第7話

 街に人員が到着すると、早速復興が始まり、一週間が経つと街の九割は復興が完了した。

 街の名はルシアだったが、アストレザの傘下になった際にルミナスと改名し、小さな街だったが、それ以上に拡大し、アストレザでは物価が高く住みづらかった者たちを住まわせる場所となっていった。

 特に農業へと力を入れ、冒険者たちによる稼ぎと農作物の販売で財源を潤し、街の運営を行う。

 気づけば、アストレザの次に栄えている街となっていた。

 その期間、約半年。


「アレンさん、やっぱりあの時の判断は間違っていませんでしたよ」

「そうですか、それは良かった」


 ルミナスがアストレザの傘下となった時、商業国家アファトからは大量の抗議文書と戦争でも起こす勢いで進行してきた軍隊の進軍があった。

 だが国家運営の過ちを指摘し、自分たちの街の一つもろくに守れない軍隊を逆に批判し、それを救ったのは我々だと主張したことによって、アファト以外の周辺国から賛同を得られた。

 よって進軍はすぐに引いていき、アファトから正式に街を手放すことを示した文書と復興にかかった金額の引き渡しによって事が収まった。


「私たちはあの時、たった半年間でここまで大きくなるとは思っても居ませんでした。まさか隣国との境界線でもあるこの街がアストレザの次に栄えていると言われるまで成長するとは……」

「これもあなた方の頑張りがあったからですよ。私達だけではどうにもならなかったこともありましたし」

「いやいや、そんなことは無いですよ」


 派遣されてきた魔法士や魔法師、魔導士は魔法や魔術に関して興味を持っても、街の復興に対して興味を持つことは低かった。

 だが街の住民による復興の支援に対する感謝と、その頑張りに感化されたのか、考えていた以上に復興が完了したのである。

 まさしく魔法だけでは不可能だっただろう。


「それでは、私は戻ります。そろそろアストレザの方でも学園が始まるので」

「そう言えばアレンさんは学園で教師を行われていたんでしたね」

「非常勤講師ですけどね」


 アレンはあれからトウヤとレナを正式に弟子として契約し、少しずつだが魔法と魔術の基礎教育と訓練を行っていた。

 街の復興は人手が来た時点で殆ど手を付けてはいなかったのだが、住人の中で魔法の素質がある者に簡易的な攻撃魔法や生活魔法を教えたり、街のインフラ設備を整えるなども行っていたので、街の人々からはちょっとした英雄視されていたのだった。


「アレンさんほどの腕前で非常勤なんて、学園のレベルは相当高いんでしょうね」

「学園は何処の国でもどんな人でも受け入れますからね、私よりもレベルが高い人なんて沢山いますよ。もちろん一番すごいのは、学園のトップである学園長ですが……」


 もちろん冗談である。

 アレン以上の教師など、学園では片手で数えられるほどしかいない。

 非常勤教師をやっているのは自身の研究を進めたいからで、常日勤の教師だと四六時中生徒を見てなければならないので研究に没頭することが出来ないからだ。


「そうなんですね。いつか私の孫たちも学園に通わせたいものです」

「魔法の素質があれば入学させることができますよ。定期試験でトップクラスの成績を修めれば学園に通うために必要な資金は全て学園負担になります。ぜひおすすめしますよ」

「それは良い制度ですね。孫たちに相談してみます」

「ぜひどうぞ。いつでも待ってますよ。それでは」

「ええ、またいらしてください」

「そうします」


 そうして二人は別れてそれぞれの仕事へと戻っていく。

 アレンは、先に魔導都市アストレザ行の列車を待っていたトウヤ達の元へと急いだ。

 彼らは学園に入学するには少し早いが、それなりの実力を示しており、学園長であるアリスも二人のことを認めている。


 トウヤは想像力が豊かであり、魔力量も多く、魔法の才能があった。

 アレンの様にはいかないが、簡単な魔法なら無詠唱で発動でき、難しい物でもしっかりと詠唱して発動させることができる。

 師匠であるアレンに内緒で、戯神信仰守護騎士団をいとも簡単に倒してしまった魔導騎士を召喚しようと試みているが、魔力量が足りていないからか剣までは召喚することができたが、魔導騎士の召喚は成功してない。

