6月 6日 お題:悪堕ち・『泣いてなんかいない』
「待って!」
戦場の中、私はずっと探していた背中を見つけ、迫る敵を切り抜けながら追いかける。
どれだけ追いかけ、どれだけの敵を斬っただろうか。
いつの間にか立ち止まっていた彼女に、私はようやく追いつく。
「やっと――」
しかし、話しかけようとした刹那、彼女は興味なさげに私を一瞥した。
そして直後、不意を打つように繰り出される、振り向きざまの一閃。
「うわっ!?」
無造作でありながら、確かな殺意を込めて振り抜かれた剣を何とか受け止め、そして弾く。
私が知る彼女なら絶対にしないはずの不意打ち。だが振り返ったその顔は、殺すつもりで降り抜いたであろう一撃を受け止められて驚くその表情は、紛れもなく私の知る彼女のものだった。
「……誰だい?」
「……覚えて、ないの? 私のこと」
「ああ、残念ながら、敵に知り合いはいないんだ。みんな……出会い頭に、死んでしまうからねっ!」
またしても不意を突くように振り抜かれた剣。
反応は遅れたが、その剣筋は記憶と寸分違わぬもので、私は態勢を崩しながらもそれをなんとか受け流した。
「へぇ……これも受け止めるか。 でも、まだまだ!」
その隙を見逃さず、彼女は生まれた隙へと続けざまに二撃目を振るう。
だが、的確過ぎるその動きはあまりに予想通りで、私は難なくそれを弾いた。
「なるほど……少しは楽しめそうだね。さあ、キミはどこまで耐えられる?」
彼女は私の動きに満足したのか、さらに続く三撃目はより速く、より鋭いものとなっていた。
とは言え、私にとってはそれも予想の範疇で、私はそれを受け止め、あえて鍔競り合いへと持ち込む。
「……まるで、ボクの剣筋が分かっているようだね」
「ええ、実際、分かっているから。君がこの先、どう動くかも」
「言うじゃないか。なら、やって見せな!」
それ以降、彼女の一撃は、どんどん重く、鋭く、速くなっていく。
私も負けじとその全てを受け止め、受け流し、そして時には切り返し……
いつまでも続くかのような、剣戟の応酬。
しかしある時、私たちは示し合わせたように戦いを一時休む。
「はぁ……はぁ……」
「ふぅ…… 不思議だね…… キミのことなんて知らないはずなのに、こうして剣を交えているとなんだか懐かしい気分になる」
彼女の瞳は潤み、そこから一筋の輝きが零れ落ちた。
「泣いてるの……?」
輝きに触れようと伸ばした手は、しかし寸前で跳ねのけられてしまう。
「な、泣いてない! いいか、いくら縁を感じると言っても、ボクとキミは敵同士で、ここは戦場だ! それを忘れるな!」
彼女は涙を振り払い、私から距離をとって、手にした剣を突きつけてくる。
「ふふっ」
その姿が、初めて会った時の彼女とどこか重なり、思わず笑ってしまう。
「な、何がおかしい!?」
「闇に堕ちても、記憶を失っても……君は、やっぱり君だね」
突きつけられた剣を左手で避けながら、逃げられた分だけ私は近づく。
「どういう意味だ……?」
「君、初めて会った時もそんなこと言ってたから」
「……そうかい」
「ねえ、本当に……私のこと覚えてないの?」
「ああ。ボクには、ここ数カ月より前の記憶がまるでないんだ」
彼女は、記憶を失ったことなんてまるで気にしていないかのように答えた。
「……そう、なんだ」
「今までは過去の自分なんて気にしたこともなかったけど、でもキミと話していると……少しだけ興味が湧いてくる」
「じゃあ、私と一緒に、記憶の手がかり、探さない?」
「……ああ、そうしようか。キミとこのまま斬り別れてしまうのは惜しいからね」
「よかっ……た……?」
彼女の返答に嬉しくなったのもつかの間。不意に首筋に鋭い痛みが走る。
「え……?」
見れば、私の首には注射器が突き刺さり、彼女の左手がそれを握っていた。
「警告はしたからね。卑怯だなんて、言わないでくれよ」
「どう、して……」
中身の空になった注射器が首から抜かれる。
足に力が入らなくなって倒れそうになり、彼女に抱きとめられた。
「ボクとしても不本意ではあるけれど…… 気に入った相手を連れてくれば、ボクの配下にしてもらえると、そう言われているものでね。一緒に来てもらうよ。その後で……ボクの記憶について、ふたりで探すとしよう」
彼女のぬくもりと絶望を感じながら、私の意識はブラックアウトしていった。
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