新年会 2 着物をお披露目に

 新年会の後には折角着物を着たのだからと、皆で行きつけのスナックに見せに行くことにしました。師匠は仕事場から駆けつけたので作業着でしたが、すっかりいい気分になってしまって、着物に着替えるのは面倒だと言い、作業服の上から着物を着ました。   

 

 帯もベルトの上から締めたので膨れ上がって、胴回りがぐちゃぐちゃで変でしたが、それ以上に裾から二十センチもはみ出したズボンはもっとみっともなくって、皆はいつまでも笑いが止まりませんでした。

 出かけるとは思わなかった馬さんでしたから、履物を持って来なかったので、はみ出したズボンの下は革靴で、小脇には着てきた作業服を入れた包みを抱えて、何とも奇妙な格好でありました。


 一兵さんは広原さんの所から近いからといって、コートも着ずにやって来たから寒いことこの上なく、両袖に手を引っ込めて

 「浮世の風が身に沁みるぅー。世間の風の冷てえことと言ったらねえや。♪花も嵐も踏み越えてぇ~♪」

 などと大声で叫んで、少しでも寒さを紛らそうとしながら歩いています。

スナックは十分ほど歩いた橋の向こうにあって、橋の上に来ると風は一層強く吹き、着物の上からジャンバーを着て寒そうに歩く馬さんは、行き倒れ寸前の男のような悲惨さでありました。



 広原さんや佐川さんは黒の毛皮のロングコートを着ていて、広原さんは何故かヤクザの大親分に見えました。そして佐川さんは色白な男がピンクの着物を着てロングコートを羽織り、小脇にセカンドバックを抱えているので、ここにピアスでもしていたらどこかのお嬢さまのようでありました。


 鬼頭さんと鍋さんはさすがにコート姿も立派で、上品な紳士が俳句の会へお出かけするようだったし、大埜さんもその連れの後輩のようでありました。武田さんは赤い着物に合わせて羽織りもコートも品良くまとめあげていたけれど、ヒョウ柄のロングコートを着た弦巻さんと並んで歩くと、まるで不良息子のお母さんのように見えました。


 浦辺さんはビシッと決めたようにも見えましたが、ふと足元を見ると汚れたスニーカーで、聞けば誰かに履物を間違われてしまったそうでして。皆はお互いの格好を笑いながら風に舞う落ち葉の如く、あっちこっちで立ち止まっては笑いころげて、三十分もかかってやっとお店に着きました。


 ドアを開けるにも手はかじかんで、身体はもうすっかり冷え切ってしまっておりまして、鼻水を垂らした一兵さんと、ズボンのいっぱいはみ出したみっともない格好の男達一行がワッと入って行くと、店の先客達は一瞬ビックリしましたが、その後は大爆笑となりました。


「えぇー、流しの噺家でございます。お客さん、一席いかがでございましょうか」

 と師匠が他の客達のテーブルへ行きかけると、広原さんや榎木さんも付いて来て、

「えー、酒之家豊楽と申しますが、どうぞ一つご贔屓に。それでは私、ここで師匠から習ったばかりのをちょいと披露致します。」

「あ、あー、えへん、『縁は異なもの味なもの、袖振り合うも多生の縁』なんてえ事を申しましてぇ・・」


「えー、悋気は女の慎む所、疝気は男の苦しむところなんてえ事を申しまして・・」

 と言ってふざけ出しました。いきなり来てすぐにこんな調子でやられたので、皆はすっかり面食らってしまいましたが、そのうち慣れて来てしまいには、榎木さんは女性客と一つの椅子にベッタリ座り、師匠と広原さんはソファーに正座をしてお客と向かい合い、扇子を振り回して噺の押し売りを始めたのでありました。



 やがて歌が始まり、佐川さんが「浪速の春団治」の台詞で、「そりゃぁわいはアホや」と言うと、「その通り」「そうだ」と全員でやじったら「そんなにまで言わなくても」と台詞そっちのけでムキになり、そうなると余計に皆はかまいたくなってくるのでありまして。師匠の「刃傷松の廊下」の「止めて下さるな」の台詞には、榎木さんが後ろから羽交い絞めをして止め、ついには押し倒したりもして・・。


 演歌に続いて激しいリズムに代わると、弦巻さんには以前、痛い思い出があるのでおとなしくさせておいて、代わりに広原さんと榎木さんが、クネクネと腰を振って踊って見せました。すると女性客も飛び出して来て一緒にクネクネくねらせて、男女で重なるようにして腰を前後に動かして見せました。弦巻さんはもう我慢が出来ずに自分も出て行こうとすると、

 「君ぃ、又痛くなってもいいのかね」

 と鬼頭さんがものすごい顔でにらむので、弦巻さんは意外にも「赤いグラス」を窓ガラスが割れそうな、しびれる低音のいい声で歌って見せました。


 武田さんは「瞼の母」の長い台詞に感情を込めて切々と語り、最後には「おっかさーん」と、手は遠く空をつかんで涙を浮かべるのでした。

 十二時に終わるリクエストは、鬼頭さんの前で終了したので、会はグッと盛り上がったまま、又「バーロー」も「救急車騒ぎ」もなく終わる事が出来ました。

 

  

 帰りはより寒さが厳しくなっていて、皆は真剣な顔になって家に急ぎました。ふざけてのろのろ歩く師匠と広原さんに、佐川さんは

 「次はロゼリアと三休のママにこの着物姿、披露しに行ってやろうよ、きっと喜ぶよ」

 と声をかけると、さっさと先に歩いて行ってしまいました。その後姿はどう見ても、やはり可愛いお嬢様のようでありました。


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