 中級までなら支援無しでも発動させることができるようになった。


 レナの方は魔術の才能があり、魔術陣と必要な素材の種類や価値などを暗記し、一度見た魔術は忘れることがない。

 魔力量は人並み程度だが、自身に魔術陣を刻むことでその効力を得られることに気づき、その研究を独自に行っている。

 手にはアレンより弟子になった時に貰った全ページ白紙の紫に青色の装飾が入った魔術書を持っており、その中は覚えてきた魔術陣やその効果に、素材の詳細まで隙間なく埋められていた。



「師匠、遅いですよ!」

「早くこないと先に行ってしまいますよ!」

「はいはい、楽しみなのはわかるが、俺を置いて行ったらアストレザで迷子になるだけだぞ」


 アレンを見つけたトウヤ達は急かし、アレンはそれに苦笑いしつつも列車のホームへと着く。

 列車の到着は数分後ほどで、それまでどうやって暇をつぶそうかと考えていた。


「先生、私達は学園で上手くやっていけるでしょうか」


 レナが心配そうにアレンを見る。

 その目には不安の色が見え隠れしていた。


「レナ、お前は俺が今まで見てきた弟子と生徒の中で、トップクラスの魔術の才能がある。確かに学園の生徒の中では最年少だろう。だが、その実力は教師にも劣らないぐらいあるぞ。自身を持っていくんだ。大丈夫、お前達兄妹、二人なら上手くやっていけるさ」

「先生……」

「師匠、俺はどうですか?」


 レナはアレンのその言葉に安堵し、トウヤもどう言われるのかが気になって聞いてきた。


「トウヤも大丈夫だ。お前の魔法に対する執着心はもはや研究者レベルと言ってもいい。今の教師の中に熱中するほどの者はいない。魔法を教えた俺でさえ、そこまで熱中することは出来なかった。もしかしたら俺を超える魔導師になるかもしれないぞ」

「師匠を超えるなんて……でも、頑張ります。いつか師匠の隣に立てるぐらいの強い魔導師になるために」


 トウヤはアレンの言葉にやる気を見せる。

 学園の中で教師よりも出来るなんて言われたら、自信がつくのも当然であった。


「だがな二人とも。これだけはよく覚えていてくれ」


 アレンは右手の人差し指を立てる。


「お前たちの回りの生徒たちは、魔法や魔術の基礎から技術からがお前達より数段劣るだろう。中には出来る奴もいるかもしれないが、それでもお前らクラスには成り得ない。だからと言って研鑽を辞めることも、その出来ない奴らを貶すのも禁止する。それは精神的にも魔法使いとしても精神的に弱い奴がやることで、お前たちがやることではないからだ」

「「はい」」


 二人は頷く。


「もし仮に破ってみろ。その時は俺はお前たちを殺しに行く。大げさかもしれないが、お前たちのことはかなり気に入ってるからな。変なことはするなよ。ごく自然に学園生活を満喫しつつ、お前達それぞれの知識と技術を向上してきてくれ」

