呪い、そして精霊王 三

「関わるのはやめておけ。俺達には関係ない」

「何言ってんだよ。姉ちゃん、贄になりたくないって泣いてたじゃんか。俺は助けたい。それにあの泉だっておかしいんだ。もとに戻さなきゃ」

「どうやって」



 陸王りくおうは片眉をしかめて問う。



「どうって、精霊を散らすだけだ。循環の輪に叩き込めば、精霊は勝手に散っていく。あの泉は変だ。俺達に襲い掛かってきたんだぞ」

雷韋らい、よくよく考えろ。お前は俺の生命の綱なんだ。くだらねぇことに首突っ込んで死なれた日にゃ、俺が堪ったもんじゃねぇんだよ」

「そんな事言ったって、俺は精霊使いエレメンタラーなんだ! 精霊の様子がおかしいのに、おめおめ見過ごすことなんて出来るかい! それに死んだりしねぇよ! あんたがいたらな!!」



 そう言ってじたばたと藻掻き始める。藻掻いている最中に外套がいとうと服の襟が締まって、雷韋は呻き声を上げた。


 それにすぐに気付き、陸王は襟首から手を離してやったが、代わりに腕を掴んだ。



「なんだってそう断言出来る」

「あんたは強いだろ。俺一人じゃ無理かも知んねぇけど、あんたがいてくれたら俺だって死のうと思わないし、無茶もしない。そんな事出来るわけねぇじゃんか!」



 そう言う雷韋の顔に顔を近付けて、間近から陸王は雷韋の琥珀の瞳をめ付けた。


 雷韋も同じように陸王の黒い瞳を睨み付けてくる。


 どちらも己の考えを譲る気はないと言っている空気が辺りに漂う。


 そうして暫し睨み合い、先に目を逸らしたのは陸王の方だった。面白くもなさそうに舌打ちをし、雷韋を突き放す。


 どうにも雷韋の真っ直ぐな目は苦手だ。どこまでも光で照さんとするその瞳の勢いに負けてしまうのだ。


 穢れを知らない瞳だからこそ、尚、嫌だと思うし厄介だとも思う。

 そんな二人の遣り取りを見ていたセレーヌが口を挟んできた。



「貴方達はついなのですか?」

「実に不本意だがな、生憎とそう言う事らしい」



 鼻を鳴らして陸王が答える。

 それを聞いて、雷韋もむくれて言い返す。



「俺だって、好きであんたの対やってんじゃねぇよ。でも決められたことなんだから、しょうがないじゃんよ」

「はいはい。そうだな」



 物言いたげな含みがある言葉に雷韋は反発したくなったが、ここはぐっと堪えた。ここでこんな事を言い合っていても仕方がないし、それより何よりも花梨かりんのことが気になったのだ。



「なぁ、セレーヌって言ったっけ? あんた、花梨姉ちゃんをどこにやったんだ?」

「あの少女ならこちらです」



 そう言って、先を歩き出した。雷韋はすぐにそれを追い、陸王はそのあとから仕方なげに従う。


 洞窟の中は広く、それでも辺りを見渡せるのは光蘚ひかりごけのお陰だったようだ。壁面をびっしりと覆っている。


 しかもこの光蘚は通常のものではない。通常の光蘚は外部から入ってくる光を反射することで発光しているように見えるが、これは違う。微弱ではあるが、発光素地がある種類だ。つまり、自ら光を発する。それが壁面いっぱいに茂っていれば、場所によっては充分な明かりになり得た。


