2 お泊りで出前寄席に

 さて当日のこと。あちら側では丁度その日に、その知人の同窓会がありまして、この一行を今か今かと待ってくれていたのでありましたが・・


 皆が揃ってから出発までは、まあまあ順調でありました。が、集合場所から高速道路の入り口に着くまでのほんのわずかな間に、欠席の予定だった弦巻さんに偶然出会ってしまいまして、彼が急きょ出席に変更し車に乗り込んだことから、この計画のつまづきが始まったのでありました。


 私と武田さんは榎木さんのベンツに乗せて貰ってヒューッとすっ飛ばし、海ほたるで皆を待っておりました。やっと後から来た三台の皆が揃うと全員で、海をバックに記念写真をパチリ。風で髪が乱れたとか、乱れる程の髪がないとかで、まあ賑やかなことといったらもう。こんな所でもはや皆すっかり楽しんで、のんびりくつろいでおりまして。

でも、あまりゆっくりしていられないんじゃないんですか。さあ出発ですよ。


 その心配は予想通りでありまして。全員が揃って目的地に着いたのは、それからだいぶ後のことでありました。こんなに遅刻してしまったのは、何でも弦巻さんが途中で何度もトイレに寄ったことが原因のようでして。皆は大慌てで着替えたのでしたが、やっと準備が整って会場に着くと、同窓会の出席者はもう待ちくたびれてわれ等のことなどどうでもよくなっておりました。


 

 「みなさん、東京からわざわざこの会に芸人さん達が来てくれました・・」

 と、馬さんの知人がアナウンスしても皆はチラリと視線を向けただけで、楽しそうに歓談しておりまして。 そこで師匠が叫ぶように。

 「えーお招き頂きまして参上致しました東米谷落語研究会でございます・・」

 ざわざわ、わははは・・ハッハッハ・・


まるで誰も相手にしようなんて気は皆無のようでして。 それならば、と師匠がまた

「えー、本日はこちらに議員さんが数名いらっしゃると伺っておりますが、私どもの会員の中にも数名の議員がおりまして・・」


 と大声で言うと、やっと何人かの人がこちらを見てくれました。

「そのうちの一人なんかはですねぇ、この会に入ったお陰でしょうか、衆院選で何とトップ当選しましたからねえ」

 その言葉に観客の視線の半分近くはこちらに。 と、なった所で馬さんの知人が

「この芸人さん達にひとつ噺をやってもら」

 言葉の途中で皆は又、仲間達同士の楽しいお喋りに戻ってしまい、誰も舞台の方すら見る人はいませんでした。


「えー、大変永らくお待たせしてしまいまして申し訳ございませんでした。それでは我々も折角こんななりして来ていますので、せめて自己紹介だけでもさせて貰って失礼させて頂きたく・・」

 と、いつも声だけは大きい馬さんでありましたが、皆もすっかり当てが外れてしまってどことなく元気がないようでして。


「こちらに書いてあります戒名は、えー私のやっておりました旋盤工から来ておりまして、奇怪亭小千万で・・」

「えー、酒之家金坊でございます。本日は同窓会だそうで誠に・・」

「みなさま今日は、初めまして。私は蕎麦屋をやっておりますので、芸名を鶴鶴亭つる子と申します、どうぞ宜しく」



 宜しく、と言われてはおりますが全く誰一人として聞いちゃぁおりませんようで。そりゃぁそうですよ、自業自得とでも申しましょうか、仕方ありませんね、こんなに嫌気がさすほど待たせてしまったのですから。

すごすご引き下がる連中に、多少の挫折感なるものもあったようですが、それはほんの一時のことのようでして。部屋に着くなり、

「いやぁ、うるせえうるせえ、あんなとこで噺なんか出来る訳ねえよな」

 ですからね。本当にずうずうしいことではありませんか。


 

 その夜は芸の披露が出来なかった鬱憤を晴らすかのように、飲むわ飲むわ、食べるわ喋るわ・・で明け方まで賑やかなことでありました。

この責任をひしひしと感じた弦巻さんは、何故か酔いが早くまわって早々にダウン。そして皆がやっと寝静まった頃には、廊下を行ったり来たりする怪しげな人がいて気にかかりますが、それは鍋さんでありまして。

 何だか酔っているせいか、おかしな行動でありまして。更に数時間後には、鬼頭さんがホテルの人に連れられて部屋に来ましたが・・・

 

「鬼頭さんのお部屋はこちらでしょうか。あ、そうですって、宜しかったですね、ではお休みなさいませ」

 鬼頭さんは部屋が分からなくなっただけではありませんようでして。翌朝、皆で食事をしていると少し遅れてやって来ましたが、その格好が少々妙でありました。風呂敷包みを小脇に抱えて、スリッパの片方を手で持っております。そして足元はと見れば、片方はスリッパでもう片方は革靴なのですから・・はて、まだ寝ぼけているのでしょうか。


 

 ホテルを後にして、それからは鋸山へ出かけました。皆は子供の頃の遠足を思い出して上機嫌であります。私も最初はそうでしたが、何しろ足腰が弱いのですからハイキングなんてもう大変でして。弦巻さんはしっかりハイキング用のシューズで足早に、そして広原さんはつっかけサンダルで最後まで歩き通すほど、軽快な足取りでしたが私と鬼頭さんは、皆の後をついて行くのがやっとでありまして。


 時おり足を止めてあたりの景色を眺めたりもしておりましたが、そのうち冗談の一つも出なくなりまして。切り立った岩肌や千を超える沢山の羅漢さん達を見ても、お喋りな私は一言の感想も発することが出来ない有様でした。


 ロープウエーの中や大仏の前ではやっと一息ついて、私は五十代という年齢の重さをしみじみと感じ入っておりました。その時に小耳に挟んだ金ちゃんと広原さんのひそひそ話によりますと、何でも鬼頭さんが部屋探しで夜中じゅう歩き回り、あげくには部屋の廊下の隅でとぐろを巻く蛇に遭遇したそうでして。


 慌ててフロントに連絡し、大捕り物が始まりそうになったのですが・・しかし、よく見るとそれは蛇ではなく、何と鍋さんの帯でありまして。 そう言えば昨晩の鍋さんは妙な酔い加減でありまして、着物から帯がスルッと抜けたのもわからなかったようでありました。


 この人、過去にも同じことがありましたから、後でそれを聞かされても皆は又か、で済むのでありますから、鍋さんのウエストが細すぎるのがいけないのか着方が悪すぎるのか、落語を研究する前に一度そのことを研究してみる方が大切なようであります。


 つる子さん念願の思い出作りの旅。まあ、真夜中のホテルで大騒ぎにならなかっただけでも、良かったことと思いましょう。


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