不幸を呼ぶ少女は、星をあげたくてもあげられない?

kayako

☆☆☆


 私は、何をしても不幸を呼ぶ女。

 昔から、友達と遊びに行けば雨に降られ。

 野球やサッカーを見にいけば贔屓チームは惨敗し。

 アニメやドラマを見れば、推しは必ず惨殺されるか彼女を寝取られるか、ろくな見せ場もなくフェードアウトかの三択。

 ごくたまに推しがカッコよく活躍しそう!と思ったら、その作品が予想外のトラブルで放映中止に追い込まれたり。


 だから、好きな人や好きなものには、出来るだけ自分から関わらない。そんな生きかたを続けていた。

 世界の隅っこで、誰にも気づかれないように楽しむだけ。私はそれでいいんだって──

 そう自分に言い聞かせながら、15年を生きてきた。


 でも、作品そのものじゃなく、二次創作だったら、そんな性質も少しマシになるかと思って──

 好きなアニメや漫画の二次創作作品にのめりこんだのが、ちょっと前のことだ。

 原作の感想を呟いたりネットに載せたりは出来ない。私がそうしたせいで、また推しが不幸になるのは嫌だから。

 だけど、ファンが好きで作った二次作品だったら大丈夫かも知れない。そう思って、お気に入り作品に思い切ってブックマークをつけたりいいねをつけたりしていた。感想やコメントまでは、さすがに怖くて出来なかったけど。

 そしてお気に入りの作者さんも出来て、こんな自分でも少しは人生を楽しむことが出来るようになった──そう思った。

 ──でも、直後にその作者さんは、トラブルに巻き込まれた。

 原因は、受け攻め逆のカップリングの話を書いたから。

 そのせいで作者さんは、界隈を巻き込む大騒動の渦中に投げ込まれ、色々あってアカウントを消してしまった。

 そういうことにはほぼ興味がなく、健全な話ばかりを読んでいた私にとっては青天の霹靂。




 ──だから、今の私は。

 もう一切、誰かを、何かを好きだという意思表示は、しないと決めた。




 ある日の放課後──初夏の夕陽に照らし出された教室で。

 私はその話を、幼馴染の瀬波せなみことセナにずっとぼやいていた。たまたま部活で一緒に教室に残って、二人して授業の愚痴を言っていたら、いつの間にか。

 セナは小さい頃から結構何でも話せる奴で、そこそこ頭もいい。クラスの女子に言わせると、地味だけど意外にモテる眼鏡イケメン──らしいけど、昔から彼を見ている私にはどうもその実感がない。

 彼は半分呆れたように、ちょっと茶に染めた短髪をかきあげながら、ずいと私に詰め寄った。


「受け攻めとか、俺からしたらワケ分からんけどさ」

「言っておくけど、私だってワケ分からなかったからね? マジで」

「分かってるって。別にそりゃ、お前のブクマは何も関係ねぇんだろ?」

「確かにそうだけど、私のブクマの直後にその事件が起こったんだもの。

 だからもう、怖いの。嫌なの。私のせいで好きなものがなくなっちゃうのは」


 そう呟きながらスマホに視線を落とす私の隣に、セナは無遠慮に座る。

 椅子に逆向きに腰かけた彼は、まっすぐに私を見据えた。


「で──

 今は二次とか何にも関係ない、オリジナル小説のサイトばっか見てるってワケ?」

「うん」

「感想もブクマもフォローも評価もなんも残さず?」

「そう」

「どんなに好きでも?」

「当たり前でしょ」


 私はセナを無視しながら、スマホを弄っていつもの小説サイトに行く。

 好きだという意思表示はやめても、好きになること自体はやめられない。

 今私が好きなのは、ネット上に無数に存在するオリジナル小説を読むことだった。

 不幸な主人公が、どんな困難にも負けずに幸せを掴む。そんな話が好きで──


 しかし私がいつものお気に入り小説のページに行こうとすると、セナはまたしつこく話しかけてきた。


「そういやお前の好きなVtober、まこーるって言ったっけ。

 この前突然卒業宣言して、ちょっとしたニュースになってたな」

「……」

「確か、本人は全然悪くないのに表現のミスで、国際問題にまで発展しかけたっていう……」

「……言わないで。思い出したくないんだから」

「お前、まこーるにも何もしてないのかよ?

