選手権大会としごき 2 きつい稽古

 そんな訳で、自分達の無謀ぶりがやっとわかった皆でありましたが、こんなことではへこたれはしませんで。初めて真剣に優勝と言う目標に向かって努力をすることになりました。 結構なことです。その精神に賛同して、あの馬さんの後輩の、本物の師匠である笑遊師匠が稽古をつけてくれることになったのであります。


 皆の張り切りようったらありません。もうすっかり来年の優勝をイメージして、本物の師匠の稽古に備えました。 が、元気だったのは初めの頃だけで、わずか二時間ほどの稽古中に、意気のいい声が聞こえたのはほんの十数分で、あとはいつもの皆はいずこに、という具合でありました。稽古は本物に任せていましたから噺家もどきの師匠馬さんは休会し、仕事に専念しておりました。


 「え、今なんて言ったの。そりゃぁ違うでしょうよ。ご隠居が右向きでしょう、こっち向いてどうすんの。」

 「お前さんね、上下(かみしも)をまず徹底するのが第一歩というもんだよ」

 「声が小さ過ぎるよ、このやろう、って、これ位の声出せないの。本気で怒ってごらんよ。声がちっちゃかったら何にも聞こえないよ」

 「ほぉら、なんで扇子をそんな風にグーで握るのよ。ちょいと摘む位でいいんだよ」


 これらのことは大体いつも、つけ馬師匠に注意されていることばかりであります。けれど今日は本物の師匠の指導でありますから、真剣に聞かねばなりません。ましてや遊び半分のような気持ちでいようものならば、きついお叱りの言葉が飛んで来るのでありますから。

 皆はこの稽古が嬉しくもあり悲しくもあり、で複雑な心境でありました。ですから勢い込んで始めたうちの何人かは、もうその日のうちにスッパリ出場を断念し、笑遊師匠の檄を気楽に聞ける側にまわりました。



 次回の稽古日には、笑遊師匠の都合が悪く仲間が代わりに指導にやって来ました。

ニコニコと笑顔の穏やかな優しそうな人でありましたから、皆もホッとひと安心。ところがひとたび稽古に入ると、まるで人が変わったようになってしまって、その指導の厳しいことといったらありませんで。


 「何回言ったらわかってもらえるの。それでいいとでも思ってるなら大間違いだよ。」

 「それはおかみさんの台詞でしょう。だったらそんな言い方はしない筈だよ」

 「ああああ、どうしてそうなんだい。基本的な間違いじゃないか。だって、いや、そんなこと一度も教えてなんかいないよ・・・」

 「おや、今なにか言ったかい。聞こえなかったよ全く。え?言いました。何を?」  

 「へえぇ落語やりながら言い訳すんの。はきはきした言葉がどうして出ないんだろうねぇ。」


 「そこのあなた、何て言ったっけ、そう、与太さん、しっぺ返しをひっぺ返しって言ってないかい。それからこう、なんだ、日照りにあったまっちまったアメみたいに、ぐにゃぁって座るの止しておくれよ。」

 「手はきちんと膝の上にこう置いて。肩の力は抜いて・・・と言うとすぐグターァっとする。何だい、男だろう、シャキッとしなよ本当に!」


 「それから、そのおとっつあん、あなたねぇ起きてるの。あ、そう。あたし、てっきり話しながら寝てんのかと思ったよ。あたしもつられて今ちょっと寝ちゃったけどね。そりゃぁあたしも眠たいよ、でも眠りに誘ってどうしようってえの。不眠症克服の集まりじゃぁないんだろ。」

 「そんでもって、その今の噺なんだけど、創作もいいけどさ、それまとまりに欠けてんじゃない。悪いこと言わないからさ、もうちょっと練った方がいいよ・・」


 このスパルタ式稽古の途中で、弦巻さんと鬼頭さんは脱走致しました。皆はこの時に初めて二人がとても仲良く、肩を並べて嬉しそうに歩いて帰る姿を見たのでありました。その後は皆も妙に静かになって、一人二人と帰っていくと、いつのまにか誰もいなくなったのでありました。



 笑遊師匠も馬さんもこの稽古の様子を知りませんでしたから、皆が急に稽古を辞退し出場も見合わせると言い出したので、不思議に思いました。口の重い皆からはなかなか理由は聞き出せませんでした。そこで私がばらすはめに相成りまして。


 「ばかだなぁ、あいつは。 何だい、自分が俺や師匠に注意されてることそのままを言ってるだけじゃぁないか、偉そうに! ったく、なに勘違いしてんだろう。」

 「相手は素人さんだよ。本業じゃぁないんだ、そりゃぁ俺だって優勝に近づけてやりたいと思ってリキが入ることもあったよ。だけどあいつがねえ、そうかい。そりゃぁやんなっちゃうわな・・」

 と、笑遊師匠は半分笑いながら、半分は真面目になって謝ったのでありました。



 そういえば落語の中での稽古所の風景はこんな風ですからねえ、参考にしなくてはいけませんな。

 「まぁぁ、お上手で。ほ~んと、いいお声ですこと。妙に不思議なへんてこりん、いえ、変にくせのない、何とも色っぽくってすばらすぅ~い。 親方、あなた本当にスジがよろしくって・・」とね。

 

  

  どうせどんなに厳しく指導されたって、皆の腕前じゃぁ優勝なんて限りなく無理に近いのですから、そこは気持ち良く皆をくすぐってあげなければ、落語界の為にもならないかも知れません。でも回復力の強い皆は落ち込みからすぐに立ち直り、決して落語嫌いにはなりませんでした。

 それどころか暫くすると、新調した着物を披露したい、本物の噺家さんと同じ舞台で喋ってみたい、出番待ちの楽屋の雰囲気がたまらない魅力で・・・などと己の実力を無視してまた出場申込書を出しているのであります。


 たかが素人の落語とはいえ歴史のある大会で、全国の落語好きが集まって力試しを致します。回を増すごとに実力もアップして来ていますから、なかなか優勝するのは難しいのであります。馬さんも早いうちに出ておいて良かったな、と内心では思ったりもしています。


  今年も皆は「オリンピックの精神にのっとり、参加することに意義あり」と張り切っていますが、それには異議あり!ではありませんか。 ろくな練習もしないのではね、念の為。

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