いか飯、落ちた。
加賀宮カヲ
いか飯、落ちた。
公立旭ヶ丘中学校二年一組。四時間目の体育が終わって、今日は週に一度の給食日だった。冷温蔵配膳車が各クラスの入り口まで運ばれてくる。着替えを済ませ、お腹を空かせた生徒達が続々と着席していった。エプロンをした当番も、自分達が早く食べたいので黙々と配膳作業を行っていた。
今年で50歳になる担任の
給食日のみ、生徒と一緒に食事をする。改まった様子で号令をかけた。
「それでは、みなさん。いただきます。」
「いただきまーす!」
生徒たちの元気な声が、廊下へ漏れてくる。それは数分もしないウチに、困惑のざわめきへと変化していった。
「――……なにこれ?」
「え?」
「ちょっと……えっ」
学級委員の
皿の上には、イカ……を煮たような物体のみ。汁物やデザートもなく、後はよく冷えた牛乳がぽつんと置かれているだけだった。
「イカだよね?」
「――……どうやって食べるの?」
「せっせんせい!」
「これは……なんですか?」
「これは、いか飯だ。」
「……いか飯……どうやって食べたら良いんですか?」
いか飯には、切れ目が全く入っていなかった。パンパンに太ったそのままの形で、皿の上に鎮座している。他の生徒も狼狽した様子で、指で摘んだりしている。
「どうするも何も、フォークとナイフがついているじゃないか。」
「先生、フォークとナイフ。紙だから切れない……」
窓際付近で先程からいか飯と格闘していた、やや肥満体型の男子生徒が困った様子で訴える。そう、配膳されたカラトリーは先月からプラスチック製が全廃になり、全て紙製品に置き換えられたばかりだった。
既に着席していた
そのいか飯が、ツルンと滑って皿から跳ねた。
「
「委員長のいか飯が落ちた!」
「いか飯が、落ちた!」
「ああ、なんてことだ!教科書がタレだらけだよ……うわあ、イカくせえ!」
紙製のナイフとフォークを放り出した
「キャア!
女子の悲鳴が聞こえてくる。はたして、いか飯は机の中から滑り落ちて、教室後方座席までくるくると移動している最中だった。
「ごめんね!僕のせいだ。」
慌てた
「俺のいか飯も落ちたじゃねえか!」
「やだ!私のも!」
教室はパニックに陥り始めていた。
「うるせえなあ、何の騒ぎだよ。教室の外まで聞こえてんぞ。」
着替えに間に合わなかった、不良風の集団が入ってくる。体育用具の片付けをしていた、
「
自分のいか飯でタレまみれになった女子が、大声をあげる。
「
「うわあああ、
そう叫びながら、
「
「ごめん、今取るから!」
一刻も早く、事態を収拾させなければ。
それしか頭になかった
「うわあ、くさいよ!
「てめえ、
「でも、パンツの中が暗くてよく見えないんだ。どっちがいか飯か分からないよ!
「
「……でけえな、
「
「え?どっち?」
「どうしよう、もう
女子生徒が、殆ど悲鳴のような声を上げた。
「これは
怒鳴り声を上げながら、パンツの中からいか飯を取り出した
いか飯が、跳ねる。
担任の
突然、ガラガラという音と共にドアが空いて、校長が入ってきた。
「通りかかってみれば、一体何の騒ぎなんだ……おや?」
禿げ上がった頭皮に、ぺたりと吸い付くような感触を覚えた校長が、頭頂部に手をやる。
「校長の頭の上に、
「校長先生の頭が、
「ふざけんな、俺じゃねえ!
「校長先生、それは僕のいか飯です。こんな事になって、本当にすみません。」
深々と頭を下げた
「食べ物を大事にしないのは、いただけないね。」
「はい。今後、気をつけます。」
「なら、よろしい。」
そう言うと、校長は
「これは……ひっておかないと、ふぁみひれないひゃないひゃ。」
校長の上顎から歯が消えていた。下の入れ歯だけが残って、カタカタと動いている。
「……校長先生、入れ歯だったんだ。」
「校長先生が、いか飯と一緒に入れ歯飲み込んじゃった!」
「校長、入れ歯!」
担任の
「ああ……僕のいか飯……」
「うわあ、眼鏡までイカくせえ。」
公立旭ヶ丘中学校は、この件を教訓とし『いか飯は、一口大に切ったものを箸で食す事』と言う校則が生まれた。
いか飯、落ちた。 加賀宮カヲ @TigerLily_999_TacoMusume
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