 スペチャ……は、俺らのトシじゃまだ難しいとしても、コメントや高評価やチャンネル登録は」

「するわけない。

 それでまこーるに何かあったら嫌だからって……ずっと我慢してたのに」


 そんなことをぶつくさ言っているうちに。

 私はお気に入りの連載小説を読み始めた──が。


「あ……

 今回もやっぱり、この小説、評価入ってない」


 それは、半年以上も前から連載されている、現代ファンタジー長編小説。

 私の好みにぴったりハマるキャラが活躍してて、すごく久しぶりに本気で好きになれるキャラが現れたと思ってた。

 だからずっと、楽しみにしながら読んでいたけれど──


 何故かその作品には、全くといっていいほど評価が入っていなかった。

 そのせいか、連載当初はほぼ毎日だった更新が、やがて数日おきになり、1週間おきになり

 ……今では1か月に一度のペースまで落ちている。

 ようやく1カ月ぶりの更新がきたのが、ついさっき。

 結構間を空けただけあって物語は波乱万丈だったし、推しは相変わらずカッコ良かったけど、やっぱり、評価は全く変動していなかった。

 しかも、作者さんの近況報告を見ると……

「ちょっと疲れました」というタイトルまで見えた。この作者さんの近況報告はだいたい事務的な更新報告に終始しており、こんな感情的なタイトルは滅多にない。

 これは──


 それに目ざとく気づいたセナは、しつこく私のスマホまで覗き込もうとする。

 慌ててスマホをその視線から隠す私。


「なんだよー。見られたくないなら、わざわざ俺の前で見るんじゃないよ。

 評価が入ってないから何だって?」

「う、うぅ……」

「評価入れたくてしょうがないけど、また作者が不幸になるのは嫌だ。

 明らかにそんな顔してるぜ?」


 はい。悔しいけど、大図星。


「評価入れなきゃ、作者は連載やめるか、最悪まこーるみたいに活動自体やめちまうかもなー。

 お前が評価入れなかったせ・い・で♪」

「ぐ……こ、この……!!

 あんた、そんなに眼鏡割られたい?」


 嫌味ったらしく言ってのけるセナを、思いきり睨みつける。

 しかしそんな私の威迫などなんのその、彼は椅子の背に顎を乗っけて面白そうに私を見ていた。


「お前が評価入れても入れなくても、その作者は詰み。

 だったらいっそ、何もしないよりはした方がいいんじゃね?」


 セナの言葉は、奇妙に心に響いた。

 小説のページの一番最後。まだ何も評価していないことを示す、灰色の星マークが3つ見える。

 一度でも私がそこに指を触れれば、灰色の星は青く輝き、評価が入る。そんなことは分かっている。

 でも──もしも、また、好きなものがなくなってしまったら。

 好きな人が、私のせいで消えてしまったら。

 それを考えると、スマホの画面まで残り数ミリの指先が、どうしても動かない。



 だけど、そんな時。

 セナの手が、そっと私の手に重なった。

 気が付くと彼は私の上から覆いかぶさるようになって、左手を私の椅子の背に置きながら右手を──意外と大きな手を、私の手に重ねている。

 白いワイシャツごしに、彼の心臓の音までが聴こえそうになり──

 私の胸も思わず、どくんと跳ねた。

 それを知ってか知らずか、すぐ耳元で囁かれた言葉は。



「星をつけたい時は、俺が一緒につけてやるよ。

 だったら大丈夫だろ?」



 彼の指に押されて、私の指が画面上の星に触れそうになる。

 私は思わず、激しく首を振っていた。


「駄目……駄目、駄目、離して!

 こんな形で星を入れたくない! こんなの私の意思じゃなくて、あんたが勝手に」

「ほぅら。やっぱりお前、自分の意思で星を入れたいんじゃねぇか」

「そうよ、私は星を入れたくて入れたくてたまらない!

