百鬼夜荘(短)ぬりかべ五番勝負

山井縫

第1話

 ここは妖怪たちが共同生活している百鬼夜荘、に通じる裏路地。

 時刻は午後11時を過ぎた頃か。一人の男が歩いている。

 長い髪を後ろでひっつめ糸のように細い目が特徴的だった。

 半分くらい進んだ頃だろうか。

 突然前へ進めなくなった。

 「な、何だ? 」

 前には何もない、にも関わらず丸で見えない壁があるかのようだ。左右に動いても手を上まで伸ばしても同じことだった。

 「畜生、舐めやがって。この鎌鼬の修二様に喧嘩を売るつもりだな。面白れえ」

 彼はそのまま四つん這いになると、

「ううううううううううううっ」

 低く唸り全身に力を込めたかと思うと、突然飛び上がりグルリと身体を一回転させる。

 ドロンッ

 煙が立ち込めた中に現れたのは手の先が鎌のようになっている白いイタチだった。

 「はああああああああああ」

 イタチは己の鎌を見えない壁に突き立てる。

 「ふんっ、どうだっ! 」

 と、ふんぞり返るが。まるで生渇きのコールタールに鎌を突っ込んだような感じで手ごたえがない。それどころか、突き刺さった鎌がそのまま抜けないのだ。

 「あ、あれ? ちょ、ちょっと。いや、何よこれ。困ったな。ちょ、ちょっとねえ。あの、何とかしてよねえ」

 いくら彼が何を言っても反応がない。ただ、鎌は見えない壁に埋まったまま。

 今までの余裕が恐怖に変わる。既に彼の言葉は涙声になっていた。

「わ、悪かったよ。離してくれよ。降参だ。降参」

 そういった途端に鎌が抜けた。

「お、お、お助け~」

 そう叫びながら、鎌池修二はイタチの姿のまま一目散に逃げだした。


 後に残る者は誰もいないように見える。

 がそんなただの闇の中で声が響だけが響く。

 それは妖怪ぬりかべのものだった。

「人の世で暮らす百鬼夜荘の住人とやらがどの程度のものか試してやろうと想ったが口程にもない」

 彼の目的はただ一つ。道を通さないことだった。


「この調子で一人残らず追い返してやるわ。む、また誰か来たようだな」

 暗闇の向こう、今度やってきたのは金髪碧眼の女性。

 彼女はぬりかべの元にやってくるとそれ以上前に進めなくなる。

「おや? なんだいこりゃ。妙だね」

 見た目とは似合わない様な口調で呟く。

 そのまま両手でポンポンと当たりを叩く。

「なあ、あんた妖怪だろ。アタシは英国から来たもんだが、この国に馴染んで長いつもりさ。無駄な喧嘩はしたくない。通しちゃ貰えないもんかね」

 穏やかに問いかけるが、

「………………」

 返事はない。

「そうかい。どうしても通す気がないんだね。しゃあない、久々にやるかね」

 言うと、「はあっ!」叫び声をあげて力をこめる。

 するとザンッと音がして背中から大きい蝙蝠の様な翼が映えた。

「なに? そ、そんなのありか? 」

 沈黙を守っていたぬりかべも思わず声を漏らした。

「じゃあね、これに懲りたら下らないイタズラするんじゃないよ」

 いうと、彼女は天高く飛び上がった。

 が、ぬりかべもそれで負けるつもりはない。いつもよりも高くかべを上まで広げていく。

「ぐっううううううううう」と女性が低く吠えるような声を上げ。

「うああああああああああ」ぬりかべが上げた地鳴りのような叫びが辺りに木霊した。

