第4話 私の原点

「お母さん。ちょっと話があるんだけど」


「どうしたの?」


「……」


いざ喋ろうとすると言葉がうまく出てこない。

そんな私の心中を察してなのかお母さんから口を開いた。


「レンくんのこと?」


「そう…とも言える。…文化祭の舞台の日までアドバイザーをするって、約束しちゃって」


「わかったわ。ちゃんと頑張りなさいね」


お母さんは何も聞かず笑顔でそう言った。


「うん……頑張る」




〜次の日〜


練習場では案の定私が見えた瞬間に大騒ぎになった。


「だから何でこの女が!」


「アドバイザーだっつってんだろ。アドバイスを受けたいやつだけが受ければいい。みんなも聞いてくれ!

基本的にかかおはお前たちの演技には何も口出しはしない。あくまでも、アドバイスが欲しい、って人はかかおに直接言うこと。それが嫌だ、小っ恥ずかしいってんなら俺に言ってくれたらいい。俺経由で伝える!わかったら練習再開!」


私が演劇部の練習場に顔を出すと案の定大半に嫌な顔をされた。 極一部…公園でアドバイスをした人たちだけは喜んでいたけれど。


そんな中誰の目も気にせず走ってきた人が1人。思い切り抱きついてきた。


「来てくれたんですね!」

「まぁ……うん、気まぐれだけど」

「それでも嬉しいです」

例の天才っ子が手を持ってブンブンと振ってくる。

「柚子葉。かかお困ってるから一旦ステイ。お前も稽古行ってこい」

「はぁーい。かかおさん放課後またお喋りさせてくださいね!では!」


そう言って勢いよくどこかへ行った。


「個性的な子だね」

「松岡柚子葉。前に言った通りかなりの天才肌。だけどそれを周りに自慢するわけでもなく誰よりも遅くまで練習して努力してる。舞台に対しての情熱は役者の誰よりもある」

「ふーん。で、はい。ちょうだい」

「ん?」

「台本。どうせ私のもあるんでしょ」

「ああ勿論」

「今日は台本を読み込んでおくから。アドバイスを求めてきたらその都度対応はする。それじゃ私は外にいるね」

「おう」



〜放課後〜


「かーかーおーさーん!一緒に帰ろ!」

「……」

「いつの間に仲良くなったんだかかお」

「私が聞きたい…」


柚子葉さんが練習終わり直後に飛びついて頬をスリスリさせてくる。

犬かなと思ったのは内緒。


「んじゃ仲良くな。俺もうちょっとやる事あるから」

「あっ、ちょっ!」


レンはそそくさと何処かに行ってしまった。 ほぼ初対面に近い 2 人を置いていくって鬼ですか。


「ねえかかおさん。公園に寄って少しだけ演技を見てくれない?」


「いいけど……それなら部活の時にすればよかったじゃん」


「ほら、部活の時だとあの人が……ね?それにかかおさんも困ると思って」


どうやら私のことを考えてのことだったらしい。


「......ありがと」


私は小さくお礼を言った後、妙に恥ずかしくなって少し早歩きになってしまった。


「え?柚子葉さん演技初めてまだ半年くらししか経ってないの?」

「うん。高校から始めたんだ」

「それであんなに上手なんだ......確かに期待の大型新人とか言われる訳だね」

「え?そんなふうに言われてたの?」

「うん」

「ほぇ~。あ、話変わっちゃいますけど、かかおさんが役者さんを目指していたきっかけをお聞きしても良いですか!」

「私の?そんな話すような理由じゃないよ。聞くだけつまらないし」

「それでもお聞きしたいです!」

「わかったわかったから顔近づけないで⁉︎」


有無を言わさず詰め寄ってきて思わず押し留めてしまう。この人、前世犬なんじゃないかと本気で思ってしまうくらいには近寄られてびっくりした。


「あー、その、単純だよ?それでも聞きたい?」


「もちろん!」


柚子葉さんの目に押されたのか、それとも一時の気の迷いなのか、私は静かに口を開いた。


「……私がドラマの俳優さんたちの真似をしてたらお母さんたちが凄いって喜んでくれて、それでもっと喜んで欲しくて……それで役者を、俳優を、目指してた。ただそれだけ……。ね、つまらない理由でしょ?」


「どこがつまらないんですか?すごく立派な理由じゃないですか」


「え?」


「それでつまらないと言うなら私の理由もつまらないですよ。私なんか誰かを喜ばせようとか立派なものじゃなくて舞台をお客さんとして見て、興味を持って、『面白そうだから』って理由だけですもん。だから、かかおさんの理由はとても立派です。私が保証します」


