6月24日 お題:悪堕ち・『ヒーローはどこにいる?』

「お姉ちゃん……どこにいるの……? 助けてよ…… 約束、したじゃん……」

 

 家が、燃えている。

 見渡す限りすべてが、燃えている。

 煙を吸い込んでしまい、立つことすらも出来ず、私は地べたを這いずって何とか火の手を逃れる。


「おっと、まだ生き残りがいたか」

「ひ……っ」

「安心しな、苦しませはしねぇから」

 背後から聞こえた声、それは紛れもなく、この惨事を引き起こした、悪魔のような女の物。

 振り向けば、女は武器を持ち、炎の中を悠然と歩み寄ってくる。

 後ずさっても、意味は殆ど無く、女との距離はどんどん近づいていく。


 至近距離にきた女が、腕を振り上げ……

 もう終わりだと、そう思ったとき――

「待ちなさい!」


 懐かしい声が響き、今にも振り下ろされようとしていた女の手が止まる。

 そして姿を現す、仮面の少女。


「え……?」

「どういうつもりだ?」

「悪いけど、この子のことだけは見逃してくれない?」

「……チッ」

 渋々といった様子で、女は武器を下ろしてそっぽを向く。

 どうやら、ひとまず助かったらしい。


 そして近づいてきた彼女に、私は抱き抱えられた。

 彼女は片手で私を抱きながら、仮面を外す。

 その下の素顔は……やっぱり、お姉ちゃんだった。

 

「久しぶりね。大丈夫?」

「うぁ、あ……」

 答えようとしても、煙を吸い込んだせいでうまく言葉が出ない。


「声、出せない? 待ってて、すぐに治療してもらえるようにするから」

 お姉ちゃんは仮面を被り直して、私を抱えたまま女のそばへと向かう。

 

「……終わったか?」

「ええ、行きましょう」

「って、そいつも連れていく気か!?」

 振り返った女は、私を見て驚きの声を上げる。

 

「連れ帰っても、その後でどうなるかぐらい分かってんだろ。……ここで殺してやった方が、そいつのためだぞ」

「そんなの分かってる! それでも、この子にだけは……生きていて欲しいの」

「……そうかよ。まあ、分かってんならいいんだ。なら急ぐぞ。荷物貸しな」

 そう言って手を伸ばす女。


「え?」

「え? じゃねぇよ。荷物、持ってやるって言ってんだ。そいつ抱えてたら、荷物邪魔だし重いだろ」

「……ありがとう」

「その代わり、今度アタシになんか奢れよ」

「ええ、もちろん!」

 荷物を渡し、二人はどこかへと急ぐ。

 

 ♦


 やがてたどり着いた車の中で、お姉ちゃんは口を開いた。

「ごめんね……私、ヒーローにはなれなかった」

 後ろめたそうな表情のお姉ちゃん。

「あなたのことも……辛い運命に巻き込んでしまう」

 零れた涙が、お姉ちゃんの頬を伝う。

 

「でも……それでも、君のことは、私が絶対守るから」

 私を抱く手に力が籠り、その目には、暗い決意の光が宿っていた。


 これから私がどうなるのか、不安は尽きない。

 それでも、お姉ちゃんがいてくれるなら、きっと大丈夫。

 お姉ちゃんはああいっていたけど、それでも、今でもお姉ちゃんは私にとってのヒーローだ。

 だから何があっても、お姉ちゃんが助けてくれると信じている。

 

 先への不安と僅かな期待の中、私は静かに目を閉じた。

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一日一百合 蛇石葉月 @hazuki_1613

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