているんだ。災害時に余所者を入れることは出来ない」



 それを耳にして、陸王は雷韋に声をかけた。



「お前、精霊の様子がおかしいと言ってたな」

「変も何も、今だっておかしな気配をひしひし感じてるよ。肌にびりびりくる。これは水の精霊の気配だ。しかも狂ってる。放っておいたら何が起きるか分かんねぇよ」



 雷韋は当然ながら、わざと強く言った。


 しかし陸王と雷韋を囲む男達は、眉根を寄せて目を見交わし合っている。


 それはどうしたものか、と迷うていだ。


 陸王はちらと辺りに目を馳せてから歩き出すと、目の前にいる男を問答無用で押し退けた。そして歩き出しながら雷韋に声をかける。



「雷韋、水の気配がするのはどっちだ」

「あぁ、あっちだ」



 闇に覆われて何も見えない場所を指さして、陸王のあとを追おうとする。が、その腕が掴まれた。



「ちょっと待て。余所者に勝手をされちゃ困るんだ。『せいれい』だかなんだか知らないが、そんなものここにはない!」



 男が言うと、先を歩こうとしていた陸王が足を止める。そして雷韋は、



「何言ってる! 精霊は目に見えないだけで、俺達の周りに今も漂ってるんだぞ。それにさっき、石から精霊を抜き取ったのを見ただろう? 根源だけじゃ物質は用をなさないんだ。この世に存在するには必ず精霊が必要になる。今は水の精霊が狂ってるってのを感じるんだ。俺は精霊使いだから精霊が苦しんでるのを見捨てられない!」



 腕をとられて引き留められたが、逆に捲し立てた。

 けれども、男も黙ってはいなかった。



「この山には水神様が祀られているだけだ。水がなんとか言うが、それは水神様のことか? だったらお門違いだ。水神様がいらっしゃるからこそ、俺達村の者は豊かに暮らしていけるんだ。日照りの時でも、水神様が水を湧き上げてくださるから畑に水を引くことが出来る。何もおかしな事はない!」

「その水神ってな、なんだ」



 陸王が問うと同時に再び男達に囲まれる。



「水神様は水神様だ」

「俺らの村にかまうな! 出て行け」

「そうだ、余所者は出て行け」



 そのまま、帰れ戻れと合唱された。その騒ぎが伝わったのだろう。新たに別の男達十人ほどが集まってきた。



「なんだ、こいつらは。明かりのもとはこいつらか?」



 集まってきた中の一人が言う。その男は無精ひげを蓄えた、少し柄の悪い男だった。

 陸王と雷韋は知るよしもないが、それは花梨の伯父、樹大じゅだいだ。

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