6月23日 お題:transfur・『カミサマのイタズラ』
――大規模な地殻変動と、酸素濃度の変化。それによって人間は絶滅した。私の家族も、親友も、クラスメイトも、みんなみんな死んでしまった。
じゃあお前は何なのか、と聞かれるだろうけど、簡単なことだ。
私はもう、人間ではないのだ。
事の始まりは、ふた月前にさかのぼる――
♦
「なんだろう? これ」
ある朝起きて気付いた、私の左手背にできた緑色のかさぶたのような何か。
かさぶたよりもはるかに強固にくっついたそれは、無理に取ろうとしても痛く、だから私はそれを放っておくことにした。
――それが、異変の始まりだとも気づかずに。
その日は何事もなく終わり、そして翌日。
手の甲を見ると、それが、増えていた。
そしてその翌日も、そのまた翌日も、増えていた。
緑色のそれが、爬虫類のような鱗だと気づいたのは、ちょうどその頃だ。
医者に行っても、原因は不明。
数日は左手に包帯を巻いて隠していたが、一週間もする頃には私の左手どころか肘までが鱗で覆われ、左手の爪はいつしか獣のような鉤爪へと変わっていた。
それでも何とか隠し通して学校に行き続ける私だったが、また一週間が経つ頃にはついに首や顔にまで鱗が現れ始める。
そこまで行くともう隠すのは無理だったので、私は学校に行くのをやめた。
そして、学校へ行かない以上家族に打ち明けないわけにはいかなかったのだが、打ち明けた途端、みんな私を化け物でも見るかのような目で見るようになった。
家族の視線に耐えきれず、それから自分の部屋に引き籠るようになった私。
化物のようになった私に対しても一応の情があるのか、毎回の食事だけは部屋の前に置かれていたので、食べるものには困らなかった。
必要な物はネットショッピングで買い揃え、お風呂は家族のいない時を狙って入り、それ以外の時間はゲームやネットをしながら誰にも姿を見せないようにして生きる日々。
そしてそんな中でも、私の変化は否応なしに進んでいく。
三週目には上半身や顔の殆どが鱗で覆われ……
四週目には下半身まで含めた全身が鱗で覆われ、更に足の爪も鉤爪に変わり……
ひと月で、私は立派な化け物へと変わり果てた。
……まあ、これで終わりではなかったのだけれど。
家族は私を一目見るなり悲鳴を上げるようになった。まあ、当然だろう。私だって、何度か悲鳴を上げたぐらいなのだ。
そういう事もあり、その二週間、私は絶望と孤独に蝕まれていった。
それでも私が何とか耐えられたのは、ひとつの出会いが大きい。
まあ、出会いと言っても実際に会ったわけではなく、ネット上で知り合った相手なのだが。
彼女とは何かと趣味や気が合い、さらに二人ともほぼ一日中ネットに張り付いているということで、通話を繋げっぱなしにして日常を過ごすこともよくあった。特に話すことはなくとも、そうしているだけで不思議と孤独は紛れるものなのだ。
顔も名前も知らないけれど、彼女はたった二週間で私の一番心を許せる相手になった。
そしてそれからも、私たちは交流を続け、お互いを知っていった。
そしてその間にも、私の身体は変貌を遂げていく。
五週目には長く太い尻尾が生え……
六週目には口から鼻先が前方へと突き出し、口が大きく裂け、耳は消え、まるでトカゲのような顔になり……
七週目には異形の身体に相応しい異形の感覚が芽生えたのか、舌を出し入れして匂いを嗅ぐ癖がついたり、あるいは今まで以上に敏感に光を感じるようになり……
そこで変化は終わったのだと本能的に理解したが、その頃にはもはや、私は人型に押し留めたトカゲ……いや、人とトカゲの合いの子と言っていいような存在へとなり果てていた。
人間らしさがほとんどなくなっても、食性や声帯は変わらないようで、日々の食事や彼女との通話には影響がなかったのは救いと言ってもいいかもしれない。
――そして、八週目を迎える。