 そのまま二人の根競べとなったがどちらも一歩も引く気配がない。

「ちっ、これじゃあ埒が開かないね~。仕方ない、つかれんだけどやるかね」

 言うと一旦彼女は空中で身体を止める。

「な、なんだ? 降参か」

 ぬりかべは勝ち誇ったように言ったが、

 空中で止まった彼女の身体が突然薄くなっていく。そして辺りには霧が発生する。

「き、消えた? 」ぬりかべが驚きの声をあげるが、消えたわけではない。

 彼女の名前はメアリークレイトソン。英国生まれのヴァンパイアハーフだ。

 故に霧状に変化できるという吸血鬼の能力を使ったのである。

「じゃあ、通らせてもらうよ。日本の妖怪さん。国際問題にはしないどくれね~」

 ははははははははは。

 不気味な笑いを響かせて彼女は彼の身体を通り抜けていく。

「く、くそ。あんなのありか。卑怯もんが、だから西洋妖怪は嫌いなんだ」

 ぶつくさぶつくさ。愚痴っていると路地の奥から大きな独り言が聞こえてきた。

 また、誰か来たのだ。


「まったくあの学年主任の宮崎の奴、細かい事ぐだぐだいっちゃってさ。本当にむかついちゃうわ~」

 どうも酔っぱらってるらしい。

「ふ、酔っ払いか。こりゃ大したことないな。楽勝楽勝」

 闇に潜みながらぬりかべはほくそ笑む。

「メアリーも待っててくれればいいのに。友達がないわよね。あまりにむかついたから一人呑みしてきちゃった~」

 そんなことをいいながら、ぬりかべのいる所までやってくる。

「ありゃ? なによ、これ。全然進まないじゃない。私、そこまで酔っぱらってんのかしら」

 それから色々なことをわめきながら自分の目の前をパンパン叩く。

「なんで通れないのかしら。ちょっと、何これ? なんかのいたずら? 通しなさいよ」

 わめいても何をしてもだめだった。その事にようやく気付いたらしい彼女。

「よ~し、じゃあ。無理にでも通ってやるからね~。ともしび一つ!」

 言って胸の前に両手を垂らした。

 すると、真っ暗だった路地裏に青白い光の人魂が浮かび上がる。

「いちまーい」

 いうと、その前にお皿が一枚浮かび上がる。

「にまーい」

 更にもう一枚お皿が浮かび上がる。

 この要領で「さんまい」「しまい」「ごまい……」数えるたびに皿が増えていく。

 彼女は更屋敷菊奈と名乗っているが、元は番長皿屋敷のお菊さんだ。

 皿を数えることで怨念を積み上げていくことになる、そして、その最後に至った時、

「くま~い……やっぱり一枚たりない! 」

 ガシャーン、ガチャン、ガシャーン、ガチャ、ガチャ……

 皿が四散乱舞した。

 いくつかは先ほどの鎌池修二が突き刺した鎌と同じように通じない。が、

 四散し飛び散った皿の一つがぬりかべの下方部分を右から左に通り抜けた。

「………………」

 あきなが気づくと辺りには何もない。

 壁があるように勧めなかった道も普通に進めるようになっていた。

「あ、進めるわ。なんだったんだろ。ん~、飲みすぎたかな。気をつけなきゃね~」

 呑気なことをいいいながらそのまま帰路へ付く。


「くそっ。なんてことだ」

 悪態をつきながらぬりかべは戻ってくる。

 何が起きたのかというと、ぬりかべは上をどう触っても払っても動かないが、下を払うと消えるという弱点があるのだ。先ほど、あきなの放った皿が偶然下を通り、払う形になった。

