嘗て演劇をやめた話
~1ヶ月後~
「よーしみんな!明日は一日自由にしてくれ!文化祭を回るもよし、練習するもよし。好きにやってくれ!
練習をしたいと言うのなら、俺に言ってくれれば場所を用意するから!そんじゃ、今日も練習お疲れ様でした!」
「「「「お疲れ様でしたー!」」」」
レンの締めの挨拶でみんなそれぞれに散っていく。まだ練習をする人、帰る人など様々。
「かーかーおーちゃーん!練習付き合って!」
「お、俺も!」
「私も!」
「ぼ、僕も!」
「今日は逃げないでね!」
「ちょ、ちょ、わかった、わかったから!逃げないから離れて!」
あれからというもの、意外にも私にアドバイスをして欲しいという人は増えた。ずっと最初に見た 5 人だけと思っていたら色々な人に頼られた。 それも中学の時の同級生たちも謝ってきて演技指導してくれと言ってきた。
絶対にレンが何かしたのだろうけど、私はそれの中身を考える余裕はなかった。
だって全員の演技を見ておかなきゃいけないから他のことを考えている余裕がなかった。
〜1時間半後〜
「よ、ようやく終わった」
「お疲れさん。これ奢り」
「ありが……ってチョコミルクじゃんか!嫌いなのわかってて持ってきたでしょ⁉︎」
「うん」
「よーし覚悟しろ」
「ごめんごめんて!ちゃんと別の持ってきてるから⁉︎」
と、頭ぐりぐりしてるとオレンジジュースを渡されたので解放する。
「やっほぅかかおちゃーん。相変わらずラブラブだねぇ」
「ちょ、違うって!」
「そうだぞ柚子葉」
「……」
「え、何で睨まれてんの。そんなかかおが俺のこと好きとかそんなオチある?」
「んなわけないじゃん馬鹿なの?」
「ヒッデェ」
この時のレンに内心呆れていた柚子葉だったとか。
「あ、かかおさん明日文化祭回りませんか?」
「うん、どうせ暇だからいいよ」
「やったぁー!」
「あった。ふふ、これであの 2 人を……」
〜文化祭 1日目〜
「かーかーおーさーん!レンヤさーん!…あれ?」
柚子葉は朝礼などが終わり文化祭が始まると同時にかかおのクラスまで走ってきた。が、そこに 2 人はいなかった。
「あのー、かかおさんとレンヤさんはどこにいるかわかります?」
「レンヤは部活の先生に呼ばれてるって言ってすぐに出ていったぞ。かかおさんは……おーい、何か知ってるか?」
「お手洗い行くって言ってたからすぐ戻ってくるんじゃない?」
「わかりました。ありがとうございますー」
「お手洗いかー。ならこの辺で待っ…」
バァン!
「うぇ⁉︎」
トイレ付近で待っていようと思った矢先、そのトイレの中から大きな音が響く。周りにいたみんなも困惑していたが私は嫌な予感がして迷わずに中に入る。
「かかおさん!」
そこにはかかおと例の女子生徒が。
かかおの頬が赤く腫れていることから、叩かれたのか殴られたのか、手を出されていたことは明白だった。
「チッ」
女子生徒は柚子葉に何かを言うわけでもなく小さく舌打ちをして外に出ていこうとする。
謝らせようと腕を掴んだ柚子葉を力づくで払い除けて最後に一言だけ言う。
「いーい?これ以上レンヤ君に色目使うなら、あの人に近づこうってなら去年以上に酷い目に合わせるから」
「あ、そう。勝手にどーぞ」
「フンっ!」
そうして女子生徒は怒りを隠そうともせず外に出ていった。と、かかおさんのことを思い出しすぐに駆け寄る。
「かかおさん大丈夫?」
「うん、一発ビンタもらっただけだから。そんなに大きな怪我じゃないよ」
「ひっどい!先生に言おう?」
「いやいいよ。せっかくの文化祭なのに嫌な気分になりたくないから。それに演劇部が問題を起こしたってなったらみんなの舞台すら中止にされかねない。それは……嫌だから」
そう小さく呟くかかおさんを見て、今はどうにもできないと思い一旦諦めることにした。
だけどそのまま殴られ損なのは嫌だから代替案を…。
「…わかった。でも文化祭終わった後に絶対に言おう?レンヤ君にも」
「わかっ…って、え?なんでレンにも?」
「当たり前じゃないですか。さっ!それよりも文化祭回りましょう!リフレッシュです!」
と、柚子葉はかかおを強引に立ち上がらせ外に引っ張っていった。