「頑張ってみます」

「お兄ちゃんがサボらないようにしっかりと監視しながら、頑張ります!」

「おい!」

「あはは、相変わらずの兄弟愛だな」


 トウヤはアレンに師事してきたから、魔法の研究に没頭することが多くなっていた。

 別に悪いことではないのだが、修行そっちのけで研究することがあるので、そのたびに妹のレナが叩き起こしに行ってたのだ。

 アレンも研究することは多いのだが、それでも没頭して飯を忘れるようなことはなく、研究を急いだことも無い。

 トウヤが魔法に魅せられて、その研究に没頭する気持ちもわかるので、妹に任せていたのだ。

 そしたら、いつの間にかレナは生意気な性格に育ってしまったのだが、アレンも甘やかしていたので何とも言えないのだった。


「魔法は便利だ。だがその利便性が凶器となることもある。それが争いであり、戦争だ。生活を豊かにする反面、誰かを不幸にすることもあることを忘れないようにな」

「はい、師匠」

「はーい、先生」


 そんな話をしていると列車が到着する。

 魔導都市アストレザに直通する急行列車で、その原動力は魔法炉と魔術陣。

 魔術陣で線路上の障害物を排除、又は危険を感知し攻撃する。

 魔法炉はその名の通り魔力を燃料とした動力炉で、魔力を注げば注ぐほど高出力なエネルギーを生み出し、列車を動かすのだ。

 ただし魔法炉は魔法で強化された動力炉なので、耐えられる魔力を注ぐと爆発する危険もあるので、使用には最新の注意を払わなければならない。


 アレンたちは列車へと乗り込み、自分たちの座席へと座る。

 魔導都市アストレザとルミナスしか駅が無いので、そこまで客は多くなく、全体的に半数以上が空席だった。


「先生、これどうぞ」

「ん?これはサンドウィッチか」

「はい、私の手作りです!」


 レナは何処で学んでくるのか料理の腕を持っていた。

 料理は絶品と言ってもいいほどおいしく、そしてレパートリーは数千に上るほど修行中は毎日作っていた。


「レナの料理はおいしいからな、昼飯もまだだったし、ゆっくり食べようか」

「はい!」

「朝から何かしていると思ってたけど、サンドウィッチを作ってたのか。暇なんだな」

「あ、そんなこと言うんだ……。じゃあ、お兄ちゃんは無しね」


 そう言って、手が伸びかけていたトウヤの手を叩き除けるレナ。

 トウヤも意地悪を言っているが、実際にはレナの料理に虜にされており、サンドウィッチを食べられなくなることに焦りを見せた。


「あ、おい!ごめんだって、忙しい中、作ってもらってありがとうございます!」

「本当にそう思ってる?」

「あ、ああ。ごめん」


 トウヤは肩を落とし、レナに頭を下げた。

 レナはアレンの方を見ると、笑顔を見せ、トウヤの頭を軽く叩く。


「もう、そこまで言うなら許してあげようかなぁ。でも次は無いからね」

「はい、反省します」


 どうやらトウヤはレナには逆らえないようになっていた。

 立派に育ってくれて良かったと思う反面、兄としての威厳を無くしたトウヤがどうやって取り戻すかを期待するアレンだった。





 そんなこんなしながら雑談をして風景を楽しみ、もう少しで列車がアストレザに到着する時、事件は起きた。


「お前ら手を上げろ!!」


 前の方に座っていた男が、手に魔道具を持って突然叫んだのだ。

 アレンは魔力を起こし、トウヤは短い杖を持ち、レナは魔導書を持つ。

 男はどこか興奮しているようで、近くにいた女性を人質にとった。


「この列車は俺たちが乗っ取った。人質を殺されたくなかったら、無駄な抵抗はするなよ」


 そう言うと、前の運転部から顔に傷のついた男が現れ、後ろからは眼帯をした男が現れる。

 どうやらこの列車を襲うことは計画的なモノであり、その手際からただの素人ではないことが分かる。

 眼帯の男は、魔力の残滓が見えることから、魔法士であり、何かの魔法を使ってきた後なんだろう。


「そこの魔法士も変なことをしようと思うなよ」


 アレンたちの方を見ながら釘を差す魔道具を持った男。

 トウヤとレナは杖と魔術書を仕舞うと、座席に座った。


「一つ質問しても良いか」

「なんだ?」

「どうしてこんなことを?」


 そう言うと、顔に傷のある男が答える。


「俺たちは今のアストレザに不満を持った同志であり、その現状を変えようとする者だ」

「アストレザに何かされたのか?」

「ああ、あれは数年前の事だ」


 そうして男は語る。

 今から数年前、男はアストレザの魔法学園に通う生徒だった。

 だが学園卒業間際の試験時に言われも無い難癖を教師に付けられ、学園を強制的に退学になった。

 もちろん学園のしかるべきところに抗議をしたが聞き入ってもらえず、挙句の果てには難癖をつけてきた教師に人格を否定され、自分の家族を殺すと脅されたのだった。

 そこからアストレザに住むことが怖くなり、ルミナスに引っ越したが、あの時の屈辱が忘れられず復讐心を燃やしていたところに、この組織に誘われ今回の列車強奪の案を思いついたのだと。


