第31話 思い出づくり 1 海を越えて行きましょう
近頃では話すことにも慣れてきた皆は、自分の話しやすいもの、笑いが多くてうけるものなどを研究して、それぞれが得意とする噺を決めて練習するようになりました。
武田さんは忙しい仕事の合間をぬっては、物覚えが悪い悪いとこぼしながらも、とうとう「子ほめ」を仕上げることが出来ました。榎木さんは五合さんのもちネタを拝借して「ラブレター」を、そして小千万さんは得意の「目薬」から「時そば」まで幾つかの噺をマスターして、着物に合わせるかのように練習に励んでおります。
金ちゃんはと言えば、あれほどスカイブルーの清々しさよと、べた褒めに思い込んだのは私の見る目がよほど痛んでおりましたようで、「真田小僧」などをそりゃぁもう、オーバーな演技でもって笑わせてくれまして。
こまっしゃくれた子供を表現したいのでしょうか、悪あがきに近い演技のその何とくさいこと、くさいこと。
あの「トロピカル奄美」の創作落語の時のくどさをそのままに、金ちゃんの落語には品格という言葉が見当たりませんようで。その上宴会では、今では榎木さんにも全く引けをとりませんで。
「♪ちちも出て来た毛も生えたぁ~♪」と名曲「青い山脈」の替え歌を、お尻を振り振り全く下品に歌い踊り狂うのであります。
しかしどうもいけません、この会には何故こうもチチだの毛だのというゲスな単語が、よく出て来るのでありましょうか。どうやら金ちゃんや榎木さんにとって「落語」は、語の品格を落とすという意味であるようでげすなぁ。(ゲスとげすで洒落てみたんでげすよ~、わっかるかなぁ?)
武田さんはすっかり「子ほめ」を仕上げることが出来て、あとは思い出作りの旅行に行くことだけが念願となったようでありまして、皆が揃えば言う台詞がいつもこればっかり。
「ねえねえ、いつか皆でどこかへ思い出作りの旅行に行きましょうよ」
すると必ず榎木さんがそれに答えて言うのがこうでして。
「なにおばはん、冥土の土産に思い出作りの旅行だってか。どこへ行きたいって言うんだよ」
「そりゃぁ私は何てったってハ・ワ・イ。ビーチもいいし、ゴルフもとっても楽しいわよぉ」
韓国好きの広原さんと榎木さんは
「ねえ師匠、韓国行きましょう。いいよぉ韓国は」
旅行なんてほとんど行ったことのない私は、そこに聞きかじりの情報で仲間入りを。
「韓国の垢すりって本当に綺麗になるんですってね」
「そうだよ。師匠、垢すりホントいいよ。寝てるだけで袋の裏まで綺麗にしてくれるんだから・・」
「何だよ、袋の裏まで垢まみれなのか」
と、榎木さんが嬉しそうにすぐ反応致します。しかし、どうしていつもこう下品な会話に行き着くのでしょう。
でも飛行機嫌いな馬さんには、そんな話に少しも魅力は感じないようでありまして。
「海外旅行は絶対に行かない。飛行機に乗らなきゃいけないだろ、ごめんだね」
で、いつも話はここで終了するので、なかなか思い出作りは出来ないようでして。
しかし、ある日のこと。
「つる子姉さん、海の向こうに一泊旅行だよ。思い出作りに行くかい」
「えぇえ、師匠、飛行機恐いんじゃなかったの」
「そうだよ、どうしたの師匠」
「何か思うことでもありましたかな」
と鬼頭さんまで真剣な表情で訪ねます。
「なぁに海の向こうだよ。何も海外旅行って言った訳じゃないんだから。」
「ここは羽田だよ、向こう側は千葉だ、とくりゃぁアクアラインで海の向こうへ一泊旅行、いいじゃないか」
「何だぁ千葉かぁ。で、何でまた」
こんなやり取りが暫く続きまして。 結局馬さんの千葉の知り合いがこの素人落語家さん達の噺を、聞いてやろうじゃないかという話があって、落語を披露しに出かけることになったのであります。
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