そんな2人を見ていた人間が、1人。
「忠告はしたわよ」
「みなさんすごいですねぇ」
「うん。すごい練習してたんだね」
「わたしたちも負けてませんけどね!」
「絶対見に行くって」
「絶対ですよ?当日にやっぱなしはダメですよ?」
「わかってるって」
「あ、2 人ともー!」
「「?」」
吹部などの演奏会が終わり今度は出店を回ろうとなり外へ出ると演劇部の 1 人に呼び止められる。
「レンヤから伝言!明日少し早めに来てほしいって。やることがあるとか何とか」
「わかりました。でもなんでかかおさんも?」
「さあ?柚子葉さんとかかおさんに、と言うことしか聞いてないです」
「ま、明日行ってみればわかるよ。ありがとう」
「ありがとうございます」
「いえいえ、ではお二人も楽しんで」
「ところで、あの人って誰ですか?」
「演劇部の人じゃないの?」
「いや違うと思います。見たことないです」
「じゃあレンと面識ある人じゃない?」
「ですかね」
その時の 2 人は特に怪しむことなく、誰に確認をするわけでもなく文化祭を楽しんだ。 この時にレンヤに聞いていればきっと、違ったかもしれないのに。
〜文化祭 2日目 早朝〜
「おかーさん行ってきまーす」
「はい行ってらっしゃい。気をつけるのよ?」
「わかってるー」
「レン君に舞台楽しみにしてるって伝えておいてー」
「わかったー」
「おはよ柚子葉さん」
「ふぁあ……おはようですぅ」
「眠そうだね」
「だってぇ、5 時半おきですよ…」
「それはお疲れ様」
「でも変ですね。みんな呼んでるって聞いたんですけど。私たち以外誰もきてないですよ?」
「レンに聞いたの?」
「いえ、私達に伝えてくれた人に」
「へー。まあ待ってれば来るんじゃないかな。多分最後に早めに通し稽古をしておこうとかその辺だと思うけど」
「でもそれだとかかおさんを呼ぶ意味がよくわからないんですよね」
「確かに」
今よくよく考えると腑に落ちないことが多い。
そもそも本当にレンはみんなに召集をかけたのかな。
「あ、連絡来ました。……ええ?」
「どうしたの?レンから?」
「いや、他の演劇部の子から。『教室だと通し稽古できないから体育倉庫前に来てくれ』って。ついでに小道具とかも体育倉庫に納めさせてもらってるから出しておいてくれって」
「ふーん。てか何で私達に」
「わからないです。そもそも何で体育倉庫に小道具が…?」
「収める場所なかったんじゃない?」
「そうなんですかね……レンヤさん舞台袖に置くとか言っていたような」
「とりあえず行ってみたら分かるんじゃない?」
「そうですね。それに時間があるならあるでかかおさんとたくさん話せますしね!」
「めっちゃポジティブだね」
「それがわたしの取り柄なので!」
と、明らかにおかしなことになっていたのに笑顔とめちゃくちゃ明るい声で言ってくれるので少しだけ気が楽になる。
「あ、鍵開いてる」
「本当だ。確か小道具を出しておいてだっけ?」 「はい、えーと……あ、あれです!見たことあるので多分間違い無いかと!」
「何でわざわざ奥に……」
「ちょっと待ってくださいね。かかおさんそこで受け取る役お願いします」
「わかっ…」
その時、ふと柚子葉さんの上を見てしまった。
何かの入った袋。それが柚子葉さんの上に落ちようとしていた。
「柚子葉さん、危ない!」
「え?」
思わず柚子葉さんに覆いかぶさりに行く。その瞬間、頭を鈍器で殴られたかのような感覚に陥り、同時に白い何かが舞う。片目に入ってしまったのと少し吸い込んでしまい咽せてしまう。
だけどそれ以上に頭と足が痛かった。
どうやら足は鉄製の何かに打ち付けたらしい。
「かかおさん⁉︎大丈夫⁉︎」
「だ、いじょう……ぶ、だから……。ゆずは、さんは……」
「大丈夫です!それよりも……」
「よか……た、舞台、前の、ヒロインに、けが......させるわけには……」
柚子葉さんが無事で安堵し、わたしは意識を失った。
「かかおさん!かかおさん!しっかりして!……〜〜っ!とりあえず、保健室に…いや、でも先生いる…」
ガチャ
かかおさんを背負い、外に出ようとした瞬間に何か鍵をかけるような音がした。
私が向かおうとした方向から。
