タイムマシンの発明に失敗した人

結騎 了

#365日ショートショート 151

「ママ、あれはなあに。出たり消えたりしながら、ずっと水を飲んでいるわ」

 子供が尋ねた。母親は展示ガラスの手前にあった説明文を読み上げる。

「なになに……。これは、『タイムマシンの発明に失敗した人』というタイトルね」

「へえ、面白い展示だね。私、この展示会に来れてよかった」

「ずっと楽しみにしていたものね」

 ガラスの向こうでは、白髪の老人が無からパッと姿を現わした。出現した老人は、歓喜の表情のまま手に持っていたペットボトルの蓋を開ける。ミネラルウォーターを口に含み、にっこりしたまま、腰に巻き付けてあるベルト状の機械に手を伸ばした。バックルにあるボタンを押すと、老人が一瞬にして姿を消す。かと思いきや、無からパッと姿を現わした。出現した老人は、歓喜の表情のまま手に持っていたペットボトルの蓋を開ける。ミネラルウォーターを口に含み、にっこりしたまま、腰に巻き付けてあるベルト状の機械に手を伸ばした。バックルにあるボタンを押すと、老人が一瞬にして姿を消す。かと思いきや、無からパッと姿を現わした。出現した老人は、歓喜の表情のまま手に持っていたペットボトルの蓋を開ける。ミネラルウォーターを口に含み、にっこりしたまま、腰に巻き付けてあるベルト状の機械に手を伸ばした。バックルにあるボタンを押すと、老人が一瞬にして姿を消す。かと思いきや、無からパッと姿を……

「どうやら、あのベルトがタイムマシンのようね」

 じっと観察していた母親が呟いた。

「どうして水を飲んでいるの」と、子供。

「きっと、数秒前にタイムスリップすれば水が戻っていると思ったのでしょうね。開けたはずのペットボトルの蓋が閉まっていて、水が減っていなければ、タイムスリップ成功。数秒前に戻っている、というわけ」

「じゃあ、どうして失敗しちゃったの」

「この説明文によると、あのタイムマシンは半径1メートルに効果を及ぼすそうだけど、この老人の記憶や体の状態まで全て巻き戻してしまったようね。つまり、彼はずっと、一回目のタイムスリップをしているつもりなのよ」

「あはは」。子供が笑った。「じゃあ、失敗したことも忘れちゃうんだ。幸せだね」

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