第2話



     ◆



 ねぇ、アダ。蚕って知ってる?


 その日の朝は、いつか話していたイヴの質問を夢に見ていた。


 カイコ? 知らない。

 蚕っていうのはね、昔いた虫の名前なんだって。

 虫なんて、今だって外の出ればいっぱいいるじゃん。それとは違うの?

 違うよ、もう……。アダが言ってるのは、改良したペトリクレイを食べるワームのことでしょ? そうじゃなくてね……、昔の人間たちは、布を作る糸の材料のために、昆虫を品種改良したんだって。ゴーレムと一緒で、昆虫って繭を作ってその中で成長するの。でもゴーレムとは違って、蚕の繭は幼虫が自分から糸を吐き出して、自分の体に覆い被せることでできるんだよ。

 なんでそんなことするの?

 大人になるためだよ。イヴたちと違って、昆虫は成長すると姿形が凄く変わるんだって。本当、びっくりするくらい変わるの。子供の時はね、透明なんだけど幼生のワームみたいに細長い体をしてるのに、大人になったら翅が生えて真っ白になるんだよ。

 翅? 大人になったら、鳥みたいに空を飛べるってこと?

 ううん、飛べない。蚕は、その翅に比べると体も大きいし力も弱くて……人間が管理しないと、生きていくことも難しいんだって。

 ……不便だね。ゴーレムを作った人間たちとは思えない。どうしてそんな不出来なものを作ったんだろう。

 でも、似てると思うな。イヴたちと蚕って。

 どこがさ。アダは蚕みたいに余計な機能なんてついてないし、自分の体は自分で管理できるのに?

 でも、人間から作られたのは一緒だよ。それも明確な目的があって作られた。目指している物が違うだけで、ゴーレムも蚕も変わらないと思うな。

 よく、わかんない……。

 それなら、今から見てみる? データベースにあった映像記録を復元できたんだ。それならアダにもわかるでしょ?


 そう言って手を引くイヴの姿を追いかけることができないまま、アダは自分の頭の中で響くニューロフォンで目を覚ました。

 聴覚言語野を直接刺激するその音は、文字の読めないアダに『誰が』『何の用事で』これを鳴らしてくれているのかを教えてくれる。……この仕様をちゃんと理解しているのは、イヴに教えて貰ったからだが。

 部屋を出ると、アダより身長の高く、顔にそこそこ皺を作った二人のゴーレムが、玄関を見据えながら廊下に立ちすくんでいた。アダの育て役である二人にもニューロフォンで警告が鳴っていたことを、アダは申し訳ない気分になった。


「ごめんなさい、迷惑掛けて……」

「アダ……。何でこんなことをしたんだ? 何か、理由があってのことじゃないのかい?」


 二人のうち一人……ユミルがアダに問いかけてくる。もちろん内容は、今も頭で発し続けているこの糾弾についてだ。

 アダはそれに答えず、もう一度だけ「ごめん」と呟く。理由なんてないし、答えられるわけがない。だって理由はイヴしか知らないのだから。

 あーくの不正使用。及びその隠蔽。

 あーくに遺伝子情報を入力し、無断で新しいゴーレムを作ることは禁止されている。アダとイヴが、村で一番厳命されているこのルールを破ったのは、今から五日前。最初の一~二日はいつニューロフォンの呼び出し音が鳴るのかと気が気ではなかったけれども、不思議とそれがバレることはなくいつも通りの生活ができていた。その時アダは、イヴが機転を利かせてあーくの起動を隠し通しているんじゃないかと解釈し、しかしあれきりイヴと会えない日が続いていたために確認を取ることもできないまま、あっけなく悪事が日の目を浴びてしまった。

 乱暴に玄関が開かれる。朝日を後光のように携えながら、ユミルよりもさらに皺を作り腰を曲げた村長……ザウロがこちらを睨み付けてきた。


「アダ」


 喉周りの筋肉が衰え始めているせいで声はしわがれ、しかし怒りを孕ませた声色はアダを理不尽に竦ませるには十分な迫力があった。ザウロの眼光から逃げるように視線を下ろすと、ザウロが抱えている奇妙な物が目に映った。

