第29話 馬さんにも衣装
着物がらみでもうひとつ、お話したいことがあります。
ひょんなことから始まったこの会も、気が付けば十年以上も続いておりました。その間には新しく仲間に加わる人もいれば、大埜さんや浦辺さんのように仕事などの都合で会を去る人もありました。そしてメンバーや応援してくれる大切な仲間のうちの何人かとの、悲しい別れもありました。
いつもニコニコして温厚な人柄の梅さんは、その名の通り梅の季節に、そして不動産屋の山木さんは闘病の甲斐なく、何度目かの入院で亡くなりました。
そうそう、この山木さんにも、例によって芸名を皆で考えたことがありましたが、いい加減な皆のことでありますから、悪徳不動産屋をイメージするものばかりでなかなか決まりません。そこでいつもの私の出番と相成りまして、商売の屋号をそのままもってきて「山木家四畳半」では、と提案致しました。
それには母上から「四畳半なんてイヤ、手直しを」とクレームが入り、それならば、と一畳半プラスして「六畳」にグレードアップ。そこへ更に師匠が最後の仕上げに「六之丞」と手直しし、立派にリフォームが完成したのでありました。
さてもう一人は酒屋のご主人で芦沢さん。町内の仲間達から何故か先生と呼ばれておりました。まるで横丁のご隠居のようでありまして、知識にたけた指南役のような方でありました。
その先生の形見の立派な大島紬の着物が、何と馬さんへ贈られたのであります。高価な物です、何とかお礼の気持ちを伝えたい、と考え続けた結果、馬さんは発表会にこの着物を着て、一席はなそうと決めたのでありました。あまり稽古熱心ではないいつもの馬さんでも、この時ばかりは猛練習を致しました。運転中も機械の操作中も設計をしながらも、そして歩きながらも一杯やりながらも・・です。
そして寄席の当日。着物を届けてくれた先生のお姉さんの見ている前で、こんな馬さんは今まで見たことがないと言われる程の出来栄えで、素晴らしい舞台を努めることが出来たのでありました。先生の形見の着物は「馬子にも衣装」ではなく、実に「馬さんにも衣装」という新ことわざが誕生しそうなほど、馬さんのちっぽけな実力を何倍にも何十倍にもさせて、演じさせてくれたのでありました。
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