6月22日 お題:悪堕ち・『違う形で出会っていたら』
「よく、ここが分かったわね」
「……ええ。先輩の匂いなら、よく覚えてますから」
人里離れた山の中まで追いかけて、少女はようやく、尋ね人の女性を見つけた。
「匂い、ね。それだけでここまで来るなんて、もしかして貴女……」
「……はい。人間では、ありません」
少女の頭から、可愛らしい獣の耳がぴょこりと顔を覗かせ、その腰からは狼のような尻尾が生える。
「そう。なのに何故、貴女は人間の味方をするの?」
「人間か人間じゃないとか関係ありません! 守りたい人がいる、ただそれだけです」
「……そう。貴女は、いい人達に巡り合えたのね。羨ましいわ」
「それに、それはこっちの台詞です! どうして先輩は裏切ったんですか!? 憧れ、だったのに……!」
耳や尻尾の毛を逆立たせ、怒りをあらわにする少女。
「私はね、貴女とは違って、いい人に出会えなかったの」
「どういう……ことですか?」
「私も、人間ではないという事よ」
少女の眼前で、女性の姿が歪んでいき、やがて人狼とでもいうべき本性を露にした。
「……貴女と出会う、二年ほど前かしら。突然獣の血が発現して、こうなってしまったの。それからは大変だったわ。きっと、貴女もそうだったでしょう?」
「はい。検査だとか、手続きだとか…… そしてなにより、昨日まで友達だった人が私を腫物のように扱い始めて……」
「ええ、そうよね。私はずっとあそこにいたから、それからの居心地は最悪だったわ」
「そう……だったんですか」
「ええ、今更やめることも出来ないから、かつての同僚たちに白い目で見られながら、ずっとひとりきり。唯一の救いと言えば、貴女を指導している時だけ」
「私の指導……」
「そう。私のことを知らないとはいえ、貴女は私と普通に接してくれた。それだけで、私は嬉しかった。……どうして貴女の指導が私に回ってきたのかずっと疑問だったけど、そういう事だったのね」
「私も、先輩との訓練、すごく楽しかったです」
「そう、ありがとう…… 貴女には、不思議な魅力があるわ。貴女を見ていると、貴女がいてくれるならもう一度やり直したいって、そんな気分になってくる」
「なら、帰ってきてください、先輩」
「無理よ。何人殺したと思ってるの? もう私に後戻りなんてできないわ」
「そんな……」
「……ふっ、できることなら貴女ともっと早く、違う形で出会いたかったわ。お互い、正体を知り合った状態でね。そうしたらきっと、こうはならなかったのかもしれない」
「先輩……」
「なんて、こうなってしまった今では意味のない話ね。忘れて頂戴」
「そんな事……」
ない、と。そう言い切ることは、できなかった。
「少し話しすぎたわね、私はもう行くわ。次に会う時は、きっと敵同士よ」
彼女は深い森の奥へとその姿を消し、後には立ち尽くす少女だけが残された……
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