 最初は夢に見ていたこともあって、それは大きな繭に見えた。いや、実際にそれはイヴが映像記録で見せてくれた蚕の繭を、二十~三十センチ大まで拡大させたような、真白な楕円形をしていた。


「自分が何をしたか、わかっているな」

「……わかっています」

「何も釈明しないのか? ザウロたちゴーレムは、地球を生かすために一丸となってこの命を循環しなければならないというのに、アダはその役目を軽んじた」


 確かにその通り。アダはゴーレムたちの資源的思想に関わるあーくを無断で使用した。それに関して罰を受けるのは当然だろう。ならどうして、今まで黙っていたのか。罰を受けるのは理不尽だと思っている節が、ないわけではない。アダは駄目だと言ったし、言い出しっぺのイヴを止めようともした。制止させようとする意思が足りなかったと言われればそれまでだが、それ以上にアダにはイヴの言葉がずっと心残りだった。


 あーくじゃないよ。それを決めてるのは、あくまで村の大人たち。

 あーくはただゴーレムを生み出す機械で、イヴたちみたいな意思なんてないよ。


 もしイヴの言うとおりあーくがただの機械で、大人たちの言う資源的思想が大人たちの都合に合わせた考えであるなら、そこまでして守る地球とはいったい何なんだろうか、アダには想像がつかない。地球への理解不足は、すなわち地球への還元を根幹とする資源的思想に対する理解不足とも言える。そんな中で、アダは大人たちの思想よりもイヴの考えに傾倒している。そこにどちらが真実であるかという客観的な見解はない。残念ながら。

 そうして答えに窮するように黙り込んだアダに対し、ザウロは何かに感づいて鼻を鳴らした。


「イヴに唆されたか。なまじ知識を持ったばかりに、余計なことばかりを考える」

「いけないことでしょうか」

「考えて何になるというのだ。ゴーレムの生き方はこうであると決まっておる。生まれるべき時に生まれ、還る時に還る。生命の循環の中で生きることに、何の疑問を抱く?」


 ふいに、熱弁するザウロの言葉に、どこか胸が透き通るような心地がよぎる。そうなれば返答に冷ややかなものになった。


「考えることはいけないことでしょうか」

「益のないことを考えることに、意味などない。ゴーレムたちの時間を、地球に還元できないのであればな」


 そう言って、ザウロは手にした繭をアダの前に放り投げる。ゴト、と重く固い音を立てて繭は転がり、アダのつま先を叩くと、ザウロはそれを憎々しげに見つめていた。


「見ろ。お前たちの余計な思案のせいで、大地の貴重なリソースであるペトリクレイがそんな土塊へと変わり果てた。その繭殻はもう三日もそのままで、生まれる気配すらない。……このような自体は、ザウロがあーくを管理して四十年間起こりえなかったことだ」


 アダは足下のそれを見下ろす。

 生殖を外部に委託したゴーレムは当然、その体に生殖器に相当するものを持たない。そのため遺伝情報を入力したあーくは、爬虫類等にみられる卵生生殖を模した繭殻(コクーン)を、万物の第一資源となるペトリクレイから生成する。この繭の中でゴーレムは、ある程度の知識・教養をクラウドネットワークから読み込むことで自立性を促す。地球上のゴーレムは必ず、この三日ほどのセットアップを経てはじめて、幼生体として繭殻から産声を上げることができる。

 しかし足下のこれは――これが、アダとイヴの遺伝子から作られた繭殻であるなら……五日たった今もまた固く重たいまま沈黙を保っているらしい。


「なんで……?」


 理論上は、あーくによるゴーレムの生成に、対象の稼働時間は影響しないはずだ。考えも、感じ方も、全てはあーくから教わって生まれてくるはずの命を、どうしてアダたちの影響を受ける?

