第28話 こんな寄席風景なのです
皆の気持ちがぐっと盛り上がると、盛んに寄席を企画したりお祭りなどに呼んでもらおうと努力したりしましたが、芸が全く未熟でありますから付け焼刃と言いますか何と言いましょうか、いやはや本当に、自己満足の塊を無理やり人さまに押し付けているようなものでありました。
お祭りの大喜利では「お祭りとかけて」とお題を示されているにもかかわらず、豊楽さんは舞台の前に進み出てわざと
「お客さん、えっ、あ、そうですか、わかりました。そのお題、頂戴致しました。梅雨ですね、はい、では梅雨とかけまして、え~もうすぐ結婚式を迎える娘とときます」
と大きな声で言うのです。そうするとすぐさま他の仲間が「そのこころは」なんぞの合いの手を入れまして、
「晴れの日が待ち遠しい」と平然とした顔で答えるのであります。
更にはどこでも使おうと用意してある、切り札となった例の言葉を出してきて、
「お祭りに集まった本日のお客様とかけまして、産婦人科の待合室とときます」
「そのこころは」「太っ腹の人が多く来ています」
と言って、仲間うちで大笑いして喜んでおります。
またある時、近所の福祉施設のお祭りに参加した時のことでありまして。
町内の婦人部の踊りや中年のジャズバンド、手品、サンバのダンスチーム等々、沢山いる出演者の中で、どうしようもなく未熟なわれ等の出演に対して、舞台の一番前で座っていた数人が何故か大きな拍手と声援で迎えてくれたのでありました。そこで豊楽さんはすっかり気をよくしまして会場に響き渡る大きな声でご挨拶を。
「え~、東米谷の加山雄三です」と言いますと、そのお客達は「加山雄三だってぇ」とゲラゲラ笑い出し、しばらくの間止まりませんでした。豊楽さんはこのキャッチフレーズが気に入ってもらえたのかと思って嬉しくなり、更にテンションが上がりました。
「ねぇ、大家さん、どうしてマグロはマグロっていうんですかぁ」
「そりゃぁ海ん中を大群で泳いでいると真っ黒い塊になるだろぅ、まっくろ、まっくろでマグロってなるんだよ」
「じゃ、イワシってどうしてイワシってんですかぁ」
「お前、海ん中にトイレがあると思うかい。ないだろ、用を足したいなぁと思ってもしようがない。そんじゃぁ仕方ない、ちょいと岩のかげでシーッと。なっ、岩でシー、岩でシーでイワシとなったなぁ・・・」
会場中がどっと笑いました。するとその前の数人のお客達がまた妙に喜んで
「サンマがシーだって、あのさサンマ、私大好き。あんたは? サンマおいしいよね。ふふふ、サンマがシーだなんて、いやだぁ、おかシー・・」
と。こちとらとしましてはイワシが何故かサンマに代わったことがおかしかったのに、これが又いつまでもいつまでも笑いころげているので、その笑いに他のお客がみんな大爆笑して、噺の続きはもうどうでもいいや、と誰も聞いていないような状態になってしまったので、豊楽さんはすごすご舞台を降りてしまいました。
お祭りやお座敷の余興の席で、落語を聞いてもらうのはとにかく大変なことでありまして、こんな話術でぶつかっていくのは無謀なことに違いありません。ではゆっくり聞いてやろうじゃないの、という協力的なお客の前ではどうかといっても、やはりこの連中の技ではまだまだ無理のようでありまして。
それでもなおかつ、無理を承知で寄席をやろうと張り切るのが性懲りのないわれ等落研のメンバーなのでありました。
皆で楽しみにしていた寄席を開いてのことでありました。
金ちゃんの初舞台は小噺をちょいとアレンジしただけのものでしたから、あれから稽古を致しまして今回は少々ステップアップをしよう、と張り切って、金ちゃんは自分で創作した落語を披露することになりました。行きつけのお店「トロピカル奄美」の宣伝をするからぜひ皆で見に来てよ、とそりゃぁもうしつこく強制的招待をし、お店の人達を前にそのネタを得意気に披露したのでありました。
「お奉行さま、それは全くの濡れぎぬというもので、へい。 アッシは代金をちょろまかすような、そんな悪いことは決して致してはおりません」
「それならばそのほうに聞くぞ。スナックはえーっと何と言う名だったかな、そうだ、そのほうの名は確か『ツル・ピカリ尼の南無』と申したか」
「いいえわたくしは、『トロピカル奄美のなみ』という者でござい・・」
「なに、『トロ・ヒカリ・アナゴの並』か。なにっ違うとな。はっはっは、いやいや許せ、わかっておる、ちょっとかまってみただけじゃ・・・」
「してでくの坊、いや違った金の坊。その方あくまでも白を切るというのならば・・ええい、この桜吹雪が目に入らねぇか・・」
と言いながら金ちゃんは片肌を脱いで、前日の夜に奥さんからマジックで描いてもらったという、沢山の桜の花びらの描かれた腕を見せびらかしました。オーバーな動作で立てた膝からチラッと見える太ももが、ちょっぴりセクシーでもあり、前の席の中年女性には大いに受けたようでありました。
