6月 8日 お題:悪堕ち・『子猫を拾った』

 ある嵐の日の帰り道、私は近所の公園で、捨て猫のように丸まった魔法少女を見つけた。

「……大丈夫? そんな状態じゃ風邪ひくよ?」

 見ないふりをしても良かったのだろうけど、テレビで見るキラキラした姿とはまるで違う彼女を見て、放っておくことはできなかった。

「いい。放っといて」

「そんな姿見て、放っとけるわけないでしょ」

「……何が望み?」

「え?」

「私が魔法少女だって知って、何か企んでるんでしょ? どうせ」

「いやいや、何も企んでないから。そもそも、こんなくたびれたOLに何ができるって言うのさ」

「……ふふっ、確かに」

 顔を上げた彼女は、私の姿を見て、初めて笑顔を見せる。


「なんか失礼じゃない?」

「初めに言い出したのは自分でしょ」

「いや、それはそうだけど……」

「まあいいや。とりあえずは……アナタのこと、信用してあげる」

「そりゃどうも」

「とはいえ…… 変なことしようとしたら、即ブッ飛ばすからね」

「はいはい。しませんよそんな事」

 どうも彼女は、極度の人間不信に陥っているらしい。

 ここ最近テレビが見れていないから、何があったのかは分からないけど、それを直接本人に聞くのも憚られるので、とりあえずは気にしないこととして、彼女を傘の中に迎え入れた。


「さて、どっか行く宛とか、ある?」

「……ない」

「家は?」

「ない」

 ――さて、どうしたものか。


「ねぇ…… アナタの家、泊めてよ」

 迷っていると彼女がそんな提案をしてきた。

「ええっ!?」

「だめ?」

「いや……ダメじゃないけど……」

 ……忙しさにかまけて全く片付けていないあの部屋に彼女を連れ帰るのは、少々気が引ける。


「じゃあ何?」

「その……最近忙しくてあんまり片付けてないから……」

「なるほど。大丈夫、泊めてもらうのに、そんなの気にしないから」

「……分かった。じゃあ、帰ろうか」

 そこまで言われては、流石に認めるしかない。


「ああ、それと」

「ん?」

「多分知ってるとは思うけど、私、正義の魔法少女はもうやめたから、よろしく」

「え?」

 どういうことなのか、聞き返しても彼女は答えてくれず、結局私は疑問を胸に抱えたまま家へと帰りつくのであった。


 ♦


「うわぁ……」

 私の部屋を見ての、彼女の第一声。

「確かに、気にしないとは言った。言ったけど、これは流石に……」

 まあ、流石にこの部屋を見ればそうもなるだろう。


「……ごめん。片づけておくから、お風呂入ってて。予約で沸かしてあるから」

「ふぅ…… お風呂は流石に綺麗なんでしょうね?」

「うん。寝室と水周りだけはしっかり綺麗にしてるから安心して」

「そう。じゃあ、お風呂、借りるね。……覗かないでよ」

「そんな暇ないって!」

「くすっ、冗談だよ」

 この数分で、彼女は冗談を言うぐらいには私に心を開いてくれたらしい。

 ……あるいは、この部屋を見たからかもしれないけれど。


 そのまま、彼女は服も脱がずにお風呂へと入っていった。


 ♦


 それから、私は彼女が出てくる前に部屋を片付け、そして彼女と入れ替わりでお風呂に入った。


「ねえ」

 お風呂を上がると、彼女が食い気味で話しかけてきた。

 ドライヤーの音も聞こえなかったのに彼女の髪はすっかり渇き、いつの間にやらその服は普段着と思しきものへと変わっている。彼女の服は、もしかすると魔法でできているのかもしれない。

「どうしたの?」

「おなかすいた」

「わかった、今何か準備するね」

 そうはいったものの、何かあるかと冷蔵庫を探っても何もない。

 ダメもとで冷凍庫を見てみると、冷凍のチャーハンが残っていた。


「炒飯でいいかな?」

「うん、いいよ」

「じゃあ、ちょっと待っててね」

 炒飯をレンジでチンすること5分。

 彼女はその間、待ちきれない様子でレンジの前に釘付けとなっていた。


「はい、召し上がれ」

「……いただきます」

 お皿にのせた炒飯を彼女の前に出すと、彼女は行儀よく手を合わせてから、落ち着いた様子ながらも速いスピードで炒飯に手をつけ、あっという間に完食してしまった。


「ごちそうさまでした」

「はい、お粗末様でした」

 食べ終わった彼女はどうも眠そうで、うつらうつらとした瞳であくびなどしている。


「……眠そうだね、ベッド貸すから、もう寝ちゃったら」

「うん、そーする…… おねーさんは?」

「私はいろいろやることもあるし、今夜はそこのソファで寝るから気にしないで」

「そっか…… むりしないでね おやすみなさい」

「はい、おやすみなさい」

 彼女は一気に気が抜けた反動なのか、ふらりふらりと寝室へと向かい、そのままベッドに倒れ込むように眠ってしまった。


 そんな彼女に布団をかけてやり、私はソファに戻って彼女のことを調べ始め、そして驚愕した。

「ひどい……」

 出てくるのは、数か月前に私が見たような真っ当な記事ではなく、どれもこれもただの少女である彼女へと責任を押し付けたり、正体を問うたりする、悪意に満ちたものばかり。

 SNSの投稿も、約半数以上が誹謗中傷で占められている。

 おそらくは、テレビや新聞などのメディアでも、同じような論調がほどんどなのだろう。


 ……彼女はきっと、こんな世界に絶望してしまったのかもしれない。

 家も、行く宛もないと言った彼女だ。そこでも、何かあったのかもしれない。

 そして彼女は、おそらく正義のために戦うことをやめてしまったのだ。


 ……それを知ったからと言って、私のやることは変わらない。

 私はただ、一人の少女を保護しただけだ。

 例えいずれ別れるとしても、一度保護したからには、その時まで私は彼女の味方であり続ける。

 


 ……"その時"が来なければいいと思ってしまうのは、私のエゴだろうか。

 悩みながらも、私はソファで一人、眠りについた。

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