第7話 ケーブルテレビに出演しちゃった

 山上さんはそりゃぁもう一生懸命でございましたよ。拙い芸をそれらしく五割増しにも三倍以上にも良く見せてあげたいって思ったからでありました。

 立派なカメラでしたし小柄な割りには腕力もありそう、だから手ブレもないだろう。 うん、これなら良し! うまく撮ってくれよ、頼んだよ、いいか姉ちゃん、分かってるだろうな、よし!


脅しに似たお願いに、山上さんは腕を振るって下さいました。「きれいな人はより美しく、そうでない人はそれなりに、修正の技術を駆使します」という、鍋さんの写真屋のモットーの如く、「上手い人はより上手く、下手な人はそれなりに! テレビ映りの技を駆使します」と、皆のいいところを引き出してやろうと懸命でした。

 

 何度かの打ち合わせで、この品の悪い榎木さんに大分かまわれ、佐川さんに結構おだてられ、皆に山ちゃん山ちゃんと可愛がられて、皆のことが少々分かりかけて来ていましたから、これは下手なことは出来ないなと真剣でありました。

  

 会場はもちろん超満員でありました。何しろテレビ局が狂ってんですから、お~っと違った来るってんですからアァタ(あなた、の意です)、皆は機も来る湾馬鹿りに、お~っと気も狂わんばかりに喜んで(あらら、私のパソコンまで狂ってるし・・)、あらゆるつてを頼って客集めをしたのであります。

 大観衆(われらの発表会にしては初めての、大人数ですからオーバーな表現に非ず)を前にして、しかもテレビカメラを前にして、いとも図々しく落語を披露したのでありますから。


 本来ならば下っ端の金ちゃんがやるべきところを、五合さんが「めくり」役を志願して、出演者の名前の書かれた紙をめくり、座布団をひっくり返す一番テレビに映る回数の多い、おいしい役どころを務めました。


 ところが五合さん、持ち前のマイペースで、そのひっくり返し方の酷いこと酷いこと。埃を立てずそっと裏返すのがすじってぇことを知らないらしく、全くメンコでもやってるように座布団をふっ飛ばして返すので、前の方のお客は演技が終わって座布団を返す度に、顔に風が当たって前髪が乱れる始末。でも心優しいというか辛抱強いとでもいうか、ありがたいお客様達は何も言いません。


 さて申し遅れましたが、会場は榎木さんの行きつけのお蕎麦屋さんでして。新しく建て替えられたお店の二階の大広間に、テーブルを幾つも並べたその上に、私が用意した真っ赤なビロードの生地を敷いて舞台を作り上げました。そしてバックには借り物の金屏風をでーんと置きますってぇと、蕎麦屋の二階はまるで寄席のようになりました。


 この金屏風、なかなか立派なものでして、そんじょそこらの人には簡単にお貸し出来ない代物なんだそうですが、そこは会のお兄ぃさん方のこと。お貸し出来ません、はいそうですか、なんてすんなり引っ込む訳がございません。断ったらお前どういうことになるかは分かってるんだろうな、と凄んだかどうか、はっきりは知りませんが、人のいい郵便局長さんの迷惑そうな顔が、誰の頭にも浮かんだのでありました。


 金屏風の前に全員集合でまずは賑々しくごあいさつを。

金ちゃん、一兵さん、鍋さん、浦辺さん、広原さん、榎木さん、五合さん、つる子さん。そして二人の議員さんで楽扇さんと一歩さん、おあとは師匠なり。そうそう、郵便局長さんも勿論いました.


  この日、金ちゃんが新聞社に告発、じゃない宣伝しちゃいまして、取材に来て頂いたのであります。発表会の様子をテレビで放送して貰えると大喜びしていましたわれ等でありますが、そのテレビ局が来るだけでも大変なことなのにですよ、更に新聞社までとはどこまでも図々しいじゃありませんか。


 さて、ここでこの二人の議員さんの芸名についてお話しておきましょうか。

まず楽扇(がくせん)さん、入会当時は衆院選出馬候補でありまして、せっせと選挙区を走り回っておりました。どこかでこの会の評判を聞いたのでしょう、仲間に入りたいと広原さんに頼まれました。


 実は私、この会の崇高なるモットーを「会には政治も宗教も、貧富の差も肩書きも、己の借金も?持ち込まない」としたいものと心から望んでいましたので、政治家さんはご遠慮願いたいと思いました。しかし師匠は、来るものは拒まず、会費さえくれればけっこーけっこーと、にわとりならぬ金とり第一主義から、心より歓迎したのであります。


 大体において、師匠がかっこ付けからか作成した規約なるものには、その最初に「俺より上手くなったら破門になるぞ」と書き記し、末尾に「この会に入門した者には、町内の噺家さんと気軽に楽しく酒が飲める特典あり」等と、どうでもいいことが列記されておりましたが、厳しい掟や崇高なる理念なんて皆無でありますから、けっこーけっこーと鳴く鶏さん達の集まりとなるのであります。


