第2話 貴族探偵 解決編

 さて、私は自室に戻らずに、ミニィの部屋にお邪魔することにした。


 役に立たない自分の不甲斐なさを慰めてくれるのは、我が天使、ミニィしかいない。


 彼女を抱きしめて、元気を出すとしよう。


 子どもとはいえ、レディの部屋に勝手に入るなど失礼なことはできない。私はコンコン、とノックをした。


 すると、部屋の中からドタバタと音がして、ギィとドアの隙間から丸い瞳が覗いた。


「あの、申し訳ございません。ただいま着替え中なので、御用があれば後ほどご主人様のお部屋に私から向かいますので、お待ちください」


「むっ、すまなかった」


 バタン、ガチャと鍵を閉められる。


 少し寂しい気持ちになりつつ、自室に戻って待つことにした。


 怪盗が出てくる物語の本を棚の高いところから取り出す。


「これを読みたがっていたとはな……」


 縛りすぎるのはよくないのかもしれない。さまざまなものに触れて、いいことと悪いことを自分で判断できるようになることこそが、成長なのだろう。


 ほどなくして、ミニィがノックとともに現れる。私は温かく歓迎して、本を渡した。


「うわぁ……ありがとうございますっご主人様」


 屈託のない笑顔を見せるミニィ。私は嬉しくなって、彼女を抱きかかえた。


「たったかいですっ」


「ふふ、すまないな。なあミニィ、この屋敷で1番君が好きなひとは誰だい?」


「……?ご主人様に決まってますよ?」


 ミニィの答えが嬉しくて、私は強く彼女を抱きしめた。





 さて。


 この私、ガウス・ロスマルク3世は、小児性愛者のドラ息子であるが、コーヒーを飲めば多少は脳が冴える。


 ミニィに挿れてもらったコーヒーを流し込み、ふぅと目を閉じると、これまで起こったことがひとつひとつ思い浮かぶ。



『5日前に小麦粉25キロが3袋入荷』

『小麦粉25キロが一袋消えて麻袋だけが残されていた』

『新聞の文字を切り貼りした怪盗Xからの手紙が2日前に届いた』



 情報が浮かんでは消え、浮かんでは消える。

 

 やがてそれらはすべて溶け合い、ひとつの仮説が成り立った。


 私は、目を開けると、ミニィに尋ねた。


「パンはどこに届けるつもりだい?」


「………!」


 ミニィは目を丸くして驚いた。そして涙目を浮かべて、カタカタと震えた。


「……私の出身の……孤児院です……」


 