「え?ちょっ!あの!開けてください!」
それは倉庫の扉が閉められた音だった。
ドンドンと叩いてみるも周りには誰もいないのか反応が何も無い。
どうすればいいのかわからず、とりあえず周りを見渡して何かないかを見てみると一つの袋が目についた。
私たちの上に落ちてきた白い粉が入っていた袋。
特に使えるわけでは無いとは思うが、材料名に目が奪われた。その名前は『水酸カルシウム』。
「これ、人体にとって激毒じゃ......」
記憶が確かなら目とかに入ろうものなら失明すら起こしかねないほどの化学物質。
確かに昔はこれで白いラインを引くのに使っていたって聞いたけど…。
いやそんなことよりも、尚更早くここから出ないと。かかおさんはこれを思い切り被っていたんだから。
「誰かー!いませんかー!誰かー!」
大声で叫ぶも何も反応はない。
「あ、そうだ!携帯……ってあれ⁉︎鞄は⁉︎」
入り口付近に置いたはずの鞄がどこかに消えていた。もちろんかかおさんのも。
「と、とにかく、人が通りかかるまで声出しながら……何か、何かできること……」
このままだと舞台に間に合わないけど時間が迫ったら、きっとレンヤ君たちが私たちのことを探し始めてくれるはず。
でもかかおさんのことを考えると悠長なことはしてられない。どうすれば……。
「ん?何か声聞こえね?」
「そうか?気のせいじゃないか?」
「聞こえた気がしたんだけどな」
「幻聴だったりして」
「そうかなぁ」
「よう!レンの舞台いつからだっけか?」
「初回が 11 時。是非来てくれよ。初回の時に来てくれた人は売店のチケットサービスするぜ」 「おっ。いいね」
「そういや、それ関連というか、かかお……藤崎と柚子葉…松岡さん知らないか?」
「さあ?みてないぞ」
「そうか…」
通し稽古をするわけではないから別に構わないんだけど、朝早くに出たって聞いたから学校にいてもおかしくないはずなのに。それにかかおや柚子葉がサボるなんてそんなこと間違っても無いはず。
……何かあったとか?
「いやまさか、な」
だけど俺は嫌な予感が拭えなかった。
〜10時半 舞台袖〜
「柚子葉どこだ!」
「わからないわよ!とにかく探して!」
「俺もっかい教室の方行ってくる!」
「家は朝早く出たって!」
舞台袖は途方もなく荒れていた。
ヒロイン役の柚子葉がいないのとどこを探してもいなかったから。
「レンヤさん。柚子葉さんが来なかったら代わりに私が演じます」
「……」
そう言ったのは例の女子学生。それにこの場の誰もが驚いていた。だけど、逆に俺は何かがストンと胸の中に落ちた。
「いや、ダメだ」
「でもここで舞台中止にしたらそれこそお客さんに迷惑をかけるのでは?」
「……」
お客さんたちの心配をしているはずの女子学生の声は、わずかながらどこか嬉しさが滲み出ていた。散々色々な演技を聞いてきたから、それくらいはわかる。それとも騙し通せると思って馬鹿にしているのだろうか。
「……とにかく俺ももう一回探してくる。…遅くても十分前には戻る。もしかしたらみんなにアドリブを頼むのと役交換をさせるかもしれないから、みんなもう一度台本を、特に柚子葉の人物を読み込んでおいてくれ」
何よりレンヤは柚子葉と一緒にかかおもいないことに懸念を抱いていた。
2 人に何かあったのでは無いか。そして何かをしたのがこの女学生では無いか、と。
だけどそんなことを今言う必要もないと考えたのかレンヤは 2 人を探しに出ていった。
「はぁ、はぁ。ゲホッケホッ。スゥーー
だれかぁーー!!!いませんかぁーー!!!」
叫び続けてどれだけの時間が経ったのかわからない。あれからできることといえば小さな小窓を開け、その近くで叫ぶことくらいだった。でもその小窓の位置も校舎とは真反対側だったから声が全然届かないのだろう。
それでもやらないよりはマシ。
私はどうなってもいい。とにかくかかおさんを早く病院に…
「はぁっ、はぁっ。なんの、もういちど……
だれかぁーーー!!!いませんかぁーーーー!!!助けてくださーーーーいーーー!!!」
だけど何度叫ぼうとも結果は何も変わらない。現状は何も変化しない。
だからどうした。
諦めてなるものか。絶対に……
ドンドン!