流石に一週間も経てば、変貌した顔とそれと釣り合う身体にもだいぶ愛着がわき始めて、結構イケてるんじゃないかと思えて来た頃。
……異変が起きた。
まず、大きめの地震が多発し始めたこと。
世界規模で地震が多発しているようで、異常現象だと大騒ぎだった。
私の部屋も、棚から物が落ちたり回線が途切れたりでなかなか大変だった。
ここへきて、もし連絡が繋がらなくなった時のためにと、私たちはようやっとお互いの名前や住んでいる場所のことを伝えあった。そうしたら、二人の距離は意外と近く、驚いて笑い合ったものだ。
次に、空が赤く染まったこと。
全くの原因不明で、宇宙開発機関やら気象観測機関やらが大騒ぎしているらしい。
まるで終末でも訪れるのではないかという状況に、私の家族は化物云々と気にしている場合ではないと思ったらしく、私に部屋から出てきて欲しいと頼むようになった。
そのおかげで少しでも最後に家族と会話ができたのは、良かったのかもしれない。
最後に、地球全体の酸素濃度が低下し始めた。
どうやら地震の影響で何らかの気体が地表に噴出したようで、大気にそれが混ざって酸素の割合が数%減ってしまったのだとか。
特に毒性のないものではあったが、それでも酸素濃度が減るというのは人類他哺乳類にとって致命的で、みんなみんな、死んでいった。
♦
……そうして、今に至る。
どうして私が生き延びたのかは分からない。
後で調べたところによれば、爬虫類や鳥類は呼吸の方法が哺乳類とは違うために哺乳類よりも低い酸素濃度でも生きられるということで、その性質が私にも表れているのかもしれない。
とにかく、私は本当の意味で孤独になってしまった。
トカゲのような姿になったのだし、トカゲと意思疎通でもできればよかったのだけれど、多分そんなうまい話はないだろう。
彼女だって、きっと生きてはいないだろう――
そう思ったとき、不意に、携帯が鳴った。
いつものとりとめのない通知ではなく、もはや鳴ることがないはずの、着信を知らせる音。
画面に表示されたのは、この前彼女に教えてもらった電話番号。
私は大急ぎで電話に出る。
「……もしもし?」
『……っ!』
電話の向こうから響く、息を飲み、そして泣く声。
『生きて……るの?』
「うん、生きてる。……もしかして、キミも私と同じ……?」
『それって、まさか……』
「体が……トカゲみたいに、変わって……」
『……! うん……私も、そう』
「やっぱり……!」
『ああ、よかっ――』
「もしもし? どうしたの?」
不意に、通話が切れた。
見れば、さっきまで経っていたアンテナが今は圏外になっている。
どうやら、電話回線も死んだらしい。
「……どうしよう」
彼女と私を繋いだ線は、すぐに途切れてしまった。
それでも、彼女が生きていることは分かった。
それなら――
「……落ち込んでても仕方ない。あの子のところ、行ってみよう!」
私は、彼女と直接出会うため、必要な物を持って旅立った。
♦
旅をしながら、私は考える。
彼女が生きていることは、誰もいなくなった世界で私にとって何よりの救いだ。
だが、どうして私たちは出会い、仲良くなったのか。そして、異形となって生き残ったのか。
理由は分からない。あえて言うなら、神様のいたずらとでもいうべきかもしれない。
そうだとすれば、私たちはきっとまた、現実にも巡り合えるだろう。
そう信じて、私は果てのない旅にまた新たな一歩を踏み出す。
♦
……どれだけ、歩いただろう。
たどり着いたのは、建物もほとんどない、水平線が見渡せるほどに広がる草原。
そして、果てに見える人影。
重くなり始めていた足取りが、一気に軽くなった。
赴くままに駆け出して、私たちはようやく出会う。
人間たちの物語は終わった。
ここからは、私たちだけの物語が始まる。
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