 さて、種明かしをすると、トリックとしては非常に簡単なものだった。


 怪盗Xの正体とはなんなのか。


 それ「だけ」を考えさえすれば、すぐに答えは出てくることだったのだ。


 怪盗Xからの手紙には切手が貼っていなかった。


 ここから父上は足元のつかないように配達員を使わず、怪盗X本人が、我が屋敷のポストに手紙を放り込んだのだと言い切っていた。


 私たちもついその考えに同調していたのだが、よくよく考えれば切手を使わずにこの屋敷に手紙を届ける方法はもう一つある。


 それはこの屋敷に住んでいる者自身が、ポストに切手なしの手紙を直接放り込むことである。


 この屋敷の者が差出人だと仮定すると、次に問題となるのはそれが誰かということである。


 手紙は、新聞紙の印刷文字を切り貼りしてるため、筆跡からは判断できない。当初、私は差出人の身元を隠すために、この方法で手紙を作ったのだと思っていた。


 だが、別の理由、たとえばこんなものはどうだろうか。


 犯人は『文字が読めるが、書けなかったから』新聞の文字の切り抜きで手紙を作成した。


 この説の根拠は、1〜2通目の手紙と、3通目からの手紙で、語彙が変化していることである。


 3通目の手紙から、差出人の名前はX、から怪盗Xへと変化した。これは2通目〜3通目の間に、差出人は「怪盗」という言葉を覚えたのではないか。


 段々と言葉を覚えていく差出人。考えられるのは、成長途中の子ども、ではないか。


 推測を重ねた説であるが、この説に則るなら、この屋敷にいる学習途中の子どもといえば、ただひとり、メイドのミニィだけである。


「…………お見事ですね」


 私の考えを聞いたミニィは、全てを認めた。手紙の差出人は自分だと認めたのだ。


「それと、共犯者がいるだろう?料理長の彼だ」


「………」


 ミニィは小さく頷いた。


 犯人がわかれば、あとはすべてが繋がる。この事件はミニィが関わっていることが決定づけば、もう簡単なトリックしか使われていない。


 小麦粉25キロ、3袋は5日前に入荷した。そのうちひと袋が空いていたそうだが、重さはほぼ25キロと変わらなかったそうだ。


 そんなことがあり得るだろうか。


 料理長は、パン一個に使われる小麦粉の量は80グラムと言った。


 この屋敷に住み、毎食パンを食べる人間は全部で10人。


 3食 × 10 人 × 80グラム ×5日

= 12000グラム

= 12キロ


 5日あれば、25キロの小麦粉は半分の12キロはなくなっているはずなのである。


 どんな測り方をしたとて、5日たってほぼ25キロなんて数字が出てくることはない。


 ではなぜ昨夜の食糧庫には、25キロの麻袋が3つあったのか。


 その答えの鍵はミニィにある。


「レディ、失礼だが体重は?」


 私の問いに、ミニィは恥ずかしそうに答える。


「にじゅう……ろくです」


 26キロ。ほぼ25キロ。これが答えである。


 昨夜ミニィは、麻袋の一つに入ったまま、一夜を食糧庫で過ごしたのだ。


 順番に説明すると、料理長は、5日のうちに、大急ぎで小麦粉25キロを使い切って、空の麻袋を作り出した。


 そのときできた大量のパンは、ミニィに少しずつ渡して、所在を隠した。確認はしていないが、いまミニィの部屋にはパンの山ができていることだろう。


 犯人を外部のものと断じている父上は、使用人たちの部屋をわざわざ調べない。


 メイドのミニィの部屋に入るのは、彼女自身だけなので、パンの隠し場所としては最適、絶対に見つかることはない。

 

 料理長が新聞紙に包んだパンをよくミニィに渡しているのことがよく目撃されていたが、手紙に使われた新聞も、ここから使われていたのかもしれない。


 さて、そうして空の麻袋を作った料理長は、袋の中にミニィを入れて、26キロの麻袋として、重さを申請した。


 袋の凹凸などでバレる危険はあったかもしれないが、食糧庫は暗所であるため、息を潜めて動かないことで、気づかれなかったのだろう。


 こうして、小麦粉の麻布2つと、ミニィの入った麻袋1つを食糧庫に残して、南京錠はかけられ、密室は完成する。


 朝になったら、ミニィは袋から出てきて、物陰に隠れて、扉が開いたら何食わぬ顔でみなに合流する。


 こうすることで、密室から中身の小麦粉が消えた麻袋が一枚床に落ちている、という不思議な状態が起こったのだ。



「というのが、私の華麗な推理なのだが、どうだろうレディ?」


 ミニィは、すべて合っていると自白した。


 私はほっと胸を撫で下ろす。ここまで格好をつけておいて、外れていたらどうしたものかと内心ドキドキだったのだ。


「それで、孤児院にパンを届けたかった、というのが動機ということかい」


 最後の確認に、私は動機を尋ねる。これだけがいまだ明らかになっていない。


 ミニィは、ゆっくりゆっくり話してくれた。


「はい……私は縁あってこちらのお家にお世話になることになりました。綺麗な服や、出来立ての食事を与えられ、私はとても幸せです。


でも、幼い頃から一緒に過ごした孤児院の仲間たちは、いまだにカビの生えたパンを食べて、布一枚で硬いベッドで寝ています。


自分だけが幸せになることに、納得ができなかったんです」

 


「それで料理長とともに結託して、孤児院にパンをこっそり届けていたのか。2つほど聞いてもいいかな?」


「はい……」


「なぜ、わざわざ予告状のような手紙を出したんだい?食糧庫を管理しているのは料理長だけ。騒ぎにしなければ、もっと穏便に小麦粉をくすねて届けることもできたんじゃないか」


「それは……騒ぎにすることで、ご主人様にきっかけを与えたかったのです」


「……?私に……?」


「はい、私が犯人として見つかり、こうしてあなたの前で自白すれば、時期当主であるあなたは……」


「……たしかに、いまの私はすぐにでも孤児院にパンの山を届けたくてたまらないよ。

聞きたかったもうひとつの質問なのだが、 それならば最初から私に頼ればよかったのではないか?こんな騒ぎを起こさずとも、料理長と結託せずとも、最初から私にお願いしてくれれば……」


 すると。


 ミニィの目は、一瞬だけ、ほんの一瞬だけ凍てつくほどに冷たいものになった。


「………っ」


 だが、すぐにミニィはいつもの丸い瞳に戻って言った。


「だって、メイドである私がご主人様であるあなたにお願いだなんて、差し出がましいではないですか……」


「………」


 私は、言葉が出なかった。


 つまりは、端的に言えば、私は……彼女にまったく心を開いてもらっていなかったわけで……信用されていなかったわけで……。料理長のほうがよっぽどミニィに信頼されていたわけで……。


 苦し紛れに、私はさきほどした質問をもう一度する。


 それは見苦しい、蛇足も蛇足の問いだったのに、その言葉は止まることなく私の喉から這い出た。


「ミニィ、この屋敷で1番好きなひとは誰かな……?」


 ミニィは、満面の笑みで答えた。


「もちろん、ご主人様ですよ?」


 子供は嘘をつくということを、なぜ大人になると我々は忘れてしまうのだろう。

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貴族探偵 ぴとん @Piton-T

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