「あの時、俺の家族は命からがら逃げだした。アストレザは腐っているのだ。だからそれを変えるために俺たちは来た」

「なるほど……」


 アレンはふと気になり、景色をチラ見する。

 先ほどから景色の流れる速度が速くなっていってるように感じたのだ。

 すぐにトウヤとレナに思念魔法を繋ぐ。


『「トウヤ、アストレザまでどれくらいだ?』

『「残り十キロほどですかね」』

『「レナ、列車がこの速度でアストレザの駅に突っ込んだ場合、どれぐらいの被害が出ると思う?」』

『「そうですね……少なからず列車の動力源である魔法炉の爆発とそのエネルギーによっては、最低でも駅を中心として、三十メートルから一キロくらいは被害を受けると思いま―――まさか!」』

『「ああ、そのまさかだ」』


 彼らは列車を暴走させ、アストレザに突っ込む気なのだ。


『「しかし、彼らも死ぬ気でしょうか」』

『「さあな、もしかしたら何か生き残る策があるのかもしれない」』


「あなた方は自分の命を引き換えに、この列車を突っ込ませる気ですか?」

「良く分かったな。だが俺たちは自分の命を無駄にするつもりは無いぞ。個の魔道具がある限りな」


 そう言って、三人は胸元にある宝石型の魔道具を示す。


「それは?」

「これは俺達の身を守ってくれる魔道具だ。これがある限り、どんな強力な攻撃からも確実に身を守ることができるって話さ」

「なるほど……」


 アレンは魔道具を鑑定する。

 鑑定結果には確かに防御魔法の記載があった。

 ただし、魔力無しの記載もあったのだ。


 つまり、魔力が魔道具に込められていないので、あの魔道具は本来の役目を果たすことが無いのだ。

 誰があれを彼らに私かは知らないが、このままでは彼らも死ぬことが確定していた。


「『トウヤ、レナ、今から俺が結界を張る。張り終わったら合図を出すから、トウヤは前二人を、レナは後ろの奴を抑えろ』」

「『了解』」

「『分かったよ、先生』」


 アレンは、右手の中指に付けていた魔道具にそっと魔力を込める。

 するとその指輪を起点に、徐々に円形に結界が広がっていった。

 この結界は危害を加えようとした対象を一時的に行動を制限する力を持つ。

 彼らが銃を人質に撃とうとした時に、撃てないようにするためのものだ。


 結界は徐々に大きくなり、三分ほどで列車全てを覆った。


「『さて、行くぞ』」

「了解!」

「分かりました!」


 アレンの指示に、トウヤとレナは即座に魔力を高め、魔法を発動する。


「な、お前ら動くな!?」

「〈縛炎蛇フレイスネーク〉」

「〈光錠ライトロック〉」


 二人はそれぞれ火属性と光属性の拘束系統の魔法を発動する。

 縛炎蛇は火属性の中級、拘束系統の魔法に分類される。

 拘束した相手に持続的なやけどを負わせ、逃げようものなら皮膚が爛れるほどの高温で焼いてしまうほどの攻撃性を持つ。

 実際、魔法開発時には実験体の魔物が数体ほど丸焦げになった。


 光錠は光属性の同じく中級、拘束系統の魔法に分類される。

 拘束した相手の精神を不安定にし、幻想を魅せることで行動を制限し、放置すればそのまま死に至る。

 魔法耐性にもよるが、体制のない者にこの魔法を使うと、精神が耐えられずに即死する。

 今回は、相手も魔法を使う者としてこの拘束魔法を選んだのだろう。


「ッく、動けねぇ……」

「あ、あば、ふぁ……」

「おい、お前ら!しっかりしろ!」


