第14話 持ちネタ決まる

 何回か練習を重ねているうちに、各々の持ち味がよく出てくるようになって、誰にどの噺が合いそうかも分かってきました。中でも広原さんが一番熱心に「柿と栗」の小噺をするようになり、わずか数行の会話の中に身近な出来事をおり混ぜて、ちょっぴり話を面白くしています。「うーっ、寒いっ! という台詞だって本当に寒そうに感じられるようになって来ました。


 武田さんは「桃太郎」が大好きでいつもそれ。ドンブラコッコ、スッコッコという台詞が妙に皆に受けました。

 「誠にびろうなお話で申し訳ございませんが、ここでお婆さん下っ腹に力を入れたので、思わずブイイーッと出ちゃいまして・・」と、お尻を少し浮かしぎみで言うと、女性が人前で澄ましてオナラの話をするおかしさと、何だか異様に臭って来そうな程の上手な演技が大うけで、この噺は武田さんの持ちネタとなりました。


 年を取って物覚えが悪くなったから噺を覚えるのは大変だと嘆く彼女に、だったらこの小噺に身の回りの出来事をアレンジして、話してみるのもいいだろうと、皆の意見は一致しました。一字一句間違えないように言うことは大変なことであっても、身近にあることをサッと取り入れて、アドリブでこなすのは得意な武田さんでありました。



 佐川さんはいつも皆が集まってだいぶ盛り上がった頃、やっと仕事が終了し大急ぎでかけつけて来ます。広原さんや武田さんの話に大いに沸いている所に着いて、いきなり次はお前の番だと言われると何かおどおどしたように

 「いやぁ、今来たばっかだから一服させてよ。パーマが多くてさ、今日ずっと飯もろくに食えなかったんだよ」

 と言い訳をして、お茶をおいしそうに飲むのでありました。



 弦巻さんは発会式の日から緊張の連続で、未だに紙を見ながら棒読みで話します。

「栗に向かって柿が言いました。お前はいいよな、そんな立派なイガにくるまって・・」

 全く面白くも何ともない。これが本職さんだったらどんなに叱られることでしょう。でもあまりのしらけ加減にも皆は、自分の下手さをわきまえていますから、決してすごく下手な彼の話っぷりに笑ったりは致しません。

 

  人のことを笑うのは失礼だと思って笑わないのは当然のことでも、おかしくなくて笑わないのも目的が笑って欲しいことだけに、それもまた失礼なもののようでもありまして。



 浦辺さんはといえば、毎回無難にサッと話し終えるのですが、これが可もなく不可もなしでそれほど面白くもありませんで。鍋さんは最初だけこの小噺をやりましたが、それ以後は自作の小噺に挑戦です。 しかし毎回よくオチを考えて筋を練っている割には、正直言って笑う人は?でして。


 

 鬼頭さんは自分の小噺全集から、毎回幾つか選んで披露していますが、例の理屈っぽさで折角の楽しい話も台無しで「この帽子どいつんだ? オランダ」なんていう超オーソドックスな洒落だって、にこやかにやればいいものを、怒ったように言うのですから。「俺の帽子だ、そんなこと聞かなくったって分かってるだろうが、ばか者!」と言わんばかりであります。全くふんぞり返って、誰のかと尋ねた人が気の毒で仕方ない、と思われそうな「大威張り落語」であります。



 自動車修理の大埜さんこと「俥家車倹」さんの「桃太郎」や「柿と栗」は、彼の性格がそのまま表れていてほのぼのと楽しいものですが、何だか落語ではなくて皆がよい子になって、懐かしい昔話を聞いているような気分になるのでありまして。


 

  佐川さんは確かに来るのも遅いのですが、ちょっと一服とか、お茶くらい飲ませてよとか言いながら待つうちに、一つも話さずに練習は終了となります。

 「次回の練習日にもまた、皆さんぜひ出席をお願いしまぁす」

片づけを始める頃になると、急に佐川さんは元気になりこう言うのであります。

 

  その声を聞く度に私は「今日もうまく逃げましたね」と心の中で囁くのでありました。

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