6月 7日 お題:悪堕ち・『君じゃないと』
「うっ…… ここ、は……?」
「やあ、やっとお目覚めかい?」
そこにいたのは、かつての同僚であり、何度か話し、共闘したこともある少女。
それでいて、相棒の命を見逃す代わりに、と私をこの場所へと連れてきた張本人。
「あなた……なんで、裏切ったのっ!?」
数か月前、彼女は戦場にて姿を消した。それからしばらくして、彼女は再び戦場に姿を現した。……敵として。
「……エンゲージのためさ」
「エンゲージの、ため……?」
「そう、エンゲージ。心を通わせて、お互いの力を共有する、強く固い絆で結ばれた、それなりに実力の拮抗する二人だけに許される奥義。ずっと、憧れていたんだ。いつかボクにも、そうする相手ができることを信じていた」
エンゲージに憧れて戦いに志願する少女というのは、珍しくない。私も、私の相棒である後輩の少女も、そうだった。
だが、憧れた中でも、実際エンゲージに至れるのは、僅か一部だ。大抵は、それだけの実力を身に着けることすらできず、そして実力があったとしても、エンゲージをする相手が見つかることは稀だから。
「でも、悲しいことに、ボクにそんな相手を持つことは許されなかった。ボクと実力の拮抗する相手は殆どいなかったし、そして何より、ボクがどんな相手とでもエンゲージできる才能を持ってしまっていたから。ボクがこれまでどうしていたか、君も知っているだろう?」
「……ええ」
エンゲージする相手のいない少女と一度限りのコンビを組み、少女を一時的な即戦力とし、なおかつエンゲージの感覚を覚えさせるのが、これまでの彼女の主な役割だった。
時には、エンゲージ相手を失った少女の一時的な代替としての役割を果たすこともあった。私も、以前の相棒を失い、今の相棒と出会うまでの間、何度か彼女とエンゲージしたことがある。
「心も通わない相手とペアを組み、全力を出すことも出来ず、エンゲージを制御して相手に僅かばかり力を分け与えるだけの日々。生殺しだったよ」
「そんな時、ボクは運命の相手と出会った! そう、キミさ!」
「私が……?」
「そうさ。キミとのエンゲージは最高だった! 力を与えるばかりではなく、キミもボクに力を与えてくれる! そして、僅かなひと時とは言え、キミと心から通じ合った瞬間! あの時の感覚は、今思い出してもゾクゾクするよ。そう、ボクはあの時、初めて知ったんだ、本当のエンゲージを」
陶酔したように語る彼女。その時の感覚は、私もよく覚えている。確かにあれは、すごかった。あの時の感覚は、今も忘れ難い。だが……
――屈折、絶望、諦め……そしてその奥に潜む羨望。
彼女と繋がっているとき、私に僅か流れ込んできた彼女の心を思い出す。彼女と繋がったあの瞬間、私ですらも流されかけたほどの闇…… 彼女とエンゲージを続けるのは、きっと危険だ。彼女が特定のパートナーを得られない理由は、そこにもあるのだろう。
心を通わせることはつまり、相手の心に触れて、理解するという事。彼女と何度も繋がり、その歪み切った心を理解してしまえば、きっともう離れられなくなる。
「もしかしたらキミとなら、あんなにボクの力を受け入れてくれたキミとなら、ボクとパートナーになれるかもしれないと、そう思った! キミともっと心を通わせて、果てにあるものが見たいと、思ってしまった!」
恋をしたような表情で語る彼女。
「……でも、キミはボクよりも、あの女を選んだ。あのパッとしない、何のとりえもないような新人の女を」
かと思えば今度は、憎悪に満ちた表情を浮かべる。
出会ったころの、気だるげで無気力だったかつての彼女からは想像もできないほど表情豊かで生き生きとした姿。
だが、あの瞬間に彼女が僅か見せた姿に近いそれこそが、きっと、彼女本来の姿なのだろう。
その姿をもっと見たいと思ってしまうのは、一度繋がり、彼女の心を僅か垣間見てしまったせいか、それとも、彼女の持つ魔性ゆえか。
「へぇ……ずいぶんと言ってくれるじゃない」
「当然さ! もうこの感情は、憧れを通り越して、恋と言ってもいいぐらいなのだから!」
私に顔を近づけて、熱狂的にそう語る彼女。