 三人のうち後方から現れた男と、最初に人質を取った男の隣にいた男が拘束されて、動けなくなる。

 魔法を発動した時に、レナは同時に人質救出にも動いており、人質となっていた女性はいつの間にか助けられていた。

 レナは魔術士だが、接近戦を得意とするため、俊敏性には自信がある。

 なので、魔法が発動した時の相手の気が逸れる瞬間を狙って、行動したのだろう。


「さて、これで後一人だな。おとなしくするなら殺しはしない。憲兵に引き渡すときも情状酌量の余地があると伝えよう。どうだ?」

「うるさい!そんな誘いに乗る訳ないだろ!俺はな、アストレザのことが許せねぇんだよ。卒業の証明を貰えなかったせいで、魔法士としてどこも雇ってくれなくなったんだからな」


 アレンは説得を試みるが、相手の意志は固いようで、一向に引き下がらない。


「まだ若いんだ。今からでも遅くない。取り返しのつかなくなる前に辞めるんだ。家族がこんなことをして喜ぶと思ってるのか?」

「そ、それは関係ない。家族は俺が居なくても生きていける」

「……」


 男はそう言って、魔法を使用する。

 それは障壁魔法であり、簡単な物理や魔法、魔術などの攻撃から身を守ることができる。


「そうか、なら仕方が無いな―――〈走電ライトニング〉」

「うぐッ!」


 男がどうしても説得に応じなければ使うつもりだった魔法を、アレンは展開する。

 予め手のひらサイズで準備しており、それを不可視化の魔法で見えないようにしていたのだ。

 魔法や魔術の欠点は、魔法陣や詠唱内容によって何を発動するかが分かってしまう事である。


 魔法は強力だが、対策がしやすい力でもあり、世界に広まる頃には剣の方が優秀だと言い始める者も出てきた。

 勿論、剣も近接攻撃としては優秀であり、発動に時間が掛かる魔法と違い、その場で即座に攻撃することができるし、魔法が使えなくても自衛ができるので使い勝手は良い。

 それが魔法と剣がはっきりと区別される根拠となっていた。


「これで終わりだよ。まあ、しっかりと反省することだな」

「ッく……これで、終わったと、思うなよ……この列車は、止まらねぇぞ……」


 男は最後に言い残して、気を失う。

 列車の動力炉は魔法士の魔力で動く。

 なので、魔力のパスが切れれば、必然的に列車への動力が無くなるのでスピードが自動的に落ちるはずなのだ。


 だが、列車のスピードは依然変わらず、むしろ早まっているような気がしていた。


「トウヤ、アストレザまでの距離は!」

「列車の速度が等速じゃないからはっきりとは分からないけど、この調子だと三キロも無い!」

「っち、これは少しヤバいな……」


 アレンたちは倒れた三人をひとまとめに集めて、手足を拘束魔術で拘束して、運転席へと向かう。

 そこには気絶させられた操縦手と、暴走している魔力炉があった。

 魔力炉の中には、魔石で埋められており、変換しきれなかった魔力が、動力炉の開いた門から漏れ出していた。


「あいつら、なんて無茶なことをするんだ……」

「師匠、アストレザまで二キロです!」

「先生、魔力炉に反転術式を刻んではどうでしょうか?」

「動力を生み出す力を、逆に吸い取る力に変えるのか……だが、急停止の反動にこの列車が耐えられないぞ」


 列車は古い汽車を改良して走らせているモノであり、通常のゆっくりとした速度原則なら問題ないのだが、急な停止は反動が大きく、下手すれば車輪が線路から外れて、橋の下に真っ逆さまに落ちることになってしまう。