 だけどそれをやったら、この作者さんが不幸になっちゃう! もうそんなの嫌なの、これ以上は絶対に……!」

「だったら、俺は手首だけ握ってるよ。

 それでお前の不幸体質が中和されるなら、それでOKじゃね?」


 眼鏡の奥からウインクしてみせるセナ。

 何がOKなんだか全く分からない。分からないが──


 何もしないよりは、した方がいい。

 どちらにせよ、私の好きなものが消えてしまう運命なら。

 そう。この小説の推しキャラだって、同じことを言っていたじゃないか。


 乱れた呼吸が、少しずつ落ち着いていく。

 セナにしっかり手首を握られたまま、私は震える指で……

 一番最初の、星を、入れた。


「……って、はぁ? 評価2て、お前」

「ち、違うの……私が星3なんて入れたら、本当にこの作者さんは!!」

「いい加減にしろよ。お前、マジでそれでいいワケ?

 不幸にさせられてもいいからお前に好かれたい奴のこと、少しは考えろよ!」


 セナの、いつもより少し熱を帯びた手が、ぎゅっと私の手首を握りしめる。

 その勢いに弾かれたように──

 私の指は、星の上をなぞり。



 いつしかページの上では、青い星が3つ、煌めいていた。



 ☆☆☆



 そして部活の後片付けを終え、二人でやっと学校を出る頃には──


「うへぇ、いつの間にかすげー雨」

「うわぁ、やっぱり……」


 さっきまで夕陽が輝いていたはずの空は真っ黒に曇り、見事なゲリラ豪雨が来襲していた。


「セナ、ごめんね。

 やっぱり、私と一緒にいたらこうなる運命なんだよ」


 ため息をつきながら土砂降りを見つめるしかない私。

 こんな時の為にいつも折り畳み傘は持ってきているのに、今日に限ってド忘れしてしまった。

 それでもセナはそのまま外へ飛び出し、傘もささないまま元気に雨の中で跳ねまわっている。



「俺ならだいじょーぶだって。

 俺は、お前と一緒なら。

 どんな雨に降られたってヘーキだから♪」



 10秒もしないうちに、セナの夏服は完全にずぶ濡れになってしまっていたが。

 それでも彼は心から楽しそうに、私を手招きしていた。

 その言葉は何故か私の心に、雨と一緒にじんと浸み込んでくる。



 ──そうか。

 誰かが一緒にいてくれれば、少しぐらい不幸があっても、きっと怖くない。

 不幸な目に遭っても、自分を見てくれる人がいるって、一人じゃないって、分かっていれば。

 でも、「貴方は一人じゃない」ことをちゃんと伝えないと、その人は、いつまでだって孤独だ。

 きっと、あの作者さんだって……



「ほら、早く来いって。

 お前の濡れ透けセーラー、見せてくれよ♪」

「って、馬鹿! ナニ考えて……」

「冗談だって。

 ほら、濡れたら俺があっためてやるからさ」

「……ったく。毎度毎度、ホント調子いいんだから」



 私はカバンを頭の上に被るようにしながら。

 セナと一緒に、雨の中を走り出した。

 二人ともあっという間にずぶ濡れになり、制服はぴったり肌にくっついてしまったが。

 それでも──土砂降りの中、私たちはしっかり手をつないで、泥を跳ね飛ばしながら二人で駆けて行った。

 そう。私は不運かも知れないけど──

 もう、決して不幸じゃない。



 ☆☆☆



 数日後。

 例の作者さんは「元気になりました!」という近況報告と共に、一気に連日更新を始めていた。

 しかも、私の評価に連なるかのように、次々と評価が入って──

 何と、日間にランクインまでしてしまった。

 おまけに新作の短編まで掲載されている。すごく爽やかなソーダみたいな、夏らしい短編だった。

 読後、評価満点を意味する☆3を私が献上したのは、言うまでもない。

 ──勿論、セナと一緒に。



Fin





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