 そんな疑問を、ザウロは嘲るように答える。


「知れたことだ。古いゴーレムの祖先たちが、リソース意識と称してザウロたちに正しい生殖を教えていたのだ。それもわからないお前たちは、地球の資源を無碍にした。ただそれだけのこと」

「そんなわけない。イヴがこれを知らないわけない……」


 アダはザウロの眼光を見返す。あーくはただの機械で、秩序は大人たちが作る。大人たちはあーくが何故ゴーレムを生むのか、その仔細を解釈することでしかわかっていない。

 ならば、イヴはそれを知っていたんだろうか。

 アダの中で、あーくの前で見たイヴの笑顔を思い出す。あれはこれから起こること、全部を悟っているような、アダのような子供や、ザウロのような大人たちすら凌駕してしまうほどの何かを感じさせる雰囲気すらあった。アダはそれはあてられただけではないのか。アダこそ、イヴというただのゴーレムを超常的に解釈していただけではないのか。

 イヴに会わなければならないならない。そしてイヴの考えを、今度こそちゃんと聞かなければならない。

 そう考えた矢先、ザウロの口から出た言葉は、アダを無慈悲に貫いた。


「こんなことをしているから、イヴも母なる大地に還ることができず死んだのだ」


 ひどく、頭を殴られたような気分だった。

 あまりにも急な出来事に心臓が一回飛び跳ね、衝撃が脳裏をジーンの滲むように痺れさせる。


「死んだ……?」

「生体反応を受信できず、あーくが死亡判定を下した。少なくとも、もうこの村の近隣にすらいない」


 気付けばアダは、足下の繭殻を抱えて、立ち塞がったザウロを突き飛ばして村へと飛び出した。家の前にはただならない雰囲気を察知した住人たちが、飛び出したアダに目を剥いているのがわかる。後ろのほうではザウロが雄叫びのように声を上げているが、意味は聞き取れない。おそらく、アダに対する処罰を宣言しているんだろう。そういえば、あーくの無断使用は違法だと教わってきたものの、破ったときの処罰を教えられたことは、イヴにもなかった。それもそのはずで、そもそも今までのアダには、そう言った規律やしきたりを破ろうとする考えすらなかったからだ。イヴに教えられたことが、アダの血肉なって今の行動を促しているのだとするなら、この肉体を動かしているのはアダとイヴ、どっち何だろう。そして規律としきたりを重んじるザウロたちを動かしているのは、ザウロたち自身の意識なのか、資源的思想なのだろうか。

 アダたちは蚕の一緒。イヴの言っていた意味が、ようやくわかったような気がした。地球を生かすために、考えることをやめさせようと人間たちが改造した働き蟻。リソース意識が、アダたちにとっての蚕の翅だ。

 村にいる限りはあーくのネットワークに繋がっている。それが途絶えて死亡判定が出たということは、イヴは村のネットワーク圏外まで出て行ったかあるいは、機能停止の手続きをしないまま事故に巻き込まれた可能性がある。ザウロたちだってイヴを探すために村中を探したのだから、もしイヴがいるとするなら村の外以外あり得ない。

 アダはL字型の軒並みを出て行き、あーくのある広場を抜けると村の入り口を迷いなく抜けていくと、そこにはカーボン素材で舗装された真っ黒な道路が伸びていた。

 カーボン。炭素。化学記号C。非金属元素。イヴの教えてくれた知識。


 イヴたちを構成するものの大半が、それでできている。これは人間も同じで、同じく炭素の骨組みにいろんな元素が組み合わさることでタンパク質や脂質が生まれるの。

 それじゃあ、人間とアダたちゴーレムの違いって?

 なんだと思う?

