無機質の初恋
@aoi_moka
第1話
毎週木曜日15時55分、
眼鏡の君が図書室へ足を踏み入れる。
その瞬間が何よりも私の心を踊らせた。
娯楽が飽和した現代。
紙媒体を選ぶ物好きな高校生はそういない。
暇潰しだろか。家に帰りたくないのだろうか。
いくら理由を推測しようが、
答えを確かめる術は私にはなかった。
眼鏡の君のルーティーン。
欠かさず迷わず91.日本文学の棚に向かう。
私の前を通り過ぎる瞬間に見えた。
今日は江戸川乱歩の小説を選んだようだ。
時計の針の無機質な音すら煩いと感じるほど、
図書室は静寂に満ちていた。
目の前に腰を下ろした彼は
丁寧かつゆっくりとした仕草で読書を開始した。
「江戸川乱歩 人間椅子」
主人公はモノと一体化したかったのだろうか。
そうだとしたら今の私は主人公の気持ちが
理解できる気がした。
初夏の暑さがありながら
布越しに感じる彼の温もりに
一切不快感を抱くことはなかった。
唯一私が得られる触れ合いに度々心を踊らせる。
キーンコーン…
窓の外はいつの間にか濃い黄昏に染まる。
18時の下校を知らせるチャイムが鳴り響く。
嗚呼彼が離れてしまう。
本を元の棚に片付けた彼は
私を元の位置に押して図書室を後にした。
最後に私に触れた手は多少冷えていた。
また来週。
此処の椅子である私は貴方を待ち続ける。
思いを告げることも、触れることも構わないまま。
今日の触れ合いを反芻しながら
次の木曜日15時55分の逢瀬に思いを馳せた。
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