 そしてその彼への命名なのですが、何とまぁこれが、「楽扇(らくせん)」。ギョギョギョッ、お~こわっ! 政治家が忌み嫌う魔の言葉ではございませんか。大胆にも不敵にも未来の総理大臣になるやも知れぬ原石に、でございますよ。あ~、見える見える、この石に手をかざせば貴方の将来の姿が~ぁ・・なに、何も見えぬと? ならば改名しよう。惜しいかなこの名前、おぉそうだそうだ名案が!「楽扇(がくせん)ではどうだ。いい名だろう」


 「はい、お師匠様、ありがたく頂戴致します。誠に良い名で・・・」

 とありがたがる彼に、職業に因んだ名であるからには日頃は「らくせん」と呼ぶぞと、意地悪なことを言って喜ぶ師匠でありました。

 因みにこの名前が良かったのでしょうか、落選どころか彼はみごとトップ当選したのでありますから不思議ですね。


 さてこの楽扇さんを師匠が余りにも「らくせん、らくせん」とからかうので、日頃のお詫びを兼ねてこの日、私は一計を案じました。芸名を書いた紙、「めくり」と言うのですが、「酒之家楽扇」の他に「十」と一文字書いた切れ端を用意し、こっそり「扇」の文字の上に貼っておきました。


 そしてさあ、彼の出番です。出囃子にのって、すんなり出て来ますってぇと・・。

 「え~、皆さま、いつも多大なるご支援を頂いております私平西一善、私のモットーである一日一善、と言ったってご飯一膳という訳ではありませんよ、一日一回、善いことをしましょうと、名前にたがわず行動しようと頑張っております。

 本日は一生懸命に練習してきました落語を一席。え~、こちらの横に書いてございますがぁ、私の芸名は酒之家楽扇・・」


と言ったところで会場がざわつきました。彼はあれっ、というような顔をして続けようとすると

 「字が違うんじゃぁないの」

と方々から声がかかりました。

 めくりを見ると確かにそれは違っているではありませんか。

 「酒之家十扇」となっております。おまけに名前の上の方に真っ赤な造花のバラがついている。まさかこんなことになっているとはつゆ知らずの彼は、不思議そうな顔をしております。

 

 そこで一番前の席に陣取っていた私めが、スルスルと這いつくばるように前に進み出て、小声で「とうせん」と囁きました。

 すると彼は「じゅっせん?」と聞き返して来ましたので、わたくし喉を振るわせ大きな声で申し上げました。

 「とうせんでぇございますぅぅ・・」

 

 その声に会場の皆が笑うと、彼は顔をほころばせて言いました。

 「お師匠様の奥様に粋な計らいをして頂き、本日、私は当選だそうでございます」

すると会場の後ろの方に固まって座っていた後援会婦人部のおばさまたちご一連は、やんやの拍手で喜びあったのであります。

 

 次にご紹介致しますは一歩さん。この人は名前が神聖で恐れ多い。神森さんというのですから。 神森と書いてまじめと読ませてもいいと思うくらい真面目な方なのであります。その神様のいる森の神森さん、やはり師匠につけてもらった名前が「酒之家一歩」でありまして。

  

 なぜ一歩になったかと申しますと、選挙カーで聞こえるあの声あの台詞、「あと一歩でございます、苦戦しております、あと一歩であります・・」のあれ。

 で、日頃は一歩さんでも、選挙期間は「あと一歩」さんと、「あと」を付けて呼ばれるのであります。


 その一歩さん、創作落語を考えて来ておりまして。大したものです。

彼は区議でありますから、選挙区のお客様に「区役所見学」という落語の披露です。区議のお父さんが息子を連れて区役所を見せて歩いています。

♪今日は楽しい区役所見学っ・・♪なんて作詞作曲?もしています、立派なにわかミュージシャンでもあります。

 「ほらシゲ坊、ここが頭のピカピカ光った偉~い区長さんの部屋だぞ」

 「こっちは食堂だ、何か食うか、安くていいからな・・」と快調快調。

 「ねぇねぇ父ちゃん、さっきから何そわそわしてんだよぉ。」

 「そっかぁ、そろそろ終わりだもんな、落語は終わりにオチが必要なのに、父ちゃんどうやって終わるか困ってんでしょ。オチがないからオチつかない、おちない、お粗末でした」

 

 と、さすが! 落語の出来はともかくも、人前で堂々と話し終える様子は見事なり。話しっぷりはあと一歩どころか、当選確実でありましたよ。こちらも生真面目な性格が皆様に受けまして、区議から都議へと昇格したのであります。

 

 勿論、選挙期間中は芸名ではなく、心の底から「あと一歩です、あと一歩です」と声を限りに苦戦を訴え続けておりました。 「そうか、あと一歩か。よし、一押ししてやろうじゃないか」と思わせた、誠に良き芸名でありました。


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