 わからないから聞いてるんだけど……。

 イヴもね、わからないんだ。


 アダは空を見やる。朝方を過ぎた頃の空は、空を青さとヘイズクラウドの黒々とした雲がマーキングをしている。多量のメタンガスを含んだそれは太陽光によって発熱し、体内のサーモグラフでは三十度を超える気温を観測している。これが昼間になれば四十度を軽々と超えていき、この体を容赦なく焼いていくことを、アダは知っている。

 道路沿いに乾いた地面を歩きながら、これからのことを冷静になって考える。衝動的に飛び出したとはいえ、イヴのいない村にもう戻る気はない。それに、イヴが死んだということも未だ信じられていない。もしイヴが生きていたとして、村に戻らないのには理由があるにしても、外で何の準備もなしに何日を生きていられることはできない。ヘイズクラウドによって揺らめく陽炎の下、まさしく炎天下の中で適応したゴーレムとはいえ、体温の上昇を止めなければパフォーマンスに関わる。それで予定日よりも先に死んでしまうゴーレムたちを何人も見ている。どちらにしても、活動できる拠点を探すことが必須な状況で、イヴは村を出てどこへ行くのだろう。

 いや、イヴの行き先を知り得て……偶然にも今同じ進路を取っていると、都合良く仮定しても、アダはイヴに追い付くことができるんだろうか。

 その事実に気付いたのは、村を出て三時間後。酸素を求めて喘ぐ呼吸が気にならないほどに、手足の痺れを感じた頃だった。右脇で抱えた繭殻を煩わしいと感じると、突然視界がフッと暗くなり、気付けば頬に照りつける地面の熱を感じていた。

 間近で見る、赤褐色の地面。これを組成するほとんどが、アダたちを構成する同じ物質だと考えると、今になって感慨深さが沸き起こる。そうして近くに焦点を合わせていると、小さく地面が盛り上がり、個性のない頭をした細長の物体が飛び出してきた。

 地球上のほぼ全ての土壌は、過去に人間の行った超大規模の土地改造によって、ペトリクレイと呼ばれる沃土へと変化していった。ペトリクレイは人類を組成する大部分の要素を含んだ土で、これにあーくに遺伝子情報を提供することでゴーレムが生まれる。それ好むのが、今目の前に現れたワームだ。ワームは土を食べてそれを栄養にする。故に資源的思想を持つ村ではワームは略奪者として整地作業の一環として駆逐されるのだ。

 当然、土から生まれるアダも、ワームにとっては等しく食料だ。蠕動しながら這いずり、その小さな口の先端が頬を撫でた。それに抵抗する力はない。

 死ぬんだろうか。漠然と、そんな考えがよぎると、いつもの声音が脳内によぎった。


 ねぇ、知ってる? イヴの声が響く。木霊する。まるですぐ近くにいて、アダに囁いているように。

 何?

 人間はね、死ぬと幽霊になるんだって。

 ゆー、れいって何?

 人間が死ぬと、その体からその人だったものが抜けて、辺りを漂うんだって。でもそれを、生きている人間たちは見ることはできないの。

 見えないのに、いるのはわかるのっておかしくない?

 そうだよね。でも、ちょっとわかる気がするんだ。

 なんで?

 ゴーレムは、イヴもアダも、この村の人たちみーんな、機能不全予定時間が決まっているでしょ? 約十五億七千六百八十万秒後、イヴたちの体は消えて、次のゴーレムを生み出す沃土になる。

 でも昔の人間たちは、いつ死ぬかわからなかった。百年後か、六十年後か、一年後か、この次の瞬間か……。予期もしないままその機能を終えた人間に、残された者はその体以外にリソース意識を持たせようとしたんじゃないかな。

 だって、そうじゃなかったら、今ここで死ぬ意味がわからないじゃない?


 ゴーレムは、いつ死んでも土に還る。そういう意味では、ザウロの言い様は間違いだ。資源的思想に従うなら、たとえイヴがどこで死んでいようと、土さえあれば母なる地球に還ることができる。あれはきっとアダやあそこにいなかったイヴに対する当てつけのつもりで言ったのだろうと、今さらながらに得心する。

 ああ、もう既に、考えることも億劫になり始めている。しかしそうなると、アダの身に起きたことを後悔しそうになる。

 それだけは嫌だった。何故嫌なのかはわからなかった。

 イヴなら答えてくれたのだろうか。身を挺して、生まれる保証のない繭殻を胸に抱え込んで、ワームから守ろうとしているアダを意図を。

 いつでも投げ捨てることはできる。しかしそうしても状況は変わらない。だからアダは、消極的に繭殻を守ろうとしているんだろうか。

 意識が途切れるまでの間、アダはずっとその意味を問い続けていても、答えは出なかった。



     ◆



「にーにっ」


 不可解な掛け声で、アダは目を覚ました。目の前に広がるのはヘイズクラウドの暗い空ではなく、木目の天井だった。木目と言っても、それは木製の天井ではなくペトリクレイがあらかじめ設定された文様のパターンを再生しているに過ぎないだろうが、今はその天井の六割を屈託のない笑顔が支配していた。