まるで告白と等しいその言葉に、私の心は射抜かれそうになる。
「……そう。ところで、さっきまであなたとエンゲージしていたあの女はどうしたの?」
しかしそれだけに、私と戦った彼女が、いちゃつきながらエンゲージをしていた女のことが、引っかかる。
「おや、嫉妬しているのかい? アイツなら今頃、診療室で寝込んでるよ。まったく、あんな大層な言葉をかけておきながら、初めてのエンゲージでもうこれだ。参るね、まったく。ま、壊れなかったのはさすがと言うべきかな」
「壊れなかった……って?」
どうでも良さそうに語る彼女の姿に嫉妬心は完全に吹き飛び、代わりに疑問が引っ掛かる。
「……ああ、そうか。そういえば、ボクが裏切った一番の理由、言っていなかったね」
「キミと別れた後も、ボクはあの感覚が忘れられなくてね。その後で組んだ、それなりに実力のある子とエンゲージをした時に、ボクは自分が抑えきれなくなって、つい、全開のエンゲージをしてしまったのさ」
「それで……どうなったの?」
「壊れてしまったよ。実力があったはずの彼女は、ボクとのエンゲージに耐えきれず、その心がボクの中へと呑み込まれ、そしてボクの中に溶けてしまった。その時はまるで、身体がふたつになったような、不思議な感覚だったよ」
「そんな……」
「そんなことがバレたら大目玉じゃすまない。その時は、何とか誤魔化そうとして彼女を演じ続けていたんだけれどね。結局、今寝込んでいるアイツにばれて、唆され、それでこうして裏切ったと、そういうわけさ」
「あなたは……それでいいの?」
「ああ、勿論。ここでなら、誰を壊しても文句を言われることがないし…… それにボクの才能は……どうやらこちら側に向いているみたいだ」
「どういう事……?」
「ボクはどんな相手とでもエンゲージができる。 ……たとえ相手がそれを望んでいなくても、強制的にね」
「まさか……」
「そう、そのまさかさ。強制的にエンゲージをして、相手を壊してしまえば、どんな敵だろうとボクの手駒に変えられる」
彼女は愉快そうに、それでいてどこか物足りなさそうに言った。
「だけどね、そんなことをしてもやっぱり、物足りない。満たされない。ボクが望んでいるのはそんな事じゃない。キミじゃないとだめなんだ。ボクと完全なエンゲージをしてもまるで壊れることのなかった、キミでないと……! だから、ボクのものとなってくれ! キミが欲しいんだ!」
彼女は、私の手を包み込むように握りこむ。
「それにキミだって、物足りなさを感じているんだろう? 一度刃を交えたから分かる。キミは今、殆ど全力を出せていないはずだ。あの女は、キミとは釣り合わない」
「それは……」
図星だ。あの人の妹を見守りたくてペアとなったが、あの時の感覚への飢えは、次第に増してきている。そう、敵として相対した彼女を見て、もう一度エンゲージがしたいと、そう思ってしまうほどには。
確かに、今は弱い。だが、きっとあの子はいずれ、姉以上の強さへと成長するだろう。そうなれば、きっと私も満足できるはずだ。
……だが、きっとその時まで、私の飢えは待ってくれないだろう。
――ああ、そうか。もう既に私は、彼女に壊されていたのだ。
――ごめんなさい。きっと貴女に、私は相応しくない。だからどうか、私のことなんて忘れて……
「……分かった。あなたのものになる」
「本当かい!?」
彼女の顔が、ぱあっと明るくなる。
「ええ。……でも、ひとつだけ、約束して」
私は、彼女の手を握り返す。
「なんだい?」
「確かに、あの子はまだ弱い。でも、いずれ強くなる。その芽を、摘んでしまいたくはない。だから……彼女を、殺すのは待ってほしい」
「そうか、それならお安い御用さ。ただし、ボク以外の動向については保証できない。それでも構わないかい?」
「ええ、もちろんよ。……ありがとう」
「じゃあ、早速……」
「……ええ、しましょうか」
私たちは見つめ合い、互いの手を組み合わせ、それからそっと口付けを交わし、声を合わせて呟く。
「「エンゲージ」」
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