第30話  選手権大会としごき 1 出てはみたけれど

 みのほど知らずのお気楽な連中は、もう三十年以上も前に師匠が出て優勝したという大会に、出てみたいものだと考えるようになりました。それぞれが自分に合った噺を選んで練習するようになってから、何度か人に聞いて貰う機会が増え、少し自信が持てるようになって来ていたからでありました。

 しかし自信と実力は別のものと理解している人などいませんから、その大会がどれ程レベルの高いもので、今の自分達が出るにはまだまだ早いものだとは考えません。


 そこで、一度見学に行こうではないかと勇んで出かけて行きました。所は「お江戸日本橋亭」という本物の寄席です。「全日本素人落語選手権大会」と書かれた看板の前で皆はとても感激し、少々興奮気味でありました。


 師匠が優勝したのは大会が始まってまもない頃でありましたが、それから毎年欠かさず全国の落語好きの自称噺家さん達が、ここに集って芸を競い合っているのであります。さすがに歴史ある大会ですから、出場者の演技はそれはもうすごいの一語に尽きまして、われ等仲間の出る幕などあろうはずがありません。


 出る人出る人がまるで本職と間違えそうなほど上手なのですから、恐れをなしてとても出ようなどという気にはなれない筈。 なのに、そこが身の程知らずの連中のこと、ますます自分も出てみたいという欲求にかられたのでありまして。

そして翌年、早々と出場の申し込みを済ませ、晴れの舞台に立ったのでありました。

 


 まずは一兵さんが希望してトップバッターに。でも打席に立つとこれがもう大変でして。何しろ憧れの本物の噺家さんと同じ舞台で演じるのでありますから、緊張しない訳がありません。沢山のクイズ番組出場で肝が据わっているはずの彼でも、喉がカラカラになって「時そば」の蕎麦に汁けが足りません。ツルツル、ズルズル・・といきたいところがスススス、ズススス・・。これではいけませんや。

また来年、二杯目に挑戦することに致しましょう、ということに相成りました。

 

 そして翌年は豊楽さんが挑戦し、師匠の持ちネタの「へっつい幽霊」を熱演。「五十の手習いの落語でして」とのアピールが良かったのでしょうか、新人賞を貰うことが出来ました。快挙です。           


  で、気を良くして翌年はこの俺がと、金ちゃんは随分な張り切りようで「真田小僧」をそれはそれは熱演致しましたのですが・・審査の結果は「鼻たれ小僧、又おいで」となりました。 けれどこの鼻たれ小僧、気分は爽快でありまして、本職さんと同じ舞台にたてた喜びを押さえきれません。

 

 鍋さんの撮ってくれた五割り増しの晴れ舞台写真を、更に格好良くアレンジ致しまして年賀状にプリントし、年賀の挨拶の後に「酒之家金坊」と書き、その横になんと「マネージャー・金山もとこ」と奥さんの名を書き添えまして、得意になって大勢の人に出しました。が・・


 新年早々、親戚中から猛攻撃の嵐でありまして、

 「お前はまだそんなことをやってるのか、何故まともな職につこうとしないのだ」

 「いつまでたってもフラフラした奴だ、しっかりしろ」

 「もとちゃんに苦労ばかりかけて、馬鹿もんめが、いい加減に目をさませ」

と。更には日頃付き合いの浅い友人までもが久しぶりに連絡して来て、

 「お前、芸人になったのか。お笑いじゃぁ食えねぇだろうに・・」

 と、さげすみのエールを送られまして。

 

 誰もが洒落を解するものではないということを、しみじみ知らされた、有意義な年明けでありました。あっそうそう、忘れる所でした。この鼻たれ小僧でありますが、舞台でこまっしゃくれた坊やをしつこく熱演したお陰でしょうか、汗頭賞、おっと違った敢闘賞を頂いたのでありました。

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