「おい!」
と、そんな時だった。
ずっと閉まっていたドアが叩かれる音がした。慌ててそっちに近寄りドアを叩き返す。
「柚子葉!柚子葉か⁉︎」
その声の主は、最も望んでいた人だった。
「っ!レンヤさん!はい、私です!かかおさんもいます!」
「わかった、待ってろ!すぐ鍵持ってくるから!」「は、はい!あと救急車を!かかおさんが!」
「かかおが?どう言うことだ ⁉︎」
「早く!お願いします!」
「わ、わかった、待ってろ!」
声の主は、音の発生源はレンヤ君だった。
レンヤ君は急いでどこかに走っていった。
「う……あれ?ここ……痛っ……」
「かかおさん!良かった、目を覚ました……あっでも動いちゃダメです!それに……」
「大丈夫、頭も、足も痛みないから」
「いえ違うんです!これ、水酸化カルシウムって…」
かかおさんに上から落ちてきた袋のことをタジタジに説明すると袋を見て少し安心したかのように笑った。
まるで何事もないかのように。
「ああこれね。大丈夫だよ。袋は確かに昔のやつだから材料名は水酸化カルシウムってなってるけど中身は炭酸カルシウム製のやつだから」
「え?」
「だから失明とかその辺は大丈夫。化学の先生のお手伝いで中身入れ替えたことあるから本当に大丈夫。ライン引きパウダーのやつで水酸化カルシウムのやつは無いから。この袋なのも新しいの用意するのめんどくさがってこうなってるだけだから」
「よ、よかったぁ」
それを聞き、安心して腰が抜けてしまった。
「って、柚子葉さん声ひどいよ⁉︎大丈夫なの ⁉︎」
「だ、だい、じょう…げほっ」
無理したツケが回ってきたのか喉の辺りが急に痛くなりだす。
少しでも喋ろうものなら痛みが走るほどに。
ガチャッ
「2 人とも!大丈夫か⁉︎」
「わ、私は大丈夫。でも柚子葉さんが……」 「レンヤ、さん!公演まであとどれくらいですか!ケホッ」
「あと5分くらいだ。でも多少は遅らせてもいいって許可は取ってあるから。って柚子葉、声…」
「大丈夫です。お客さんを待たせるわけには行きませんから、早く、行きましょう。……かかおさんも、きてくれますか?」
「え?何で私も…」
「いいから!早く行きましょう!」
「ちょっ、まっ」
痛みを堪えながら私はかかおさんを引っ張って舞台に向かった。
〜舞台袖〜
「あ!レンヤ君早く早く!もう時間が……」
「わかってる。けどみんな。一つだけ聞いてほしい。柚子葉からの提案でもあり、俺からの提案でもある」
「「「「「「?」」」」」」
レンの言葉にすごく嫌な予感がした。
そしてたいていソレは当たるもので。
「柚子葉はちょっとした事故があって今万全じゃない。特に喉がやられてて、少なくとも舞台に立ち続けられるほど回復していない」
「はい。ゲホッゲホッ。なので、私の役をかかおさんに託したいと思います。どのみち、私はこんな状態では、お昼の公演はまだしも今からのは出られないです」
「ちょっ、ちょっと待ちなさいよ!何を勝手に!」
「それに、わたしの役を完璧に把握して演じることができるのはこの中でかかおさんだけです」
「ソレに関しては何ともいえないが、柚子葉が言うならそうなんだろう。
あと、俺がお前を採用しないのはもっと別の理由がある」
昨日わたしの頬にビンタした女子学生が声を荒げて抗議するも 2 人は落ち着いて制していた。
「お前、俺からの伝言って嘘ついて 2 人を朝早く集めたんだってな」
「え?ちょ、何の事…」
「かかおと柚子葉に伝言を伝えたって人を見つけて色々と聞き出した。そしたらお前に命令されたって言われたよ。
ま、お前のやったことの真偽は今はどうでも良い。
俺はお前みたいなのは人として絶対に選ばないってだけだ。
かかおがダメなら多少無理することにはなるが柚子葉に頼むさ」
「そんな勝手なこと……」
「おい、良い加減に分かれ。俺は、お前に、こっから出ていけって言ってんだよ。もちろん全部報告してもらってる。これから呼び出されるだろうな」