やたらお店の名前をアピール致しましたから、もちろんご祝儀はしっかりと頂戴しましたので、この方法で皆の行きつけ店の宣伝をして会の収入にしようかなどと、せこい考えが皆の頭に浮かんだりも致しました。
さて、金ちゃんの次に登場しました、人気女性噺家であるわれ等がつる子姉さんでありますが、この方もまた金ちゃんに負けず劣らず、この日すごいことを考えて来ておりました。相変わらずいつまでたっても小噺「桃太郎」から先に進まないのが気になって仕方のない彼女、いつも同じ話を真剣に聞いていただいて申し訳ございません、としきりに誤るので不思議な予感も致しておりました。が、その後の言葉がこうでして。
「え~、みなさま、毎度つたない私の話にお付き合い下さいまして誠にありがとうございます。いつもでございますれば、私が皆様に話を聞いていただいて、私の話の出来を皆様が評価してお点を付けて下さるというところでございますが、本日はその反対でございまして、私が皆様の話の聞きっぷりを採点させて頂こうと思っております。」
「どうぞ私の話を最後までしっかりと聞いて下さいませ、お願い致します。・・え~、あのぉ、もう始まっておりますよ、お点が付きますからね、そのおつもりでよろしく。」
「では、むかぁし昔あるところぉに、お爺さんお婆さんが・・。お婆さんは川へ洗濯に・・・お爺さんのおふん・ど・し・と、お婆さんの真っ赤な大きな大きな都腰巻を洗っておりますと・・どんぶらこっこ、すっこっこ、あ、皆さんただ今も採点致しておりますよ、それっどんぶらこっこ・・」
と、強力な予備校の指導者のごとく、採点だ得点だとやたらうるさいつる子姉さんでありましたが、オチまでたどり着きますってぇと
「え~そこでお爺さん、柴を刈らずにくさかった」で終わるやいなや、金屏風の後ろへスススッと走り小さな箱を持ってやって来ました。そして
「皆さま、本日は私の下手な話にお付き合い下さいまして誠にありがとうございました。皆さまは大変お上手に私の話を聞いて下さいましたので、私から差し上げるお点は満点でございます。」
「そこで皆様へのご褒美と致しまして、こちらをお撒き致しますのでお受け取り下さいまぁせぇ・・そぉれっ・・そぉれっ・・」
と叫ぶや、箱に手を入れ掴み取ったものを雨のように撒いたのでありました。皆は突然百円玉や五十円、十円などの小銭が目の前にバラバラと降ってきたものですからもうビックリしてしまい、慌てて拾うやら呆れて笑いころげるやらで、それはとても賑やかでありました。
そしてこの奇妙な落語というか変な出し物が、あげくの果てに鬼頭さんにまでも伝染してしまい、
「この頃の若い者の乱暴な言葉には弱ったもんですなぁ。うぜえ、とか、ざっけんな、なんて、全くもって何てぇ言い草であろうか。そうでしょうが。小さな子どもまでもがいっちょ前に、自分の母親に向かってクソばばぁ、なんて平気で言うんですからもう呆れてものが言えない、ったく。何てぇことだ本当に、よくもよくもクソばばぁなんて・・」
すると鬼頭さんの怒りの言葉に、弦巻さんが加勢したつもりなのでしょうか
「そうだ、そうだ。冗談じゃねぇやガキのくせに、クソばばぁなんて言うんじゃねぇ、クソしねえばばぁがいたら連れて来いってんだ、ったく・・」
そのヤジに鬼頭さんが烈火のごとく怒ったのは言うまでもありません。
「きみぃ、何を調子に乗って言ってるんだ、ばかものが! そういうことを言う奴が一番悪いということが全くわかっちゃいないのかね、愚者め! と言っても君には愚者というその意味すらわからんだろう、全くもって愚か者めが・・」
と、なかなか怒りが収まりません。
憮然とした鬼頭さんはいつものつまらない落語が更につまらなくなって、つる子姉さんの賑やかな舞台から急に暗くつまらない舞台に変わって、それもどうにか終わると皆が揃ってほっと息を吐いた程でありました。
鬼頭さんの喧嘩ごし落語、銭形平次のようなつる子姉さんの銭撒き小噺、金ちゃんのくどいCM落語など等で、どうなることかと心配された舞台も、師匠の落研時代の親友で木場の旦那が本職に弟子入りし、セミプロとして活躍している橘百圓(たちばなのひゃくえん)師匠がトリでしめてくれて、どうにかそれらしくまとまり終演となりました。
「私の名は橘百圓でありますが、消費税が付きますってぇと百五圓ということになりまして・・」と自己紹介しました彼でありますが、いやはや皆の芸を見せ付けられた後の本物の芸は、やはり消費税以上にすごい! としか言いようがありませんでした。
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