 だから、一度消えざるを得なかったのである。

「くそっ。これでへこたれてたまるかってんだ。まだやるぞ」

 とそこへ、また路地裏を行くものが一人。

「はぁああ、やっぱりぃ、都会はぁ~すごいですねぇ~。夜にお店が開いててぇ~、お買い物ができるなんてぇ~」

 のんびりとした口調に小柄な体躯まだ子供の様だ。が、子供を脅かすことこそがお化けの本分。今こそ本気を出すときだろう。

「あれぇ~? 何もないのにぃ~、進めませんねぇ~」

「ふふふ。どうだ。手も足も出ないだろう」

「あぁ~。これはぁ~、あれですねぇ~ぬりかべさん! 」

 何かに思い当たったかのように言うと「ポンポコポン! 」グーを作ってお腹を叩く。

「………………」

「………………」

 初め、ぬりかべには何が起きたか分からなかった。実際何の動きもないのだ。

「あの小娘、逃げて帰ったのか? 」

 にやりと笑いそうになった時、気づいた。

 目の前に真っ白い壁がある。

「な、なんだこれ? こんなもんさっきまでなかったぞ」

 ふと気づいて後ろを向くとそこにも白い壁がある。

 横も同様で取り囲まれていた。

 そして、動こうにも動けない。

「お、おいっ。な、なんだよ。これ。どういうことだ」

 今までずっと通せん坊する側だった。

 自分がされる側になるなんて思わなかった。

 それはアイデンティティが崩される瞬間。

 妖怪にとってそれは致命的な打撃といってもいい。

「わ、悪かった。オレの負けだ。勘弁してくれ! 」

「もう、いいんですねぇ~はぁ~い」

 のんびりとした声が返ってくる。

 ドロンッ煙が上がり、声の主は人間の姿に戻る。

 彼女は盛狸山真奈美、去る地方を支配する化け狸の親分を父に持つ。

「お手合わせぇ~、ありがとうございましたぁ~」

「嬢ちゃん、狸だったんだな」

「ぬりかべさんとぉ~、同じようなぁ~技を~、私達もぉ~、つかうんです~」

 そうだ、衝立狸や野襖、道塞ぎなどぬりかべと同様の現象を起こす怪異は狸が正体だとしている地方も多い。

 故に最も相性の悪い相手だったのだ。

「大したもんだ、真っ向勝負で完敗だ」

 話している所へ、

「真奈美ちゃん、何やってるんだ? 」

 色白のぽっちゃりとした男の子がやってきて声をかけた。

「あぁ~、守さん~。迎えに来てくれたんですかぁ~」

 彼は孤宮守。その名の通り正体は狐で元は由緒正しい稲荷神社の神使だ。

「いや、べっ別に心配になったとかじゃないけどさ。他の連中が見て来いってうるさ……ん? 」 

 そこで、彼は闇の向こうに潜むその存在に気づいたようだった。

「今~、ぬりかべさんと~、技比べしてたんです~」

「ぬりかべか。へ~そりゃ面白そうだ。僕も相手になってもらおっかな」

 皮肉めいた笑顔を浮かべて闇に向かっていう守。

 しかし言われたぬりかべは、

「い、いえ。滅相もありません」

 と答えた。

 自分とその相手の差が歴然だったからだ。

 見ただけで身に纏う神力と妖力の差に身震いした。

 真奈美との対決で既に相当のダメージを食らっているガチで闘ったら身が持たない。

「じゃあ、もういい訳ね。さあ、いこ」

「はぁ~い。ぬりかべさん、おやすみなさ~い」

「はい。どうぞお気をつけてお帰りください」

 二人の姿を見送って彼は自信を喪失しかけた。

 完全に舐めていた。

 油断してた。

 負けを認めるしかないか。

 そう思った時、路地の向こうから誰かがくる。


「あらあら、すっかり遅くなっちゃわ」

 声の様子だと人間の女性の様だ。

 これだ。やはり準備もせずに無防備な状態で妖怪と闘うのは無理があった。

 でも、人間相手なら違う。

 今日はあの人間を驚かして優秀の美を飾ろう。

 想いながら闇に身を潜ませる。

 そして、女性はぬりかべの元まで到達した。

「あらあら、今時珍しいわね~。ごめんなさい、ちょっと急いでいるの」

 いうとその女性、金鞠須磨子はカバンから折り畳み傘をだす。

 そして、「誰か他のお相手を探してちょうだい。さようなら」

 言うとそれで彼の足元を払う。

 それでおしまい。

 今日の中で一番あっけない真っ向からの大負けだった。


「…………今日は帰ろう」

 彼は思う、この経験を糧にしよう。

 また地道にやるんだ。

 人の通せん坊して驚かして経験を積む。

 そして次こそは負けた連中に大きな壁となって立ちはだかってやるのだ。

 その想いを胸に秘め彼はその身を闇へと溶かしていく。


                               (了)



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