 ただそうはいっても、ランタンや松明の明かりとは比べものにならないが。


 途中、泉が湧き、光蘚の仄明るさに照らされて、明度の高い泉の中に水晶の結晶が垣間見えた。それが仄明かりを更に反射して、泉そのものが光を放っているように見える。


 と、先を行っていたセレーヌが立ち止まり、陸王を見た。



「そう、これは貴方にお返ししなければ」



 泉の脇に屈み込んで水面に手を伸ばすと、そこから何かが突き出てきた。


 よく見れば吉宗よしむねの柄だった。

 セレーヌはそれを両手で受け取り、陸王に差し出してくる。


 陸王は吉宗に一度目を遣り、それから女に目を遣った。


 何かを窺うような間を置いてから、陸王は吉宗を手に取る。水の中から現れたというのに、吉宗には水滴一つついていなかった。そして陸王は、懐かしい重さを腰に落とす。


 セレーヌも陸王が吉宗を腰に差したのを確かめてから、再び身を翻した。


 その女の背に、陸王は言葉を投げかける。



「ここはなんでも『水』だな」

「はい。わたくしは水の精霊の亜種ですから、ここでは眷属のものに全てを頼ります」

「そして外に出れば、お前は獣になってなんの力も使えなくなる、と?」



 それはどこか、嫌味ったらしい言い口だった。



「そうです。水の精霊王が湧いてからそうなりました。申しましたでしょう? わたくしは力を封じられていると」



 陸王の嫌味口などなんでもないかのようにセレーヌは返したが、雷韋はその話は初耳だ。慌てて声を上げる。



「精霊王!?」

「あの少女を贄に選んだのも、貴方達を襲ったのも、全て水の精霊王の仕業です」

「もしかして、あの水の穢れは精霊王のせいだったのか!?」

「はい。本来の土地の主だったわたくしに呪いをかけて、この洞窟の中でしか姿を保つことも力を使うことも、眷属に命を下すことも出来なくされました。その間、四百年にわたって精霊王は穢れた水を湧き上がらせて里の者達を穢し、呪いをかけました。そして過去、分身を作り、五年に一度の贄を要求したのです。贄を出さなければ容赦なく泉を涸らしました。その結果として出来たのが、贄の制度です」

「贄の制度? 穢して呪ったって……?」



 雷韋が不思議そうに口にする。



「里人達は穢れを受けているのです。皆、精霊王の汲み上げる穢された水を口にし、同じ水を作物にも家畜にも与えます。人は食物連鎖の頂点にいる、と言えばお分かりになるでしょう? 少しずつ溜まった穢れが一点に集まって人の口に入るようになりました。水を口にするだけで、呪いはかさを増していきます。大地の精霊も必死に解呪を試みています。ですが、今この瞬間に湧き上がってくる水も穢れていて、解呪しきれないのです」

「でもここだってどっかに入口があって、外と地繋ぢつながりだろ?」



 セレーヌは肩越しに雷韋を見た。



「いいえ。ここは外と直接には繋がっていません。精霊達に張らせた結界の中なのです」

「え。じゃあ、完全に水の結界の中って事か?」

「外とは繋がらないほらの中です」



 少し困ったような笑みを浮かべると、セレーヌは再び前を向いて歩き続けた。


 そうして、少し屈んで天井の岩を潜り抜けた先に、陸王達がいた空間とは比べものにならない、まるで小部屋のような空間が現れた。


 そこに花梨かりんはいた。陸王や雷韋と同じように、透明な水の寝台の上に横たえられている。


 陸王はそれを目にして、



「何故この女だけ、ここに隔離するように離されているんだ」



 言って、きつい眼差しをセレーヌに向ける。

 セレーヌはその眼差しを真っ向から受けてこう答えた。



「ここがわたくしの輩出された、最も聖なる場所だからです。この結界の中で、一番清浄な水が湧き出ています」

「それくらいの場所じゃねぇと、あいつの呪いは解けないって?」



 小馬鹿にしたように鼻を鳴らし、陸王は花梨に目を遣った。


 少し離れているこの場所から見ても、花梨の腕に現れた黒い痣は薄れた様子も見せていない。


 陸王の反応に、セレーヌは辛そうに目を閉じた。が、すぐに開くと今度は雷韋に目を向ける。



「お願いです。貴方の力が必要です」

「う、うぇ? お、俺?」

「ここの大地は水と同じに清浄です。貴方は精霊使いでしょう? 大地の精霊力で彼女の呪いを解呪してください。水による清浄な力も、流石に彼女の呪いを解くことは出来ません。呪を解呪しない限り、彼女は贄のままなのです」

「あ、贄の証ってやつか。そりゃまぁ、いいけど。俺だって姉ちゃんを助けたいし」



 言って、ちらりと陸王を見た。


 陸王も仕方なげに、僅かに顎を煽らせる。やってみろと、とでも言うように。


 ここは致し方ないと思ったのだ。さっきのめ付け合いで、先に目を逸らしてしまった。だから花梨を助けることだけはなんとか承諾しようと思った。

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