 それだけは避けなければならない。

 何故なら、この列車にはアレン達のような魔法を使える者だけではなく、生活魔法程度しか使えない者も乗車しているからだ。

 空を飛べれば問題ないのだが飛行魔法は風属性の上級に区分されているので、使用する魔力量はそれは多く、魔法を学んでいない者にはまず使用できない代物。

 一般人を巻き込んで事故を起こしたなんてことになれば、アストレザの行政府は大慌てで対応し、国民からは不評を買うだろう。


「対衝撃吸収魔術を使用してみては?」

「それならいけそうだな。トウヤ、魔術陣を列車の先頭に展開してきてくれ。街に突っ込んでも何とかなるかもしれない」

「分かりました。何とかしてみます!」


 トウヤはさっそく魔術陣を書き始める。

 レナほどではないが、トウヤも一応魔術は一通り学んでおり、そっちの研究も行っているため、多少難しい魔術式でも何も見ることなく書き込むことができる。

 衝撃吸収魔法でも良いのだが、術者がその場にいることが条件となるため、魔法の効果よりも衝撃が上回った場合、術者は即死することになる。

 なので、ここでは媒体の使用で発動できる魔術の方を選んだのだ。


「レナ、魔力炉の術式書き換えを頼む」

「分かりました、先生!」


 レナは待ってましたと言わんばかりに元気よく返事をし、すぐに魔力炉に魔術式を流し込む。

 魔力炉は比較的簡単に式を変更できるように作成されており、波長の合う術者さえ居れば自由に扱えるのだ。


 レナの魔力は珍しい変質型で、任意の魔力波長へと変換ができる。

 波長を変更することができれば、相手の魔法や魔術を乗っ取ったり、術式の書き換えや属性魔法の魔力効率の上昇などが単独で行うことができるのだ。

 なので、これを扱えると学園長が知った時は、自分の弟子にしたいと再三申し出があったが、アレンは全てを突っぱねていた。


「師匠!準備完了です!アストレザの駅が肉眼ではっきりと見える距離まで来ました!」

「先生、術式の書き換え問題なく終わりました!」

「よし、じゃあ後はこっちで操作するから、即座に俺の後方に退避しろ」

「「了解」」


 トウヤとレナは即座にアレンの後ろへ飛び込むように入る。

 アレンは障壁魔法を展開すると同時に、魔力炉に魔術回路を繋げ、術式を発動、トウヤが仕掛けた衝撃吸収の魔術陣も発動する。


「さて、あるだけの魔力を込めてやるから、止まってくれよ!」


 そう言うと、列車は青白い光と共に魔力に包まれる。

 乗客乗員の命を守るには、列車自体も壊すことは出来ないので、アレンの障壁魔法を形態変化させて展開したのだ。


 列車は魔力炉の魔力を急激に失い、失速し始める。

 だがアストレザに到着する時でも、通常運行時の速度と変わらない状態に落とすのが距離的な限界だった。

 アストレザまでは一キロを切っている。


「やっぱり速度はそう落ちないか。ならば、衝撃を耐えきるしかないな」


 魔力炉が吸った魔力をそのまま衝撃吸収の魔術陣へと流れるように回路を組みなおす。

魔力が追加された魔術陣は光が増大し、空中に魔術陣が投影され、魔法の展開が始まった。


「さて、このまま突っ込むぞ!衝撃に備えろ、どこでも良いから捕まっとけ!」

「はい!」

「了解です!」


 トウヤやレナ、他の乗客も椅子やつり革などをしっかりと握りしめる。

 

 列車の先端がアストレザの駅へと差し掛かる。

 異変に気付いていたのか、駅の中に居たはずの利用客や駅員の姿は見当たらなかった。

 駅の線路の終端は中央広場へと向いており、脱線すれば死者が出る大事故につながることは見当が付く。


「魔術陣最大出力。さあ、止まれェッ!!」


 アレンはそう叫び、列車はそのまま線路終端へと進んで、壁とぶつかりその衝撃で小規模な爆発が発生した。

 土煙が視界を奪い、列車と乗客がどうなったのかがすぐには確認を取ることができない。


「全く……面倒事に巻き込まれたようだな」

 

 土煙の中から、人影が現れる。


「ああ……本当に、勘弁してほしいよ……。助かりましたよ、学園長」

 

 そして風が吹き、土煙が収まると、そこには列車と壁に間で二つの魔法を同時発動した状態で佇んでいる学園長、アリスの姿があった。

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やる気なしの魔導士とその弟子達 瑜嵐 @yuyami_y

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