Vampire

氷川 晴名

家族


 七月十七日。

 その香りに私の身体が侵されたとき、脳は思考をやめた。まるで、花がフェロモンで蟲を惹き寄せるように、身体が、胸が、そこへと誘われた。


 人のかたちをした「黒いなにか」がそこにはあった。

 地球上でもっとも人間を魅了する色彩、黒。それは、甘く、妖艶で、美しい香りだった。

 私は「それ」に、躊躇いなく流れるようにして、首を差し出した。

 すべてを惹き寄せる「黒」に、私は奪われた。

 しと、と、湿った舌が、私の首筋を這った。

 それだけで気持ちがよかった。すべてを忘れられた。

 次に私を襲ったのは、痛みと苦しさ、そして、それを超える快楽だった。

 鋭利な突起物が肌を傷つけ、私は、私のなかを流れる液体を吸われた。


 赤く、黒い液体だった。



 私は、血に魅せられた。


 七月二十二日。

 彼の誕生日には、私の血をあげることにした。


 ねぇ、血縁って知ってる? って、訊いたら、

 何を言っているんだ? って、訊き返された。

 昔の人は血のつながりを重視したの。って、言ったら、

 家族を大切にするのは当たり前だよ。って、言われた。


「あれ」と出逢う前から、私の薬指には小さな白光が煌めいていた。

 だけど、「あれ」と出逢ってからは、彼とのつながりが欲しかった。


 だから、彼の身体に私の血を流した。

「あれ」のように血を奪うのではなく、彼には血を与えたかった。


 彼は胸を強く握りながら、地べたで悶えていた。

 口が裂けそうなほど開かれて、目玉は飛び出しそうだった。

 せっかく私が血をあげたのに、喉からそれが吹き出るほど、叫んでいた。

 痛そうだったし、苦しそうだった。

 まるで血の海で溺れているみたいだった。


 それでも、私は嬉しかった。

 だって、私と彼の関係は、縦のつながりじゃなくて、横のつながりだったから。



 五月二日。

 高層ホテルの豪奢なレストランへ、二人で食事に行った。最後のお皿が下げられて少し経ってから、彼は飲みかけの赤黒い液体が入ったグラスを置いて、私に告げた。

 結婚しよう、と。


 小箱のなかでは、白金の輪が煌っていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

Vampire 氷川 晴名 @Kana_chisa

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