ソレからずっと反論させてそれを上からねじ伏せて、の繰り返しをしていると生徒指導の先生が入ってきて女子生徒を連れていった。
「で、他に何かある人はいるか?いないなら…」
「はい」
「なんだかかお」
「私、了承すらしてないけどなんでもうやる雰囲気にしてるの?私はもう舞台には立たないって何度も言ってるよね?」
「わかってる!だけど、今のお前にしか頼めないんだ!柚子葉以外にヒロイン役を演じられるのはこの中だとお前だけだ。頼む…かかお」
「お願いします。かかおさん」
「「「「お願いします!」」」」
突然レンと柚子葉さん以外の声が響いた。
その声の方向を見ると私がアドバイスした人たちばかり。
「みんながお前個人に対してどう思ってるか、お前がみんなにどう思っているか、そんなのは知らない。個人の勝手だしな。でも少なくとも演技に関してはこの場の全員が認めてる。そうだよな?」
「です!」
「もちろん!」
「これで認めなかったらただの嫉妬だっての」
次々と演劇部の皆が私の演技はすごい、認めてるなどと言ってくれる。
中には中学の演劇部の人もいた。
「だ、だから!は、舞台に立つなんて、そんな資格は…」
「かかおの気持ちはわかってるつもりだ。でも…頼む。俺たちに力を貸してくれ」
「……〜〜っ!わか……った!今回!今回だけ!けどこれ以降は演劇には出ないからね!」
状況が状況なだけに結局断りきれず、私は受けるしかなかった。
いや違う。自分でも分かってた。
私は、まだ、舞台を渇望している。
今までずっと言い訳をして逃げていただけ。
だから今度こそ向き合うべきなのだろう。
きっと今がその時。
「かかお、これ付けて」
「これって?」
「マイク。みんなつけてるから違和感はない、はず」
「わかった。……ありがとう、レン」
「ん?何か言ったか?」
「いや別に。それじゃ、頑張ってくるよ」
「おう。お前の演技を魅せつけてやれ」
トラブル続きで予定よりも十分近く過ぎてしまったが許容範囲。
舞台の開演だ。
『皆さんは、夢を持っていますか?
仲間がいますか?
あなたを支えてくれる人が、あなたが支えたいと思える人がいますか?
あなたは、まだ、夢を追いかけていますか?
これは夢を追いかけ、そして志半ばで止まってしまった少女と、少女を支える少年、そして大勢の人々の物語……』
プロローグを読み上げながらかかお達の準備を横目で確認する。そして衣装を着せていた人からOKが出たので少し早めに切り上げる。
『それでは大変長らくお待たせしました。これより、舞台の開演です。皆様ごゆるりとお楽しみください』
「……」
「か、かおさん。大丈夫?」
舞台袖に立つとどうしても去年のことがフラッシュバックする。少し息苦しくなって足が震える。
でも、もう逃げない。そう、決めたのだから。
「うん、大丈夫。しっかり柚子葉さんに、レンに、演劇部のみんなに恥じない演技、してくるから」
喉の調子はお世辞にも良いとはいえない。
でも、やれるだけのことはやってやる。
(去年と同じ事を考えてるはずなのに、こんなにも、目の前の景色が変わるんだね)
去年はヤケクソになっていてお客さんのことなんて何も見ていなかった。
でも今は違う。私のことだけじゃなくて、柚子葉のことが、レンのことが、お客さんのことが、照明をしている人が、いろんな人が見える。
嗚呼、そういえばこんなにも美しい景色だったね。
気づけば震えていた足は止まって思い切り前を向けた。
今は主役の男の子役の人が演じている。もうすぐで、私が出る番。
「……よし、いってくるね」
「はぃ!が、ばって!」
「うん、頑張るね」
「すげぇ……」
かかおの演技は、本当は練習をしていたんじゃないかと疑うほどに、素人目線とはいえ完璧だった。
アドリブももちろん入ってはいた。だけど舞台の雰囲気を全く壊すことなく、むしろ脚本をそう描いたのかと錯覚するほどに自然な演技だった。
舞台袖のみんなも、付き添いにいた先生も、誰もが目を奪われていた。
俺が書き上げたかった、表現したかった景色が確かに
「……あ!ちょっとみんな、少しこの場頼んだ!」