「......ありがと」


少しだけ心の中の何かが軽くなったような感覚になった。こんなにも自分自身を肯定されたことがあまりなかったから。


「でも何を見て興味を持ったの?プロの劇団?」


「いえ、とある中学校での卒業生による 1 人演劇ですね。タイトルが確か『ロミオとジュリエット』」


…ん?あれ?なんか物凄い身に覚えがある。


「ねえ、それって」


「私が見た劇では、普通 1 人で全てを演じれるようなものではないものを、独りで、ほぼ全部演じ切っていました。独りなはずなのに、それを感じさせない多彩な声質。演技。どれも凄くて声が出ませんでした。まあその舞台は途中で無理が生じたのかクライマックス直前で幕引きしていましたけど」


と、柚子葉さんはこっちを見てくる。それにどうすればわからず、思わずたじろいでしまった。


「ああごめんなさいごめんなさい!ちが、いやそういう風に見えちゃいますが違います!あの、私が言いたかったのは……


かかおさんのあの演劇は、確実に誰かに良い影響を与えていました! 確かにもっといい方法とかあったのかもしれない。でも、私はたとえ独りになってしまってもお客さんを楽しませようと、演じ切ろうとする貴女の姿勢に、心を打たれたんです。


それで、かかおさんをこんなにも舞台に熱中させた理由は何だろう、と興味を持って、少し真似をして見たらそれが面白くて、それで演劇部に入ったんです。本当はかかおさんと一緒に舞台に立ちたかったんですけど、かかおさん入っていないって聞いて少し残念だと思っていました。レンヤ君は『何でいないんだアイツ!』って騒いでましたけど」


「あーうん。容易に想像つくなぁ」


レンのマネすらも一瞬本人かと思うくらい似ていた。


本当に演じることに関しては天才なのだと思ってしまう。にしても、あのヤケクソな舞台ですら誰かに影響を……


「柚子葉さんありがとう」

「え?何かお礼言われるようなことしました?」

「ま、何でもいいから。受け取って」

「わかりました。受け取っておきますね」

「うん。それじゃ、練習やろうか」

「はーいっ!」





「おっ、かかお。柚子……」


公園でかかおと柚子葉を見つけ駆け寄る。声をかけようとしたが途中で声が途切れた。そこでみた光景に目を奪われてしまったから。


『------』 『~~~!』 『……~~っ!』


声は決して大きくはない。が、周りのことなど見えないかのように演じている 2 人をみて足が止まった。 少し周りを見渡してみると多くないとはいえ十数人に見られていた。 今もたまたま通りかかった人が足を止めて 2 人の芝居に見入っている。


