第3話・「ヤラハタ」を考える一時間
90年代を思春期で過ごしたが「やらはた」という単語は出て来なかった。「パートナーがいるセックスをやらず、ハタチを超えた」と他人を軽く扱い、侮辱することばだ。
そんな言葉とは関係なしに筆者は女体のことで頭がいっぱいだった。英単語と数式の間に「スケベ・スケベ」と2回ぐらい、頭の中をいやらしいことと空想の女体が脳裏を駆け巡る。道で転んだら耳から緑色のすけべな汁を道路にぶちまけていたかもしれないぐらい、当時はパンパンにそういうので詰まっていた。
現実世界では、性の匂いからはかなり遠く離れていたというのもあって、なんとなくの焦りこそはあったけれど、漫画などで描かれていたようなものは程遠い人生だった。ということで恋愛がどうだとか、みたいな世界とは断絶した世界を生きていた。
一方で、よく分からない価値観があって、「高校生は初体験を済ませているものだ」という押し付けがあった。経験がなさそうな男、嘘をついて誇示するような奴は更に忌避されるような感じだった。
当時は雑誌「Cool」や「Boon」、そして「Smart」に触発されて、学校を休んで原宿に買い物に行っていた学友がいたが、筆者はそういう話を聞いても同世代の女子が3万の靴と5万のジャケットで股を開くのか?という哲学的な問いが始まってしまうので、彼女彼氏という関係作りに勤しもうという考えは育たなかった。
また、少しでも勝てない要素であればゲームの場を荒らせとばかりにモテない男の足の引っ張り合いも多数あり、女子と会話しているだけで同性から変質者というレッテルを貼ってはジョークだと言って悪辣な攻撃をしていたようなところにいた。
そういうのも大学に入ると如実に訳の分からない変な価値観で自分の足元を見られているのに気がつく。
「もう済ませているんだろうけれど」という謎のフィルターが突然入る。そういうのはマイルドで性的な経験がなく、パートナーが存在しない大学生は空気のように扱われた。無視程度で済まされているので良かったのかもしれない。
特に就職活動みたいな所で如実に値踏みされていた。イケメンと呼ばれる容姿に入っているか、入っていないかの違いは特に強烈だった。性的な経験がある男が優遇され、そういう女性に暴行を加えそうな容姿の方が、同性の中年は好んでいた。
当時は梅しゃんとかJOYとかが見目麗しいギャル男の読モが頂点の世界で、筆者もそういう読モに属する男性どころか、一般男性よりどんぐりや腐葉土との共通点が多いような見た目だったことから、尚更、異性からは不思議と慈悲の心か、暴虐の心のどちらかで接せられることが多かった。
そもそも、20歳を超えても性的魅力が全然ない容姿だった。文字がたくさん書かれたTシャツですら着られないような状態で、日頃はユニクロの999円のTシャツなどで済ませていた。都内に通学していたにも関わらず、金もないからファッションの店で何を買って試行錯誤することもできなかった。自分から鉄火場に入って地獄を見るよりかは、好き勝手に生きるほうに舵を切って、バイトで稼いだ金もそこに突っ込んでいたのだが、それは振り返ってみると人生の中でも成功の部類だったかもしれない。
2022年の今は、性的経験の有無を理由に10代の人たちはあれこれといがみ合う、というのはネットでも出てこない。常識のアップデートとか盛んに言われているけれども、そういうのは流石に出て来ない気がしてならない。
ヘッドレストにふくらはぎ 長山征樹 @r4ndo
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