「え?あ、は、はい!」
ふと観客席に目を向けると、とある人を見つけた。
それを見て思わず駆け出した。
「かかおのお母さん。隣、良いですか?」
「あ、レン君。ええもちろん。良いわよ」
「失礼します」
それはかかおのお母さんだった。
曲がりなりにも喉に炎症を抱えている人に無理に代役を頼んだ事を、俺のわがままを謝るためにここまできた。
「お母さん、俺……」
「レンヤ君、ありがとうね」
「え?」
「かかおがまた舞台に立っている。その経緯はどうあれ立つのを選んだのはあの子。それだけで私はすごく…
嬉しい。
それに……あんなに楽しそうに舞台に立つあの子を久しぶりに見れたもの。レンヤ君には感謝してもしきれないわ」
「……いえ、こちらこそ。かかおには感謝してもしきれません。 アイツのおかげで……舞台は、こんなにも凄いものになってくれた。それに俺も、かかおが楽しそうに演じて いるのを見るのは、とても……なんというか、こう、嬉しいです」
「そう。これからも、かかおをよろしくね」
「はい勿論。俺の方こそ、かかおにはお世話になると思います。それと見にきてくださりありがとうございます」
「いえいえ。またウチにも遊びにきてね」
「はい。近いうちにまた。それでは舞台袖に戻るので失礼します」
「頑張ってね」
あれから1 時間経ち特に何事もなく舞台は終わった。それに伴い、今回舞台に出た人たちがもう一度舞台に出ていく。
それに戸惑っているとレンに腕を引かれた。
舞台に出た瞬間に身に感じたのは打ち付けられたと勘違いしそうなほどに大きな拍手喝采だった。
大成功したのだと。
やりきれたのだとようやく実感できた。
なんともいえない感情に思わず涙を浮かべてしまった。それを拭ってまっすぐ前を向く。
『皆さん、今回の舞台はこれにて閉幕となります!次回公演は昼の 3 時からとなります!昼の部ではヒロイン含め配役が変わりますのでよろしければ是非見にきてください!では、ありがとうございました!』
レンのスピーチにより幕がゆっくりと降りる。
その間も聞こえてきたのは大きな拍手。それが今まで舞台に立ってきた中で一番嬉しかったかもしれない。
この光景を私は絶対に忘れないだろう。
「かかお、声大丈夫か?」
「う、うん。少し辛いけど、多分大丈夫。薬飲めば多分、落ち着く」
「そうか……ごめん。無理言って、断れない雰囲気にまでして」
「いいよ、気にしてない。むしろ私こそごめん。ずっと…逃げてて」
「大丈夫だ。こうして俺はお前の演技をまた見れたから。それだけで満足だ」
「うん、ありがと」
少し恥ずかしくなってそっぽを向いてしまう。
「かかおさん!すご、かったです!」
「柚子葉さん落ち着いて。ほら悪化するよ」
「柚子葉ステイステイ。かかお疲れてるからまた後でな」
「はいっ!レンヤさんまた後で打ち合わせお願いしますね!あ、かかおさん、午後の部絶対に見てくださいね!」
「もちろんだよ。柚子葉さんの晴れ舞台絶対に見に行く」
〜放課後 帰り道〜
「…レン、演劇部、入って良いかな?」
「さあ?いいんじゃね?入部届出せば」
「ん、じゃあ文化祭が終わったら入部するよ。役者としては喉治るまでしばらく無理だと思うけど、私なりにやれる事をやりたい。まだ、私の夢を諦めたくない。それと……せめてもの御礼で、レンを手伝いたい」
「そ、そう、か。サンキュ」
「?顔赤くない?」
「気のせいだ!」
「えー?そうかなぁ?」
少し早歩きになったレンを小走りで追いかける。
「本当に、ありがとう。レンヤ。
私は、夢を叶えるよ」
「ん、かかおが女優だか俳優だかになって有名になったら友達に自慢するわ。こいつ俺の幼馴染!って」
「はは、そうなれるよう頑張るね」
これから『藤崎かかお』が有名になるのは、もう少し先のお話。
舞台に立たない/立てない私 アテナ(紀野感無) @AthenaDAI
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