「……スゲェ」


それは素直に心から漏れた感想だった。

確かに今回は実際の人たちをモデルに書いていた 脚本モノだったけど、ここまで鮮明にその人たちが喋 っている様子をイメージできたのは初めてだった。


「(ていうか、かかおのやつもう脚本覚えたのか?部活の時に渡したんだから 2 ~ 3 時間しか経ってないはず なんだけど…)」


『~~~』 『------』


最後のセリフを言い切り、2 人とも流石に疲れたのか地面に座り込んだ。


その瞬間に起こったのは拍手喝采。アンコールなどの声。


少なくともこの場にいる誰もがこの 2 人の演技をもう一度見たいと思っていた。無論俺も含めて。

2 人はようやく周りの観客に気付いたのか少し恥ずかしそうにお辞儀をしてその場を離れていた。 それを追いかけて肩を叩く。


「よっ。お疲れさん」

「レン、もう用事終わったの?」

「当たり前だ。別れてからもう一時間は経ってるぞ」

「え?」

「レンヤさんおつかれさまでぇす!」

「おう柚子葉も自主練お疲れ様。毎日すごいな」

「いえいえ。それに今日は何て言ったって、かかおさんとお喋りできたから万々歳です!」

「だってさかかお」

「う……」


ニヤニヤしながらいうと余計恥ずかしくなったのか顔をタオルに埋めていた。


「にしてもかかお、喉大丈夫なのか?」


「うん、セーブしながらやったからなんとか」


喉を押さえて少し辛そうにしているかかおに問いかけると作り笑顔で答えてくる。多分嘘なんだろうけど、それを今指摘する理由は無かったし、することでもない。


「そうか。でもちゃんとケアはしとけよ」


「わかってる。あ、そうだレン」


「なんだ?」


「この脚本、また何かの曲をモチーフに書いてる?」


「ああ、そうだけど。……何でわかった?」


「いや、わかるでしょ」


「演劇部の奴ら誰も気づいていないんだけど」


「そうなの?こんなに分かりやすいのに」


「あのなぁ……俺の好きな曲知ってなきゃそもそもわかんねぇっての。結構マイナーな曲選んでるんだから」


「そう?」


「ああ…。……なんだよ柚子葉」

「いえいえ、べつにぃー?」


視線を感じるふと横を見てみると柚子葉がニヤニヤしながら見てきていた。


「それで、どんな曲なの?」

「後で LINE で送るよ」

「あ、私も私も!元の曲知ったらもっといい演じ方できそうですし!」

「わかったわかった。柚子葉にも送っておくから。でもあんまりその曲に囚われないでくれよ?」

「わかってるって」

「わかってますよぉ」

「そんじゃ早く帰れよな 2 人とも。柚子葉は電車だろ?」

「あっ!そうでした!ではこれにて帰ります!かかおさんまたお願いしますね!」

「うん。柚子葉も頑張って」

「はいー!ではレンヤさんもお疲れ様です!」

「お疲れ様」





「なんで、なんであの 2 人ばっかり。私も、私だって、レンヤくんが......」


怒りからか嫉妬からか、手に血が滲んでいたことに本人はまだ気付いていない。


「そうだ、あの 2 人が演劇の世界からいなくなれば、舞台に立てなくなれば、きっとレンヤ君は私を......」





「凄かった」


「何が?」


レンと一緒に帰る途中に急にそんなことを言われた。


「柚子葉との演技。俺が想像してた通りの光景がそこにあった」


「へぇ、柚子葉さん凄いんだね。私も見てて...」


「かかおもだよ」


「え?」


「自覚ないのか?」


「ちょっと何言ってるかわからない。そうやっておだてて舞台に立ってくれって言うつもりでしょ」


「言わないっての。喉の炎症のこと聞いてるし」


「え?誰に」


「かかおのお母さんに」


「レンには言わないでって言ったのに......。ま、聞いたなら話は早いでしょう?私はそもそも舞台に立って大 きな声を出せないの。今も完治してないから、下手すると声出すことすらできなくなっちゃうから」


「わかってる。でも俺は嬉しいな」


「何が?」


「かかおが間接的にとはいえ舞台に関わってくれたことが。それにお前の演技も久しぶりに見れたしな」


「ふーん」


「ん?顔赤くないか?」


「な、なんでもないっ!」


「いややっぱり赤いぞ。もう少し休憩してから帰るか?」


「い、いや大丈夫、大丈夫らから!じ、じゃあ私もう家に帰るね!またあしたっ !?」


「お、おい !?」


別れて家に走ろうと振り向いた瞬間にドテッと効果音のついてそうなくらい盛大にこけてしまう。

ああもう、踏んだり蹴ったり!


「と、とにかく!大丈夫だから、また明日演劇部で!」

「お、おう」


リビングに息荒く入るとそこには既にお母さんがいた。


「あらどうしたのかかお。レン君に告白でもされた?」

「違うからっ!」


家の中でも休息はもらえず、少し声を荒げてしまう。


「まだ進展してないの?早くしないとレン君イケメンなんだから誰かに取られちゃうわよ」

「べ、別に構わないわよ」

「えー?顔に嫌だって書いてあるわよ?」

「もうっ、おかあさん!」

「冗談よ冗談。でもかかおは遠慮しがちだからここぞと言う時に欲張らないと本当にレン君取られちゃうわよ?」

「もーお!」


ちょっと気を抜くとすーぐ!すーぐからかってくる!


「そういえば文化祭まで 1 ヶ月くらいだったかしら?」


「うん、そんな感じ。だから演劇部の人たちはみんな部活終わった後も場所借りて練習するんだって」


「かかおも行くの?」


「多分。でも見ることの方が多いと思う。役者として舞台に立つ気もないから。通し稽古とかにも入らないかな」


「何か演劇部で良いことでもあったの?」


「え?どうしたの急に」


「役者さんを始めた時と同じ顔してたから。楽しくて仕方ない、って顔」


「そ、そんな顔してたの?」


「ええ。いやぁよかったわ。好きなものが嫌いになる気持ちって私もよーく知ってたら。......かかお」


「うん?」


「ちゃんと、悔いのないようにね」


「......はい」


「さっ!今日は鍋よ!準備手伝ってかかお!」


「は、はーい!」





【味方はここにも一人いる それを忘れないで】

【この先は長く険しくて 喜びで 悲しみで 両手いっぱいになる頃は 笑顔でありますように】

【僕に飛び込んだら ひとりじゃない】

【目指す場所なんて 幾つもある】

【目指す場所ならば 共に創ろう】




「......主人公の男の子が挫折してしまった女の子への向けた感情、か。確かにレンらしいっちゃレンらしい書 き方してるなぁ」


途中途中にあるカギカッコでくくられている文章。


おそらくそれがレンが観客に、そして私に伝えたいことなんだろうと直感できた。それにしても台本を読めば読むたびに少し小っ恥ずかしくなる。どうみても女の子の方の背景が私に似てる。似すぎてる。


「レンが私へ思っている感情、ってところかな。......レンにそう思ってもらえるような、そんな人じゃないの にね、私は」


ううんネガティブなことは今は無し。手伝うと決めた以上やれることをやらなきゃ。舞台をより良いものにするために私を頼ってくれたのだから出来る限り力になりたいと、そう思っていた。

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