 子供……という言い方を、大人になれなかったアダが言うのもおかしな話であるが、その笑顔を作る輪郭はアダよりも小さく丸く、全体的に幼い姿をしたゴーレムだった。白い肌にゴーレム特有の浅黒い色彩が斑点のように残った顔。


「にーに……?」


 しばらくその笑顔を見つめていると、幼いゴーレムは首を傾げてこちらを見つめ返してきた。さっきから発している鳴き声のような単語は何なんだろうと不思議がっていると、


「それは君のことだよ、はぐれゴーレムくん」


 とゴーレムの反対側から声が聞こえる。アダは周りを見渡して、ここがようやく小屋の中であることをはっきりと理解すると、自身に声を掛けた者らしき人物を発見した。

 その人物は、小屋に唯一あった安楽椅子を我が物顔で占領しながらアダを見下していた。顔の調子からしてアダよりも年上……先に製造されたゴーレムであることが窺える。


「誰、ですか?」

「おっと待って欲しい」問いただそうとするアダに、安楽椅子のゴーレムが手で制すると、

「にーにっ」と、真似をするように斑の幼ゴーレムも右手を突き出してきた。

「まず君の診察をさせてくれたたまえ。君は都市へと向かう道路沿いで倒れていたんだ、その繭殻と一緒にね」


 安楽椅子のゴーレムが指さした先には、自分が寝ていたベッドの枕元には薄暗い小屋でも白さの際立つ繭殻が置かれていた。


「外の気温は三十八度超。特に耐暑加工を施さないゴーレムの体は、発汗によって大量の水分を消費しただろう。それにて急激に上昇した体温によって脳は本来のパフォーマンスを失い、最終的には意識を保てなくなった」


 つまり……。にんまりと、安楽椅子のゴーレムは笑う。その得意げさが、なんとなくイヴを思い出した。


「君は熱中症だね。医者のルシが言うんだから間違いない!」


 医者。という言葉を、アダは知っている。


 人間が進化して文明を発展させていった結果、人間がしてきたことは機械に置き換えて、おかげでどんどん楽ができたわけなんだけど……。

 それは、アダたちも同じだよね。土地の管理くらいしか、アダたちは任されないし。

 うん。その中でもね、一番お医者さんが可哀想だって思うの。

 お医者さん?

 医者って職業があったんだって。うーんと、人間の体ってもともと些細なことからエラーを引き起こしたり、バグが出やすい……多くの脆弱性を抱えていたんだけど、お医者さんはそれを直すためのエンジニアだったんだって。

 へぇー……。それが、可哀想?

 うん。バグがなくなって、みんな健康で幸せになったのに、お医者さんは消えなくちゃいけないからね。

 お医者さんじゃなくなったら、今度は誰になるの?

 誰にもならないよ。お医者さんは消えちゃうんだから。


 イヴの亡霊が囁く。そう、この世界に医者なんてものはいないはずだ。きっと聞き間違いに違いない。


「……誰、ですか?」


 もう一度同じ質問をすると、ルシと名乗ったゴーレムは笑顔のままに幼ゴーレムに手招きして呼び戻す。見比べてみると顔立ちが違うことから、この二人はもともと別のコミュニティにいたことを窺える。ただこうして楽しそうな笑顔を向ける二人には、どこか同種だと言うこと以外の繋がりを感じずにはいられない。

 もしかすればそれは、アダがイヴや繭殻に感じているものと、何か関係あるのだろうか。


「ルシはルシ。こっちはキリ

 ルシは医者。そしてキリは助手。この地球で唯一、『医療』を伝えるものさ」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る